God knows.・エンドレスエイト編






 水着も見せた浴衣を着て祭りにも行った、天体観測の後薄着のまま眠ったりもした。それももう、何回も何回も何回も!なのにどうして!?どうしてキョンは襲ってこないわけ!?
 はいそこ、年頃の女の子が〜なんてお決まりの台詞言ってんじゃないわよ。こっちはもう、キョンがひと夏の過ちを犯してくれまいかと何度も何度も夏休みのラスト二週間を繰り返してるんだから。おかげで夏を六百年近く体験しちゃってるわ。なのに肝心のキョンは夏休みを何度繰り返したってあたしに靡く素振りを見せてくれない。それどころか二人きりになることすら一度も無いのよねぇ。
 ちょっとキョン、折角の高一の夏休みでしかも近くにはあたしっていう女の子がいるんだから、少しくらいは頭のネジ飛ばしちゃうとかしなさいよ。五月の時みたいにキ、キスの一つでも・・・ね。
 古泉くんも言ってたじゃない。「涼宮さんの望みが何かは知りませんが、試みにこうしてみてはどうです?背後から突然抱きしめて、耳元でアイラブユーとでも囁くんです」って。(この時、二人はあたしとみくるちゃんが寝てるって思ってたみたいだけど、あたしはちゃんと起きてたのよ。もちろん。)もしアイラブユーでも好きでも愛してるでも言ってくれたら一発OKして新学期を迎えられるのに。それなのにパス一とは何よ、パス一とは。妙なところで恥ずかしがらないでちょうだい。ちなみに古泉くん、嘘でもキョン以外があたしにそんなことしたら、その時点で夏休みリセットだからね。八月三十一日まで待ってなんかあげないわよ。即行全消し、あたしの記憶からもすっぱ抜いてやるわ。
 ああもう、キョン、早くひと夏の過ちを犯してみなさいってのよ。だからってあたし以外の人間とそんなことになったら、その場合もデジャブすら残さないくらい綺麗サッパリ消去するつもりだけど。ループの中に組み込むことすら許さないわ。これまでの繰り返しを全て記憶しているらしい有希にすら感知出来ないように、本当に"無かった"ことにしてやるんだから。
 でもそれすらあたしにしてみれば随分優しい処置なんだけどね。だってあたしが本気になれば、その出来事を無かったことにするどころか、キョンを誑かした相手の存在ごと消してやることだって出来るもの。名前も記憶も全部全部全部!また反対に、相手の存在は消さなくなってキョンと係わり合えないような立場にするとか(「消滅」よりこっちの方がダメージとしては大きそうよね)、かなり物理法則とか滅茶苦茶に捻じ曲げそうだけどキョンにその相手を感知出来なくさせるとか、そういうことも不可能では無いし。
 罪悪感?そんなもの、この力を自覚した時に無くしちゃったわよ。でなきゃ今こんな風に笑って居られるはずないじゃない。もとより力を持つようになってからずっと、古泉くんを始めとする沢山の人達の人生を滅茶苦茶にしてきたんだから。この力に関する罪悪感なんて持ってたらあたしが精神崩壊しちゃうわ。
 なんだか話がずれたわね。
 そう言えば今回って通算何度目のループなのかしら。ええっと・・・一万五千四百九十八回目ね。(この力って便利ねー。知りたいと思えば解るんだから。)
 我ながら随分繰り返したものだわ。これもキョンが頑張ってくれないからよ。しかも今日は八月三十日。場所はSOS団御用達の喫茶店。つまり今までならここでもう一度ループ決定ってことになっちゃうのよね。どうせ明日はみんなで集まったりしないんだし。
 と思いながらコーラフロートを飲み干し、あたしが喫茶店を出ようとした矢先。
「俺の課題はまだ終わってねえ!」
 キョンが叫んだ。
 ちょーっとキョン、みんな驚いてるわよ。もちろんあたしも驚いた。ってか、人がびっくりしてる間に何勝手に話進めちゃってんの!宿題?しかも古泉くんや有希やみくるちゃんも一緒に?ちょっと!
「待ちなさいよ!」
 あたしはどうなってんの!確かに宿題なんてとっくの昔に終わらせてるって言ったけど、そこで華麗にスルーしないでくれる!?泣くわよ!?
「勝手に決めるんじゃないわよ。団長はあたしなのよ。そう言うときは、まずあたしの意見をうかがいなさい!キョン、団員の独断専行は重大な規律違反なの!」
 と言うか他の子達をキョンの家に上がらせておきながらあたしはそうじゃないってのが気に食わないわ!
「あたしも行くからねっ!」


 そう宣言したおかげで、あたしも夏休み最後の一日をキョンの家で過ごすことが出来た。しかもキョンの部屋に入れてもらったわ!お母様にもお会い出来たし、これはちょっとループの中に埋もれてしまうには惜しい記憶よね・・・。
 だからあたしは今回でこのループを止めにすることを決めた。まあ、これくらいで良しとしましょうか。最近みんな既視感が多くて大変だったみたいだし、有希だって相当飽きてきてたっぽいからね。
 うん。単純なひと夏のループより複雑なこれからの二年半の方が変化だって大きいだろうし。
 それじゃあみんな、九月一日に!










ここから先はある意味「if」の物語です。古キョン要素が入ります。シリアスです。
「あ、駄目かも・・・」と思った方は無理せず引き返しましょう。











God knows.・エンドレスエイト編2

(ループの中から完全に消された、ある出来事。)
(観察者の記憶からも、神の記憶からも消え去った夏の日。)






「何のつもりだ古泉。」
 焦りと怒りを含んだキョンの声は夜になっても気温が下がらないこの夏の空気の中、いやに耳に残る音を有していた。普段のようにさらりと零れ落ちるものではなく、明確な負の感情を含んだもの。
 天体観測の途中で寝てしまった"はず"のあたしは目を閉じたまま、静かに交わされる言葉だけを聞き取っていた。
 さっきまでキョンとそのすぐ傍にいるであろう古泉くんはこのループを終わらせるための策としてキョンがあたしに愛の言葉を囁くなんて案を出したり拒否したりしていたわけだけど、キョンが先刻の台詞を放つ一瞬前に起こった『何か』の所為でその時の和やかさみたいなものが一瞬で失われてしまっている。
 きっと今ここであたしがその『何か』を知りたいと明確に望めばそんなものは簡単に知ることが出来るんだろうけど、何故かそれはとても駄目な気がして、あたしは出来ないままでいた。ひたすら目を瞑って眠ったフリをして、二人の声と音を聞き取るだけ。『それ』を知っちゃいけないって勘が訴えかけてくる。
 ザッ、とスニーカーの裏がコンクリートを擦る音。キョンが後ずさった?
「ふふ、逃げないでください。」
「離せ。」
「離せませんね。」
 焦ったキョンの声と、らしくない古泉くんの声。でも逃げるって何?古泉くんがキョンに何かしようとしてるの?
 どこか楽しそうで、でも聞いてるこちらの背筋が寒くなるような声で古泉くんはもう一度、逃げないでください、と言った。
「ループしてることに気付いてとうとう気が狂ったか。」
「狂ったつもりはありません。・・・ただ、チャンスだとは思いましたけど。」
「この繰り返しの中でか?どんなことをやったって全部リセットされちまうんだぞ。特に今回は絶対だ。今まで必ず行っていたプールも盆踊りも無かったんだからな。」
「だから、ですよ。リセットされるから僕にとってはチャンスなんです。」
 上機嫌なのを隠すつもりもないようで、古泉くんはくすくす笑いながら囁いた。一瞬遅れてキョンの息を呑む音が聞こえる。
「ワケがわからんな。」
「今から教えて差し上げます。」
「なっ、ちょ・・・こいず、ん!?」
 とうとうあたしは目を見開いた。でも声が出せない。
 目の前の光景が信じられなくて、頭がその全てを拒絶した。けれど同時に思考が全てストップしたのではなく、一部異様なまでに冷静さを保っていた部分があたしの今の感情が誰かに伝わるなんて――この目の前の超能力者に知られるなんて――絶対に嫌だって思って、だから無意識のうちにあたしの精神状態を誰にも気づかれないように力を使っていた。
 ゆえに古泉くんでさえ今あたしが思い切り目を見開いて声も無く驚愕していることには気付けない。でもたぶん気付いてたって気にしなかったんじゃないか、って頭の中のあたしが嘲った。だって視界に映る古泉くんは―――
「ふっ・・・ぁ、」
「・・・可愛らしいですね、あなたは。」
 給水塔の壁にキョンを押し付け、その唇を貪っていた。
 くちゅり、とやけに響く水音の後、力が抜けたらしいキョンの身体を支え、古泉くんはいつもの穏やかさなんて欠片もない微笑を浮かべる。月と人工の灯りの両方に照らされたその表情はとても満足そうで、だからあたしは知らず知らずのうちに二人を見つめたまま立ち上がっていた。
 古泉くんはまだ気付かない。
「今回は必ずリセットされる。だから僕は涼宮さんの『鍵』であるあなたに堂々と手を出せるんです。・・・これが答えなのですが、ご理解いただけましたか?」
「はっ、・・・余計に理解不能だな。だいたい―――」



「古泉くん。あなた、キョンが好きなの?それともあたしの『鍵』だから手を出したの?」



「・・・!」
「ハ、ルヒ・・・」
 立ち上がりゆっくりと近付くあたしを見て二人が驚愕の表情を浮かべる。それはあたしにキスシーンを見られたから?それとも、あたしがどうやら自分の力を自覚しているらしいから?・・・まあ、どっちでもいいわ。
 どっちにしろ、
「あたしは認めない。こんなことがループの中に組み込まれるのだって絶対に許さない。」
「涼宮さん、」
「あたしの名前を口にしないでよ、超能力者ごときが。そして早くキョンから離れて。これ以上キョンを穢さないで。」
 睨み付ければ、ビクリと肩を震わせて古泉くんが後ずさる。あたしはそのままキョンに近付き、崩れ落ちそうなその身体を抱きしめた。
「ハルヒ、お前・・・」
「もう大丈夫よキョン。全部、綺麗にしてあげる。こんなことは起こらなかった。繰り返す夏休みの中にも存在し得なかったの。」
 包み込むように優しく、染み込ませるようにゆっくりと。
 そしてあたしは八月三十一日を迎える前にこの世界を『消去』した。

(あたし自身の記憶にすらこんな出来事、残してやるものか。全部全部全部、消し去って無かったことにしてやる。未来に続くはずの無いループの一つであったとしても、その存在を許すわけにはいかないのよ。)








冬の話と前後しましたが、夏休み編です。

「エンドレスエイト編2」について。
古泉がキョンに手を出した理由ですが、キョンが好きだからと言う純愛古泉と、
『鍵』を貶めてやろうとした黒泉、どちらでもお好きな方でご想像くださいませ。
どちらも「どうせ今回はリセットされる」という理由で行動に移ったわけですが。
「今」だけ、望めば神の所有物に手を出すことが出来る、と。