たるべくして
になった






 神様は「キョン」のキャラクターをいたくお気に召したらしい。一般人でありながらも神と同じ好み――非日常を求める感情――を持ち、共に行動できる異性。なぜ同性ではないのかと言うと、そこは神である彼女も普通の女性であったということだ。これで俺の努力も報われるというもの。中学の頃からキャラ作りを徹底してきた甲斐があったぜ。
 SOS団の中で一般人なのは俺だけというのが宇宙人・未来人・超能力者の見解である。しかし残念ながらそれは誤りというのが一般人であるはずの俺から見た感想だった。何でも見通せる宇宙人ですら知らずにいるのは、俺の存在が"そういう設定"だからだろう。
 俺は三年前から神の『鍵』になることが運命付けられていた。もちろん最初は戸惑ったさ。朝起きたらいきなり世界を自由に操れる少女のキーパーソンになっていたのだから。しかもそれは自分が今まで築いてきた人物像と大きく異なるもので、俺はまた新しく『俺』を作らなければならなかった。抵抗感が無かったと言えば嘘になる。しかし逆らっても無駄だと言うことを知っていたから、俺は今、俺であり昔の俺ではなのだ。
 俺は神の『鍵』。彼女のトランキライザー。その荒れた精神を落ち着かせ、やがて能力を不活性化させる者。彼女の力を消失させることは出来ないが、その精神に働きかけて能力を使わせないようにするのが――それでも外から見れば能力の消失と同じだが――俺の存在理由なのである。
 ついでとして言っておくと、SOS団副団長兼エスパーの彼と同じように、俺にも現代にそれなりのバックグラウンドがある。おかげで三年よりも前の俺に関する記録も今の俺と矛盾が無いように改竄済みだ。かなりの大きさを持つ組織なのだが、他者がそれに気付くことはない。なぜなら、それも設定だから。

 俺は、俺達は、誰にも知られることなく神の能力を沈静化させる。そのために、生きている。




 時々自分の存在意義に反して世界を滅茶苦茶にしたくなる時がある。神が何だ。鍵が何だ。どうして自分を殺してまで俺は『俺』でなければならないのか。俺の世界はもう、あの朝からずっと狂いっぱなしだと言うのに。
 鍵の立場を利用して彼女を手酷く傷つければ、世界なんて簡単に崩れ去ってしまう。高校に入学し、彼女と顔を合わせるようになってからその力は徐々に不活性化を始めているが、それでもまだ世界を丸ごと壊してしまえる程度には残っているからな。
 「キョン」がぐちぐち言いながらも楽しんでいられそうな非日常的日常の中、ふとした瞬間に俺の思考はそんな風に静かに暴走する。壊したい、と。どうせ全ては変えられないということを理解しながら、叶わぬ狂った願いを薄皮一枚下に隠して怒り、笑い、呆れ、他者を慈しむ。だって俺はそうあるべくして望まれた『鍵』だから。
 どうしようもないくらい鍵であることを理解している俺に、彼ら(特に超能力者の彼)は俺が鍵であることを意識することを望んでいる。わかってる。わかってるから、もう言わないでくれ。その思いを「キョン」は叫べない。「キョン」はそんなこと知らないからな。でも俺は「キョン」が叫べない分、彼らの望みを受け取るたび、水に溺れたような息苦しさを覚えながら無言のまま、やめてくれ、と叫ぶのだ。全てなんとかするから、無理矢理それを求めないでくれ。与えられた役柄はきちんとこなすから。
 壊したいと思うことさえ最悪の禁忌であるかのように、彼らは俺に鍵としての俺を望む。時には「キョン」を望んでくれることもあるが、それすら鍵になるため作られたものだ。つまり「キョン」も『鍵』であり、結局は『鍵』しか望まれちゃいないということ。
 三年前、俺は影となり、「キョン」が生まれてそのまま光になった。舞台裏に下がった俺を知る者はきっともういない。少なくとも「キョン」を見て俺に気付くことはない。・・・じゃあさ。

「俺って何?」








ここのキョンは「キョン」以外の名前を言わない。彼、彼女+役柄で呼ぶ。という設定が地味にあります。
ところで、これとハルヒ自覚話が同じ世界だった場合かなり悲惨ですよね。