三年前の七月七日、『彼女』の機嫌がひどく高揚したことを覚えている。











中学に上がってしばらく経った頃、僕は僕になった。

まず一人称を変えた。オレから僕に。
そして言葉遣いを変えた。それまで年相応だったものを、同年代に対しても丁寧口調に。
両親からも離れて生活するようになった。もともと仕事が忙しくてそんなに顔を合わせる機会も無い関係だったけれど、それでも一緒の家に住むことすら無くなった。

それもこれも全て『彼女』のせい。
彼女が僕達を選択してしまったせいで僕はオレを捨てて僕にならざるを得なかった。

もちろん最初は僕が変わってしまったことに僕自身が一番耐えられなくてどうしようかと思ったものだ。
わけの解らない力を手に入れ、わけの解らない使命を負わされ、他人がのうのうと平和を謳歌している時に世界のため自分の身を危険に曝せと決定されたのだから。
けれど恐ろしくて閉鎖空間に向かえないでいると、それはそれで僕の心を押しつぶす。
お前は世界よりも一時の自分が大切なのだな、と誰かに、世界中に責められるような気がしたから。

だから自殺すら考えた。
こんなに辛い思いをしてまで生きていたいとは思わなかった。
けれどそんな状態は長くは続かず、『機関』を名乗る集団から誘いを受けて僕は今の僕になる代わりに安定を得ることが出来たのだ。






そんな、僕が僕になってしばらく経った頃。
ちょうど七夕の夜に僕はその日初めて『彼女』のイライラが消失し、代わりに今まで感じたことのない高揚でその身を満たしているのを感知した。

これなら今夜は閉鎖空間が発生せずに済むかも知れない。
そのことに大きな安堵を覚えながらも同時に酷く不思議に思った。
なぜ今、彼女はそんなにまで機嫌がいいのだろう・・・と。

彼女は世界が自分の思い通りにならないことに対して酷く憤慨していた。
きっと遣る瀬無さだって感じていただろう。
毎日毎日そればかりで、彼女はいつも不機嫌だった。
そうして数時間毎に閉鎖空間を発生させ、世界に十人程度しかいない僕達超能力者を悉く疲弊させていたのだ。



「織姫と彦星にでも会えたんでしょうか。」

雲一つ無い夜空を見つめながら独り言つ。
一人暮らしをするマンションの屋上に天体望遠鏡を持ち出し、レンズを輝く星々に向けてそれを覗きながら。

この平穏はベガとアルタイルのおかげだろうか。そんなまさか。
いくら彼女が求めているからといって、そう都合よく宇宙人が現れるはずもない。
本当は彼女の周りに嫌と言うほど存在しているのだが、彼女に己達の存在を知らせるマネはしないのだ。彼らは。
超能力者も同様。
僕達は彼女を知っている。彼女よりも彼女を知っているかも知れない。
それに対して彼女は僕達のことなど頭の隅にも無い。
僕達は彼女に知られるつもりは無く、またそんな不思議を求めている彼女は自身が持つ常識的な理性でその存在を完全否定しているのだから。

ならば・・・そうですね。
彼女を認め、彼女の話を肯定してくれる誰かが現れたのだろうか。
「宇宙人っていると思う?」という問いに「いるんじゃないか?」と答え、「超能力者は?」には「腐るほどいるだろう。」なんて感じに。
加えて未来人や異世界人に関しても。

彼女は聡明で、かなり飛び抜けた考えを持っていてもきちんと常識だって持ち合わせていて、だから自分の求めが他者から奇異の目で見られることを覚悟していた。
けれどやはり、それでも、誰かに認めて欲しかったのだろう。
真面目に話を聞いて、頭から否定するのではなく、出来れば肯定の意を。


「・・・なんてね。そうそう予想した通りの答えだなんて、僕も思いませんけど。」


無駄な想像は全て頭の隅に追いやって僕はレンズを覗きこむ。
そうやって、肉眼ではひたすら輝いて見えるだけの星々や月の姿を暴いていった。













「なるほど。あの時の僕の予想は正しかったということですか。」

高校一年生として七月七日を過ごした次の日、僕は『彼』から昨日彼が体験したことを聞かせてもらっていた。
そうしているうちに三年前の自分自身を思い出し、ふふ、と苦笑を漏らす。

「するとあの時、僕が東中学校に行っていればあなたに逢えたかも知れないんですね。」
「会ってどうするんだよ。お前も未来人を見たかったってことか?」
「ええ、まぁそんなところです。」

呆れたような顔に微笑を向け、「だって面白そうじゃないですか。」と付け加える。
でも実際、あの時の僕は未来人や異世界人に会いたいなどとは思ってなかった。
もちろん涼宮ハルヒ本人にさえ。
何故ならそんな存在に会うことで僕の非常識さが余計に思い知らされるだけだと考えていたからだ。

あの時、僕は僕になっていながら僕を好いてはいなかった。
僕を僕にするキッカケとなった彼女だって好意どころか憎しみの対象だったし、僕と同一カテゴリに分類される非一般人の顔すらこちらの自覚を促すように感じられて見たくなかった。

けれど今は少し違う。
時が経って僕が僕をほぼ完全に受け入れられたことも理由だろうけど、こうしてSOS団だなんて可笑しな団体の一員になり学生生活を送る中で僕はあなたに逢ったから。

だから今の僕は思うのだ。
あなたと三年前に逢う機会があったのならば僕はあなたに逢いたかった、と。
もしかすると、僕が僕を受け入れるのがもっと早まったかも知れない。
あなたの存在を知り、あなたと将来関われる自分の立場を喜べたかも知れない。
(If なんて考えても仕方が無いことだけれど。それに物語が必ずしも良い方向に進むとも限らないけれど。)
少なくとも今の僕はあなたに逢えて良かったと思っているし、あなたと逢えたなら三年前にも逢ってみたかった。
ただ、そう思っている。


「・・・?どうした古泉。なんか面白いことでも思い出したのか。」
「ふふ。禁則事項ですよ。」
「朝比奈さんのマネをするな。気色悪い。」
「手厳しいですね。」


今が楽しいと思う気持ちを僕は絶対に否定しない。
そう思った、ある夏の日のこと。








三年と一日経った日に


僕はあなたに感謝した。









ピュアっ子・古泉。恋情って言うより友情、でも少し違って依存対象とか自分を救ってくれた人とか。
そんな感じでキョンとハルヒを眺めていたりなんかしちゃったりして。
なかなかそれっぽい古キョンが書けません。精進せねば。
ところで古泉氏はいったい何歳なんでしょうか。一応、キョン達と同い年設定で書いたけれども・・・。
やはり少々年上か。