God knows.






 そいつと初めて出会ったのは中学一年生の七夕の夜。校庭いっぱいに宇宙人へのメッセージを書こうと学校に忍び込む直前だった。
 姉だと言う女の子を背負って現れたそいつは、あたしが言うのもなんだけどちょっと変った奴で、一般人相手じゃ軽く一蹴されて終わりそうな話をちゃんと聞いてくれたり、四苦八苦していたあたしの代わりに白線引きを全部やってくれたりして、あたしの中にその印象を深く刻み付けていった。
 思えば、その時あたしはそいつに恋をしたのかもしれない。恋愛感情なんて生物が子孫繁栄のために脳内で引き起こす病気でしかないことは解っていたけど、あいつと一緒にいられたらっていう感情はそんなに簡単に抑え切れるもんじゃなかった。
 あたしは願った。あいつに会いたい。顔すら碌に見えなかったあいつは誰なのか知りたい、と。
 その時だ。いきなりあたしの脳内に知っているはずのない情報が流れ込んできたのは。あいつの顔、名前、今どこにいるのか、好きな食べ物、苦手なもの、心の奥底に秘めた願い、どうしてあたしの中学校に現れたのか、あいつが何をして何を見てきたのか、その断片を。
「う・・・そ・・・」
 信じられなかった。あたしの頭がどうかしちゃったんだと思った。でも次々と開示される情報の中にあたしの知らないあたしのことも入っていて、それでようやく納得することが出来た。だってそれならあたしの今の状態にも説明が付くから。―――あたしには願望を実現する能力がある。
「・・・・・・・・・・・・・・・さいっこう!」
 なにその能力。すごすぎる。これなら何だって出来るじゃない。宇宙人を呼ぶことも未来人と遊ぶことも超能力者にデタラメなことを見せてもらうことも。そして「彼」の願いを叶えることも。
 あいつは、彼は、自分のことをジョンって名乗ったけど、高校じゃキョンって呼ばれているみたいね。あたしもそう呼んでいるらしいし。そのキョンの願いは非日常を体験すること。あたしと一緒じゃない!なんだかすごく嬉しい。
 この時代のキョンはあたしと同じ中一だから、順調に行けば同じ高校に入学することが出来る。そしたら本番、よ。あたしがキョンの願いを叶えてあげる。覗き見たキョンの記憶にあった通り、宇宙人と未来人と超能力者を集めて不思議な体験をいっぱいさせてあげるわ。
 あと三年。待っててね、キョン。あたしって意外に尽くす女なんだから。








《後書きならぬ中書き》
と言うわけで、高校生キョンの不思議体験はハルヒがわざと引き起こしていたという妄想でした。
ここのハルヒはキョンしか見えていないので、それ以外の他人がどうなるかってことにはあまり気を使っていません・・・。
中学の時のイライラの原因は、主にキョンに会えない所為。高校までお預けですから。
以下、続いて憂鬱編。原作の台詞を引用させていただいております。

















God knows.・憂鬱編(「憂鬱」P284から)






「あんたは、つまんない世界にうんざりしてたんじゃないの?特別なことが何も起こらない、普通の世界なんて、もっと面白いことが起きて欲しいと思わなかったの?」
 キョンをもっと面白い世界に連れて行こうと思って(みくるちゃんに嫉妬したことも否定しないけど)世界の構築を始めたのに、そのキョン本人が元の世界に戻りたいだなんて言い出した。せっかく映画の中みたいに学校を破壊する巨人の合間を、手を繋いで走り抜けたりして、もう堪んないくらいドキドキしてたって言うのに、キョンがそんなこと言うからドキドキした気持ちも冷たくなってしまう。
 あたしはキョンと一緒にもっと面白い世界へ行きたかった。キョンと一緒ならどこでも良かったんだけど、あたしだけが嬉しい状況なんて駄目だから、キョンのために元の世界と同じ外見の、でもほんの少し改変した世界を作り上げて。
 でもキョンは元の世界の方が良いと言う。
 この想いが否定されたようで悲しかった。キョンはあたしより元の世界を選ぶのね、って。あたしは世界より何よりキョンだけを選んだのに。
 握ったままの手がとても弱い繋がりに思えて胸が苦しくなる。あたしの感情に呼応するように青白い巨人がいったん止めていた破壊活動を再開した。
 キョンがそちらに視線をやり、何かを考えるように少しばかり目を閉じる。そして、
「あのな、ハルヒ。俺はここ数日でかなり面白い目にあってたんだ。」
 知ってるわよ、そんなこと。だってそうなるようにあたしが願ったんだから。宇宙人に襲われてスリリングな放課後を過ごしたり、未来人の更に未来の姿をした人物が現れたり、超能力者にその力を見せてもらったり、でしょ。
「お前は知らないだろうけど、色んな奴らがお前を気にしている。世界はお前を中心に動いていたと言ってもいい。みんな、お前を特別な存在だと考えていて、実際そのように行動していた。お前が知らないだけで、世界は確実に面白い方向に進んでいたんだよ。」
 知ってる。だから知ってるのよ。でもそんなの関係ない。あたしが世界の中心だったとしても、あたしの中心にいるのはキョンなの。楽しんでるキョンの傍にいられることだけを願って動いてきた。キョンこそが全ての中心だったんだから。
 悲しい悲しい悲しい。
 キョンはあたしの手を取ってくれないの?今は繋いでいる手もすぐに離してしまうの?それはイヤ。ずっとキョンのことだけを想ってきたのに。
 そう考えて顔が歪みそうになった瞬間、繋がっていた手が離されて(心臓が凍るかと思った)、しかし代わりに肩に重みが加わって顔を正面に向けさせられた。
「なによ・・・」
「俺、実はポニーテール萌えなんだ。」
 髪、切らなきゃよかった。
「いつだったかのお前のポニーテールはそりゃもう反則なまでに似合ってたぞ。」
「バカじゃないの?」
 照れ隠しの声は些か上擦っていた。恥ずかしくなって高い位置にある双眸を睨み付ける。台詞一つで浮かれている自分と、髪を切らなきゃよかったと思って後悔している自分がいる。
 そのまま放っておけばきっと叫びだしたんじゃないかと思うんだけど、そうなる前に気が付くとキョンの顔が迫ってきていた。
 うそ。うそでしょ?本当に?夢じゃないわよね?
 あたし、キョンにキスされてる・・・!
 驚いて目を開けたままだったから、すぐ近くにあるキョンの顔がよく見えた。みんな気にしてないようだけど、こいつだって結構整った顔してんのよね。肌も綺麗だし、頬に当たる髪だってさらさら。
 触れ合わせただけのくちびるは少しカサついていて、男の子らしいなと思ってしまった。けれど意外にやわらかい。
 肩を掴んでいる大きな手に更に力が込められた。離さない、と言われているようで、あたしの心臓は否応なしに激しく動き出す。きっと顔だって真っ赤に違いない。キョンが目を瞑っていてくれてよかった。
 ・・・・・・もういいかな。世界を作らなくても。キョンの言う通り、元に戻っても。全部、このキス一つでチャラよ。と言うか、嬉しすぎて頭が真っ白になって世界を構築する容量がなくなっちゃったみたい。これじゃあキョンと二人で新しい世界に移ることなんて不可能よ。かっこ苦笑いかっこ閉じる。
 目を閉じて初めての感触を味わった。くちびるが離れる前に構築途中だった世界が消滅し始める。
 それじゃあキョン。また明日、学校でね。