噛 み 付 き ハ ニ ー






 初めて涼宮ハルヒという人物に出会った時、ああ、こいつは馬鹿だな、と思った。宇宙人未来人異世界人超能力者はあたしのところに来なさい、だっけ?どうしてそう、冗談だったとしても薄ら笑いくらいしか出来ないことを平気で言うかねってな。
 そんな風に他人とは違う部分を表に出してちゃさぞかし生き辛いだろうに。きっと嫌な目で見られたこと、それどころか陰口を叩かれることも多いにあっただろう。あとで谷口から聞いたところ涼宮ハルヒは中学に上がった頃からあんな調子だったらしいから、つまりは高校に入学して俺がその台詞を聞いた時には、おそらく丸々三年間、彼女は気分の良くない目に合ってきたのだと思われる。
 もっと自分を隠して生きれば、それ相応に楽な生活も送ってこれたはずだ。
 世間ってのは自分達と違うものを持つ「他人」を見つけると凄まじい攻撃性を見せることが往々にしてある。まあ、集団としての人が社会生活を送る上でそれはある程度必要なことだとは思うよ。攻撃される方にしちゃあ残酷なことこの上ない現実だがね。
 結局、俺が何を言いたいのかと言うと、涼宮ハルヒと出会った当時の俺はハルヒのことを可哀相な馬鹿だと思っていて、同時に「俺みたいに生きればいいのに」とも思っていたわけだ。自分の異質さを隠して生きればいいのに、ってな。
 ここまでの語りが過去形だったことに気付いてくださった方はいるだろうか。そう、俺はハルヒのことを馬鹿だと思って「いた」。しかしながら今は違う。相変わらず辛い生き方をしているな、とは思うが、今の俺はそんな生き方を真っ直ぐ貫いていける彼女のことをとても強い女性だと考えるようになっていた。まあ、SOS団なんて言う仲間が出来たってのもハルヒの暴走の支えにはなってるんだろうけどな。それでも自分のために自分の生き方を変えない彼女はただ純粋に凄いと思えた。
 羨ましいな、と俺が思ったかどうかは定かではない。自分でもよく解らないところだ。通常モードの俺は相変わらずハルヒの生き方を辛いと思い、自分はそんな風にはなれないなと諦め半分に考えている。生憎、今の俺には世間様に自分の異質さを晒す勇気などさらさら無い。それに自分の異質さに賛同してくれる人間がいるとも思っちゃいない。だからこの先もずっと、それを隠し続けていくつもりだ。
 あ、ヤバイな、って思う時はある。俺は「スイッチ」と称しているのだが、そのスイッチが入ってしまうとどうしてもその異質さが発露してしまうのだ。今のところ、その前兆みたいなもののおかげで他人にスイッチが入った後の俺を見られたことは無いがね。


 あ、来た。
 ぶわりと背骨を這い上がってくる寒気に似たもの。延髄辺りが緩やかに痺れて気持ち良いのか気持ち悪いのか判断付け難い感覚はスイッチが入る前兆だ。しかし部室にいる時にこうなるのは初めてだな。
 幸運なことに、今この部屋には俺しかいない。ハルヒを筆頭とした女子三人組は朝比奈さんの撮影会候補地調査で出かけているし、古泉は(おそらく)ホームルームが遅くなってまだ来ていなかった。俺の異質さを隠す上で「的」が無いのはありがたいことだ。そうでなきゃ今はまだ前兆と称すべき感覚が異質さの発露に変わった時、俺は一番近くにいる「的」目掛けて全てを曝け出してしまう可能性が高いからな。
 ハルヒには悪いが今日はこれで帰らせてもらおう。無言で帰るとハルヒも、そして閉鎖空間が発生したとかどうとかで古泉も煩くなるはずだから、書き置きかメールで連絡を入れるとして・・・。
 何処に「避難」するのが良いかね。家だと何も知らない妹が帰って来ていた場合あまりよろしくないし、校内ってのも問題がある。やっぱり外だよな。全く、もう少し日が暮れてから来てくれれば良かったのに。
 気を紛らわせる目的が半分くらいでそんなことを考えながら手早く帰る準備を整える。ハルヒ達はまだ当分帰って来ないだろうが、古泉はいつやって来るか判らない。幾ら『機関』の人間とは言えそこまで知られているとは思えないし――知られていたらきっと必死になってハルヒから俺を遠ざけるだろう――、それにあいつも一応俺達の仲間だからな。知られて嬉しいことじゃない。
 鞄を持って席を立つ。あーちょっとヤバイな。なんだか今日は早い。こりゃ少々急がないと拙いことになりそうだ。
 少し焦り気味にドアノブを掴んだ。と、その時。扉の向こうに他人の気配。
「・・・ッ、」
「おや、どちらへ?」
 なんつーバッドタイミング。古泉一樹の登場、か。ハルヒの精神状態が判るなら、俺の異常事態にも少しは気付いて欲しかったね。ま、正常な時はそんなこと一片たりとも思ったりはしないがな。・・・っと、そんなことよりも今はこいつを遠ざけるもしくはこいつから遠ざかることが先決だ。嫌いじゃない人間を「被害者」にしてしまえるほど俺はまだ酷い奴じゃない。あと五分もすりゃどうなるか分からんが、それはそれだ。
「すまん、古泉。俺はもう帰らせてもらう。急用ができたんでな。」
「急用ですか。」
「ああ、ハルヒには後でメールしとくから。」
「SOS団、ひいては涼宮さんを後回しに出来るほどの?」
 おいおい、頼むから今だけはそうやって突っかからないでくれ。お前がハルヒの精神状態に気を使ってるのは知ってるが、だからこそ俺はさっさとここから出て行く必要があるんだよ。
「そうだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい古泉、この手は何だ。」
 何故俺の腕を掴む。男が男の腕を掴む時点であまり気持ちの良いもんじゃないが、今は余計に悪いっての。早くしないとお前が大変な目に合うかもしれないんだぞ。・・・ああ、ほら。もうそれでもいいかなって思い始めてる。五分どころじゃなかったな。この衝動自体久々だったから、前兆から発露に至るまでの時間も大分短くなってるらしい。
「離せ。ハルヒには上手く言っとくさ。」
「あなたはご自分の価値を解っていない。あなたの行動がどれだけ涼宮さんに影響を与えるのか、例え連絡を受けていたとしても本来ならここで待っているはずのあなたが居ない時に彼女がどう思うのか、想像できないわけではないでしょう?」
 大袈裟すぎやしないか、その表現。あいつも少しは成長してるだろうよ。連絡くらい入れておけば、団員その一が部活を早退しても怒ったりせんだろう。
「それだからあなたは解っていないと言うのです。」
 拙いぞ、これは。
「解ってるよ、だから離せ。本当にこうやってる時間がないんだ。」
「出来ません。ちょうど涼宮さんは出かけていらっしゃるようですし、この際あなたにははっきり自覚していただきます。」
 そう言って古泉は俺を部屋の中に押し戻した。ああもう馬鹿だ。馬鹿すぎるよこいつは。そうやって出口まで塞ぎやがって、自分がこれからどうなるか解っちゃいないんだな。
 もう前兆と称すべき感覚は殆ど消え去っている。代わりに俺の身体を支配し始めたのは「衝動」。耐え切れず、古泉が見ている前だと言うのに自分の人差し指を口へ持っていく。何してるんですか、なんて問わずともすぐに答えは分かるさ。
「ちょ・・・!」
 双眸を驚きに見開いて古泉が息を呑む。しかし今の俺にはそんなこと気にもならない。口へと持っていった人差し指の第二間接辺りを思い切り噛んだ。舌に広がるのは鉄くさい塩の味。痛いのは気に食わんが、この血液の味は僅かながらでも俺の衝動を満たしてくれる。・・・が、自分のものだと解ってる所為ですぐに足りなくなっちまうな。
 目の前には古泉、なのだが、今の俺にとっては古泉である前に「的」だ。標的や獲物と言い換えてもいい。
 俺は驚いて動けないでいる古泉の襟首を片手で掴み、同時に足払いを掛けて床に転がした。ドンという大きな音と古泉の痛みを噛み殺すような呼気が聞こえる。
「な、にを・・・」
「あと数分遅けりゃ逃げられたのにな。」
 残念ながら、お前は俺の衝動を満たすための獲物になっちまったわけだ。
 囁いて、そのまま腹を殴りつけた。
「・・・ぅ、」
 手を離せば、長身が身体を折り曲げて腹を抱え込む。俺はそれを立ち上がって見下ろした。口元には自然と笑みが浮かぶ。ああ、いいね。この痛みにのた打ち回る姿。見ていてスカッとする。
 笑いながら今度は拳が入ったのと同じ場所に蹴りを放った。肉の柔らかな抵抗が爪先に伝わり、一瞬遅れて反対側に身を転がす古泉。やれやれ、もう吐いちまったのか。クリティカルヒットってやつ?
「ぐっ、が・・・はっ、」
 胃で半分くらい消化された昼食がその秀麗だったはずの男の口から吐き出され、更に痛みに苦しみながら床を転がるものだから髪といわず制服といわずぐちゃぐちゃに汚れていく。制服の替えなんて持って来てないだろうに、この後どうすんのかねえ。
「いい顔だな。美形がそうやってのた打ち回るってのも結構クルぜ。」
「・・・っ、くぁ・・・」
 痛すぎて答えてられないってか。けど悪いな。こんなことで収まるなら俺だってこうまで自分の異様さを隠そうとは思わないさ。
「ほらよ、」
「がはっ!」
 口元に弧を描いたまま俺は古泉の胸部を思い切り踏みつける。思い切り、とは言っても踏み砕くまでには至らんがな。靴越しに壊れられたって面白くない。
 必要以上に動かないようその足で固定して古泉の顔を覗きこむように腰を折り曲げる。そしてネクタイを取り去り、ボタンを外していつもは隠れている鎖骨辺りまで素肌を晒させた。生憎俺は同性愛者じゃないんで男の鎖骨なんざ見ても性的な意味での嬉しさなんて無いんだが、この状態の俺にとっちゃ別の意味でぞくぞくクルもんがあるんだよ。
 膝を折り曲げて屈み込み、鎖骨に顔を近づける。どうやら古泉本人は俺の異常行動に恐怖を感じたらしく、身体がカチコチに固まってしまっていた。ああ、可哀相に。でも逃がしてやれねえよ。俺が満足するまで付き合ってもらう。なに、流石に殺しゃしねえから安心しろ。あと顔にも傷つけないようにしてやるから。俺は案外、お前のその顔が嫌いじゃないんだよ。
「ひ、ぅ・・・!」
「やっぱ美味いな。」
 鎖骨に容赦なく噛み付いて溢れ出した血液を舐め取る。他人の血は自分のものと違ってより強く俺の衝動を満たしてくれる。この、必要以上の攻撃性。他者に対して暴力を振るいたくて堪らないという感情と、あとはおまけのような吸血衝動を。まあ、血に関して言えば、吸血鬼みたいに血が飲みたいってわけじゃなくて他人の血を流させるのが好き、そしてその血を見たり味わったりするのが好きってやつなんだけどね。
 とそこで、俺は折り曲げた足に当たる堅い物に気付いた。何かと思って視線をやると、思わず「おいおい・・・」と声が漏れてしまう。古泉、お前もしかしてマゾなのか?なんで俺にこんなことされておっ勃ててやがるんだよ。
 視線の先、古泉の股のところが異常に膨らんでいた。そしてこの硬度。同性としては間違えるはずもなく、その意味を理解してしまう。こんな経験初めてだね。そういう人種がいるってのは知っていたが、まさかこんなに早く巡り合っちまうとは。しかもそれが成績優秀運動神経も抜群な完璧美形男だなんて、神様――ハルヒではない――も面白いマネをしてくれる。
 面白半分に爪先でそこを捏ねれば、明確に息を呑む気配。何度も繰り返していくと嬌声なのか悲鳴なのかよく判らん声が漏れ始めた。
「ぃ、ぁ・・・、やめ、て、くださ、い。」
「お、ようやく口が利けるようになってきたか。痛みよりも快楽の方が勝ってきたんだな。」
 体勢を変えて古泉の股の所を足で踏むようにして捏ね繰り回す。快楽だけ与えていても俺が面白くないので、当然些か・・・いや、かなり強めにな。大事なところが踏み抜かれる恐怖と紙一重の快楽に、いつも如才ない笑みを浮かべている男は目元を朱に染めて涙を流している。勿論、口の周りや襟元は饐えた臭いを放つ汚物に汚されたままでな。
 今までこの衝動を発散させるために相手にしてきた不細共の場合じゃ散々ボコボコにして真っ赤に染めて初めて満足していたのだが、美形が相手だと少々違うらしい。痛いのか気持ち良いのか両方なのか、微妙なところで苦しむ顔が意外に見ていて俺を満足させてくれる。
「しかし一番意外だったのはお前がマゾだったってことだね。」
「・・・ちがい、ます・・・!」
「どこが。俺に蹴られて殴られて、おまけに噛み付かれて、ココこんなにしてんのに?」
 言いながら、ひときわ足に力を込めて堅くなったものを押し潰す。
「く・・・、いっ!」
「ほら、また堅くなった。」
 笑い混じりに告げてやる。しかし古泉は首を横に振るばかり。そこまで頑なに否定されるのも面白くないな。俺はそれを崩すのは好きだが、崩れないままなのはあまり好きじゃない。
「認めちまえよ。僕はマゾですってな。じゃあもっと可愛がってやるぜ?利害の一致ってことでさ。」
 とか言ってる間にまた堅くなるしなーこいつ。お、しかし首を振るのは止めたのか。ようやく認める気になったのかね。やっぱり人間、特に男ってやつは快楽に弱いものなんだな。
「ほら、言えって。俺にこうされて気持ち良いんだろ?」
「ッ、・・・は、いっ!あなた、に、こうされて・・・気持ち、イイ、ですっ・・・!」
 やっと認めやがったか。真っ赤になった顔も今なら愛しく思えるよ。普段だったらキモイの一言で一蹴しちまってたけどな。
「で、も・・・」
「まだ何かあるのか。」
 不要な接続詞を使う男に、まあ一応はその続きを促してやる。
 古泉は欲望を吐き出す瞬間を耐えるように眉根を寄せながらも俺をひたと見据える。なんだ?
「ぼく、が、こう・・・っして、感じ、て、いる・・・のは。ッ、相手、が・・・あなた、だからッ、ですっ!」
「・・・・・・それはお前がホモだというカミングアウトか?」
「あなた・・・っ、限定、でねッ・・・!」
 そう古泉が余裕を滲ませながら言いやがったので、俺は直後に思い切り片足へと体重をかけた。
「ひぃ、あ・・・!」
 気持ち悪い。冗談だとしても本気だとしても笑えない。と言うか今のこいつの告白(と言うことにしておこう)に前フリみたいなものってあったか?こいつはハルヒ専属イエスマンで、加えてハルヒのイライラ解消係りだろうに。何を思って俺なんか。・・・ああ、もしかしてそういう嘘を吐いて俺の興を削ぐつもりだったとか?それなら残念。無理して口にしてくれた古泉には悪いが、余計に俺の嗜虐心が強まるだけだ。
「ち、がう・・・!」
 古泉が苦しみながらも俺の仮説を否定する。表情だけを見れば本気でそう思っているようだが、生憎俺はこいつの表情をそのまま信じるようには出来ちゃいない。特に今の状態の俺じゃあ神経が他に向いている所為か、他人の表情の些細な違いを読み取るのは苦手なんでね。常の自分が感じる感覚より精度が落ちたものを信じる気はさらさら無いさ。
「そう絶望的な目をするな、古泉。お前の本心がどうであれ、お前はもう暫らくこのままだ。」
 言いながら、また相手の鎖骨に顔を近づけた。既に血が固まり始めた傷口をもう一度開いて溢れだす血液を吸い上げる。口を離すとその部分はキスマークのように鬱血していた。
 本来の性的もしくは愛情的な意味での所有印と言うより、もっと殺伐とした、獲物としての所有の証って感じだな。
 唇に付着した血を舐め取りながらそう告げると、涙でぐしゃぐしゃになった顔が今まで以上に赤く染まる。ああ、やっぱりこいつマゾだ。しかも所有されて嬉しがるような正真正銘の。
 ククッと喉の奥で笑いながら顔を離し、ご褒美のつもりで寛げたズボンから取り出した古泉のものを高めてやる。ちょっと触れて扱いただけで、やつは簡単に絶頂を迎えた。しかしそれでも元気なご様子。
 時間を確認するとまだまだハルヒ達は帰って来なさそうな頃だった。が、念には念をと言うことで、俺は古泉の耳元に顔を近づけて囁く。
「続きがシテ欲しいなら、今からお前の家に行ってやらんでもないぞ?」
 首筋まで赤く染めた古泉はその言葉にただ一つの動作で答えた。
 こくり、ってな。首を縦に振りやがったのさ。








キョン様、降臨。
攻めに見えるけど突っ込んだりしませんよ。キョンの性癖は(一応)ノーマルだから。
いじめるだけ。最高でも古泉をイかすだけです。メインは殴る蹴る、そして噛む。