God knows.・消失編






 キョンの意識が戻らない・・・!
 どうして?あたしはこんなにも強くキョンの回復を望んでいるのに、その願は叶えられる気配が無いまま時間だけが過ぎて行く。真っ白なベッドの上で眠り続けるキョンに目立った外傷は無く、意識だけが戻らないという状況が恐くて仕方ない。あたしの力はどうなったの。あたしが望めば、どんなに無茶なことだってその願いは叶うはずなのに。
 たまに古泉君が姿を消すことから推測するに、閉鎖空間は相変わらず発生しているようね。つまりあたしの力が完全に失われたわけではないということ。だとすれば、あたしより強制力のある力の持ち主がいるのかも・・・。
 もしそういう人物がいるならば知りたい、と試しに願ってみた。その途端、頭に流れ込んでくる情報。成功したことに安堵しつつも、その情報を理解した瞬間、あたしは息を呑んだ。そんな・・・どうして。あの子が、有希があたしの力を奪い取ったなんて!
 眠るキョンの顔を見つめて寒さに耐えるように自分で自分を抱き締める。
「キョン・・・あんたは有希が望んだから帰って来ないの?有希が作った世界を選んじゃうの?」
 垣間見た有希の作った世界は、どうやら全てが普通らしかった。あたしにこんな力は無く、古泉くんも"遅れて来た転校生"ではあったけど一般人で、あたしと同じ他校生。みくるちゃんもロリ巨乳の北高二年生。そして、有希はキョンに恋してる本好きなだけの内気な女の子だった。
 抑えて、あたし。抑えなさい。怒っちゃだめ。憎んじゃだめ。この設定は有希に自我が芽生えてきたということ、そしてその主な原因がキョンだったからのもの。当然と言えば当然かもしれない。だってキョンはみんなに優しいから。きっとみくるちゃんだってキョンのことが好きだし、古泉くんもキョンを大切に思っているはず。ああ、でも。悔しい。すごくイヤ。キョンを独り占めにした有希が。そして、有希の作った世界からキョンが帰って来てくれないことが。
 キョン・・・お願い帰って来て。そんな作りものの世界なんか選ばないで。あたしがあんたのために整えた世界を、このあたしを、選んで。キョン。じゃないとあたしは有希を憎んでしまう。キョンを盗ったあの子を憎んでしまうわ。そんなのイヤよ。そしてキョンが目を開けてくれないのがもっとずっと、ただひたすら悲しい。苦しい。
 有希に力の殆どを奪われた今、キョンが選択してくれない限り、あたしがどれだけ強く望んでもキョンは帰って来ない。キョン、キョン、キョン!早くあたしがいる世界を選んで。そして帰って来て。まだまだ面白い体験をいっぱいさせてあげるから。ねえ、キョン。
 無駄とは知りつつも止めることなど出来ず、あたしは力の弱さを補おうとするかのように強く強くそう願った。


 キョンが目覚めたのは翌日。よりにもよってあたしが仮眠してる時なんて!目覚めてくれたことに嬉しい以外の感情なんて無いけど、でもキョンが起きる瞬間を見られなかったのが悔しい。最初の一声をかけるのが古泉くんだったってこともね。まあ、古泉くんには現実・閉鎖空間ともに頑張ってもらってるから、これくらいは良しとしましょう。
 それとあたしの寝顔を見られたのは結構恥ずかしかったわ。好きな人にはいつでも完璧な自分を見てもらいたいじゃない。ああ、でもとにかく嬉しい!キョンが起きてくれて!あたしの世界を選んでくれて!!
 気が付けば力も元に戻っていた。全部キョンのおかげね。感情に任せて抱きつくなんてあたしのキャラじゃないから我慢したけど、今だけ、おかしな表情になっちゃうくらいは許しなさい。もう色んな気持ちがいっぱいで表情にまで手が回らないのよ。
 バカキョン。もっと早く帰って来なさいよね。・・・・・・おかえり。


 今回の有希のことに関しては不問にしておこうと思う。何はともあれ、キョンは帰って来てくれたんだし。それにこれってキョンがあたしの世界を選んでくれたってことでしょ?でも腹が立ったのは事実だから、あたしはみんなにこう言っておくことにした。キョンを後ろから突き落とした女生徒らしき人影を見たってね。
 あたしの大事な人を三日間も独り占めにしたその女の子のは―――・・・。ふふ、特徴や名前は秘密にしといてあげる。ね、有希。

















God knows.・雪山編






 グッジョブ有希。え?あれから十日程しか経ってないのにどうしたですって?それはね、今、あたしの目の前にキョン(偽)がいるからよ。
 鶴にゃんの別荘を借りてスキー&年越しパーティの予定だったんだけど、有希とはまた別の宇宙人があたしたちにちょっかいを掛けてきた。そろそろ新しい展開を考えなきゃとは思ってたんだけど、具体的に想像していない場合はこうなるわけね。
 つまり、あたしたちSOS団は現在、脱出不可能の館に閉じ込められていた。まあ、強く脱出したいと望めば大丈夫なんだろうけど、それじゃつまらないでしょ?だからあたしはノータッチ。その所為で今回は(今回も?)有希が頑張ってくれているらしく、いつもより外界に意識を配っていられないみたい。ずっとぼうっとしてたし。
 これもその有希の頑張りの一つなんでしょうね。あたしの目の前にいるキョンは突然この部屋に現れたの。どうやら他のみんなの所にも"誰か"が現れているらしく、これが館を脱出するためのヒントになるみたい。違和感を覚えさせるために微妙に本人とは違う部分――大体は性格――も作っている。芸が細かいわ。
 あたしの所に現れたキョンは本物よりいくらか優しい・・・とは言わないわね。キョンはいつだって優しいし。・・・そうだ!この偽キョンは本物より女タラシなのよ。見る目がいやらしいと言うか、あんまり見ないでよドキドキするじゃない、と言うか。ちょっと大人っぽい?色気がある?
 抱き寄せられてふわりと香る匂いにくらくらする。偽物なんだってことは解ってるけど、きっとこの辺りも本人に似せて作られてるはずだから、今くらいは思う存分味わってもいいわよね?だって本人には出来ないじゃない。こんなこと。
 大きな背中に腕を回して抱き締め返す。本当にキョンとこうすることが出来ればいいのになぁ。でも人の心まで操っちゃったら虚しいだけだし。いつか絶対、力に頼らずあの鈍感を振り向かせてみせるわ。
 そう心に誓い、偽キョンから離れる。
「そろそろ消えた方がいいんじゃない?あたしならちゃんとタイミング合わせて部屋から出るし。」
 告げると、偽キョンは一瞬だけ驚いたように目を瞠って、それからすぐに苦笑してみせた。
「そっか。じゃあ役目も果たしたことだし、俺は消えるよ。」
「貴重な体験ありがとね。」
「どういたしまして。」
 最後に口端を緩く持ち上げて微笑み、そいつは消えた。ふわり、とまるで現れた時と同じように。
 さて。それじゃあたしもやりますか。扉をドバンッとね。開けて驚いたみんなの顔を拝むとしましょう。








書き終わってから気付いた。
せっかくの夏休み編を見事にスルーしてしまいました。