パシュ、パシュ、と空気の抜けるような音がする。
 それは俺が人差し指を曲げるのと連動して発生しており、もっと詳しく言うとサイレンサーつきの銃が弾を一発発射するごとに生まれるものだった。もちろん撃ってるのは俺だ。
 一発撃つごとに床に倒れ伏した身体がビクリと跳ねる。酒と薬にまみれた赤黒い血液が対象から流れ出し、水溜りは拡大を続けて此方の靴にまで辿り着いていた。ああ、この靴はもう使えないな。結構お気に入りだったのに。しかしまあ、「仕事」の日にわざわざ履いてきた俺が悪かったってことなんだろうね。
 全弾撃ち尽くしたところで終了。現代日本社会ではあまりにも惨すぎる銃殺死体の完成だ。しかしこれが明日のニュースに流れることなんて有り得ない。何故なら俺が「機関」の人間であり、これが「機関」の意思であるからだ。情報なんてものはある程度の力を持った者にとっていとも容易く操られてしまうのである。
 これは、銃殺死体となってしまった男の所属する組織への警告。ウチの大事な大事な超能力者を自分達の物にしようと、それが出来なければこの世から消してしまおうと企んでいた者達への警告だ。まったく、なんて馬鹿な奴らだろうな。お前ら如きが俺達に何かしようなんて愚かにも程がある。出来るわけがないだろう?そしてほら、結局はこうして胸糞悪い警告をされるわけだ。
「しかもこいつの狙いが古泉ってのがなぁ・・・」
 そりゃここまで徹底的にやられるだろうな。あいつは我らが神"涼宮ハルヒ"の一番近くにいる超能力者なのだから。
 ローテーブルの上に無造作に置かれていた調査書と思しき薄い紙束と一枚の写真を手に取る。そこには『古泉一樹』における事細かなデータが記されていた。もちろん写真は隠し撮り。・・・オイオイ、護衛係。もっときちんと古泉の周囲に気を配っとけよ。こんな写真撮られてるとか、森さんに知られたらブリザード笑顔でおしおきだぜ?
 っとまあ、かなり良いアングルで撮られた写真を眺めて苦笑する。むわりと血臭漂う室内で浮かべるには随分不似合いな表情だが、生憎今の俺には常識とか良識とかってものが欠片も残っちゃいないんでね。
 写真と書類があれば残さず回収せよとのご命令を受けているので、ローテーブルに置かれていたそれらはあらかじめ持ってきていた鞄に詰め込む。そのまま部屋を出て外で待っているはずの車に乗り込み、そんでもって「機関」に帰れば本日の俺の仕事は終了なのだが、しかしながら俺は調査書を鞄にしまった後、代わりに銃の予備マガジンを取り出した。全弾撃ち尽くした空っぽの方は鞄に放り込んで銃弾再セット。それを右手に握って俺は既に息絶えた男の頭の天辺から爪先まで丹念にもう一度穴を開けていった。
 古泉に手を出そうなんて馬鹿な奴。本当はギリギリまで生かして苦痛にのた打ち回らせたかったけど、こんな防音設備の無いところじゃそれも許されていない。ああ、なんでだ。だってこいつは古泉に手を出そうとしたのに。そんなことが許されるものか。絶対に許されるべきじゃない。ゆえの惨殺。でも足りない。この代償はもっと大きいんだ。そう、例えばこいつの所属していた組織ごと全て破壊しなければ。もちろん上層部の奴らはみんな捕らえた上でこの男以上に悲惨な死に様を見せてやる。昔に行なわれていた拷問みたいに鉄の処女に代表される拷問器具を使ってもいいし、もっと単純に指先からゆっくりとヤスリで削り取っていくのもいい。もちろん「機関」が許せば俺がその役目を担ってやるさ。何日掛けてでもゆっくりゆっくり痛めつけながら殺してやる。
 ちょうど15発撃ち尽くしたところでズボンのポケットに入れておいた携帯電話が震えた。
 すぐさま確認。着信は森さんから。
「はい。・・・・・・ええ、終わりました。・・・・・・・・・・・・はい。ではこれから帰還します。」
 実はもう一つ予備のマガジンがあったのだが、残念なことにタイムオーバーらしい。
 30発の鉛玉をめり込ませた死体を見下ろして舌打ちする。仕方が無い。帰ったら上層部に掛け合ってみよう。この組織を潰させてくれませんか、と。
 血溜りに沈む男を残し、俺は部屋の外に出た。安っぽいラブホテルの廊下には人っ子一人いやしない。もともと客が少ない上に、この時間じゃみんな寝てるか元気な奴らなら「休憩したからもう一回」な展開になってるだろうからな。
 ほら、壁が薄くて嬌声が聞こえてくる。
 裏口から外に出ると空が徐々に白みだしていた。ああ、今日も学校だ。










右手に銃を、左手に日常を。









 そしてまた、俺はいつもの「キョン」に戻る。








キョンがこんなことをするのは、古泉を大切に思っているからか、
それとも機関に異常な忠誠を誓っているからかは、各自のご判断で。