γ の世界






 こう言うのもなんだが、時には思いもよらないことがまた別の事象のきっかけになったりするもんだ。まあ俺の立場で言わせてもらえば、一年の最初、ハルヒに声を掛けちまったことがそうだと言えるだろう。
 それでだ。実は現在進行形で俺は思いもよらぬ事態をきっかけとして更に思いもよらぬ出来事を思い出してしまっていたりする。
 とりあえずは「きっかけ」である今俺が陥っている状況を手っ取り早く語らせてもらおう。
 オックスフォードホワイトの閉鎖空間。神人ナシ。生物は俺と、橘京子とか言うツインテール娘。以上だ。
 ちなみにこの少女は朝比奈さんを誘拐した罪で俺の心象最低ランクに位置づけられてる一人でもある。更にちなみに、この少女以外にも心象最低ランクはもう二人。ダークサイドに堕ちた古泉みたいな未来人・藤原と天蓋領域とやらから送り込まれた宇宙人・周防九曜だ。前者は橘京子と同じく朝比奈さんを誘拐した罪で。後者は長門をエラい目に合わせてくれた罪だ。
 話を戻すが、俺が何故こんな所に橘京子と共にいるのか、それ以前に此処は何処なのか、と言うことも説明しておくべきかも知れない。と言うことで続けて説明させてもらうぞ。
 先日、SOS団が休日探索の際に集合場所として使う駅前の広場にて中学時代の知り合いである佐々木と再会した俺は、何かの因果に引きずられるようにして橘京子との望まぬ再会、そして九曜との初顔合わせと相成った。その時は色々会話する前にハルヒ達が来てしまい、橘京子が古泉の敵で九曜が長門の敵と言うのだけ理解するに留まって、俺は後で悶々と考え込む羽目になったのだ。その後、佐々木本人から俺の家に電話が掛かってきて日曜日に会う約束をしてしまい、此処に至る。SOS団の時にも頻繁に利用させてもらっている喫茶店に集合、だ。
 注文した飲み物が運ばれて来るまでの間、佐々木、橘京子、周防九曜、藤原と碌でもない空気を作り出し、その中で橘京子が「佐々木=神」説をぶっちゃけだして、更にはハルヒから佐々木へと神の力を移すよう俺に協力を要請し、そんでもって説得の一環としてこの空間に俺を連れて来たのだ。
 つまり此処は佐々木の閉鎖空間、精神世界と言えるだろう。神人が暴れまわるハルヒの灰色の世界とは違い、佐々木の世界は何も無く、ただひたすらに落ち着いている。橘京子はこの世界を俺に見せ、情緒不安定で突拍子もないことを望むハルヒよりも、常に落ち着いて現状を許容する佐々木の方が神たるべき存在なのだと俺に納得させようとしていた。
 ・・・と、此処までが所謂きっかけだ。
 この世界に連れて来られたことをきっかけとし、俺はあることを思い出した。それは、俺が今まで体験して来たことを思い返してその面白おかしさに満足感を覚えつつ、同時にとんだ茶番だったと呆れ返り、そしてくだらないと吐き捨てたくもあり、これで"終わる"かも知れないことへの寂しさを感じるさせるものでもあった。
 橘京子に連れられて佐々木の閉鎖空間を彷徨っていた最中、突然足を止めて空を見上げた俺に、先行していた橘京子が振り返る。「どうかしましたか?」と訊いてくる顔は、俺がこいつ等に協力することを絶対受け入れるという自信満々な表情を見せていた。見当外れもいいとこだがな。俺はこいつよりもずっとハルヒのことを知ってるし、だからハルヒが橘京子の言うような危険人物ではないことを確信している。それに橘京子という存在自体、過去に犯してくれた朝比奈さん誘拐の罪で本人が何を言おうとも俺が首を縦に振る確率は限りなく零に近いのだから。
 しかし俺は今この場で信じないとか協力しないとか、そう言った否定的な台詞を吐くつもりは全く無く、なんでもないと呟いて足を動かした。橘京子もそれで良いと思ったのだろう。この世界のことや佐々木の素晴らしさとやらの話を再開し、機嫌は損なわれないまま散歩続行となった。
 しばらく閉鎖空間内の散策をした後、そろそろ戻るかと言う流れになって、俺達は元居た喫茶店の座席へと腰を下ろした。閉鎖空間に入る前にしていたように今度も橘京子と手を重ねるような体勢をとり、そして目を閉じ、触れ合う指先に力が篭ったかと思えば―――。
 復活する聴覚。続いて嗅覚。目を開けると佐々木も九曜も藤原もいた。先程の世界には無かった猥雑なまでの生きる気配が満ち溢れている。
「やぁ。おかえり・・・・・・で、いいのかな。」
 藤原と佐々木に挟まれる格好で佐々木が此方を見ていた。その様子からして、俺と橘京子が閉鎖空間へと赴いていた時間はほんの少し、長く見積もっても三十秒はなかったと思われる。
「ざっと十秒ほどさ。キョンと橘さんはそれだけの間、軽く触れ合っていたんだよ。」
「体感時間と実際の時間とのズレもハルヒの閉鎖空間と同じようなモンなんだな。」
「そうなのかい?ちょっと興味が湧くねえ。・・・にしても、これで僕の内面世界がキョンに覗かれてしまったわけだ。」
 内容の割には実にあっさりとした様子で佐々木が言う。だが確かに佐々木らしいと言えば佐々木らしい態度だ。
「僕らしい、か。それは褒め言葉として受け取っておくとしよう。・・・で、感想はあるかい?僕の心を覗いた感想は。」
 ああ、そうだな。あると言えばある。だが、それは佐々木の心に対する感想ではないな。生憎だが。俺が今抱いている感想は、お前の閉鎖空間を覗き見たことによって思い出したある事に関するもののみだ。
「思い出す・・・?」
 佐々木は訝しげに顔を顰めた。
 この俺達の会話に橘京子は不思議そうな顔、残りの二人は無関心を決め込んでいるようだ。ひょっとすると今の俺の一言、思い出したと言う言葉に対して佐々木が精神世界に変化を齎したのかも知れない。それで、その異変を一番敏感に感じられるであろう橘京子が反応したとも考えられる。
 だがそんな新顔三人の様子を気にすることも無く、俺は俺で会話を続けさせてもらうとしよう。"この事"を思い出してしまったゆえに、ソレについてもう今までのように何も知らぬフリは出来ないのだから。
「・・・キョン?」
 探るような声。くつくつと喉を振るわせ始めた俺に佐々木は何か勘付いたのだろう。嫌な予感とやらを抱えた声だ。
 俺はしばらく静かに肩を震わせていたが、それでは事態が進行しないので、嗤いを止めて真っ直ぐに佐々木を見た。たぶん今の俺は酷く冷めた目をしている。橘京子と藤原に再会して怒りのあまり拳を握った時の温度とは真逆だ。俺の親友を自称した元クラスメイトに向けるにはあまりに冷たすぎるとも思ったけれど、そうするだけの理由があったのだから仕方ない。
「キョン、」
「なあ佐々木。」
「なんだい?」
「俺は"あの時"、二度目までは許すけど三度目は無いって言ったよな?」
「・・・ッ!?」
「さ、佐々木さん!?」
 佐々木がガタンと音を立てて立ち上がった。テーブルの上のグラスが揺れ、お冷やがちゃぷりと波打つ。いつになく心を乱している(であろう)佐々木に、橘京子は信じられないとばかりに目を見張ってその名を呼んだ。
 どうやら佐々木は今の俺の一言で大方俺が何を思い出したのか悟ったのだろう。事態の変化に訝しむ藤原にも、長くても三年・・・いや四年前からしか存在し得なかった九曜にも、そしてもちろん橘京子にも知り得ぬソレ。だが俺と佐々木だけは知っている。なおかつ俺はわざと忘れて佐々木は決して忘れるなどしてはいけなかったもの。全ての発端とも言える出来事。それは一つの約束だった。
「今のところ、その二度目は既に起こっている。あと一回でもやっちまえば、俺はもう知らないからな。あと一回で俺はもう、お前のことなんか何も感知しな・・・」
「僕の所為じゃないっ!」
 席を立ったままだった佐々木が今度は大声まで上げた。橘京子は多いに慌て、藤原も何事かと双眸を見開く。人形のように無反応を貫いていた九曜すら今の佐々木にじっと視線を向けていた。そして当然、俺達以外の客も一体何だと迷惑そうな視線を投げかけてくる。
「佐々木、こんな所で声を荒げるモンじゃないと思うんだが。」
「僕じゃないよ、キョン。僕の所為じゃない。」
「佐々木、」
「その二回は、確かに僕も知っている。でも知ったのはそれが起こった後で、僕には何も出来なかったんだ。」
「佐々木さん落ち着いて。一体何があったの?・・・ううん、それよりもまず先にここを出ましょう?他のお客さんに迷惑が掛かるから・・・。」
 九曜は感情のない瞳で、藤原も面倒そうな表情で佐々木を宥める橘京子を見遣っていた。「僕の所為じゃない。」と佐々木が呟く。俺に言ってるのか、それとも自分に言い聞かせているのか。どちらでもいいが、確かに他の客の視線は痛いな。お前達はともかく、俺はSOS団として此処を頻繁に利用しているし、これからも利用するはずだから店の人に悪印象は抱かせたくないんだけどね。
「ちょっと、何言ってるの!佐々木さんをこんなにしたのはあなたなのよ!・・・じゃない。ええと、とにかく佐々木さん。ここを出よう?ね?」
「触らないで。」
「・・・え、」
 ぱしん、と乾いた音がした。橘京子が佐々木の肩に触れた途端、佐々木がそれを叩き落したのだ。随分と容赦のない一撃だったようで、引っ込められた橘京子の右手は見る見るうちに真っ赤に染まっていく。だが、叩かれた本人は痛みなど関係ないらしい。佐々木の反応に、拒絶されたという事実に驚いているようだ。
 呆然とする橘京子を前に、佐々木はキッと音がするくらい強く目の前の少女を睨み付けた。
「僕の所為じゃないよ、キョン!一つはコイツの所為なんだから!コイツが勝手にしたことなんだからっ!!」
 佐々木の叫びと同時に俺はパチンと指を鳴らした。こんな大声で叫ばれては堪ったもんじゃない。だから対策、と言うわけだ。何が如何対策なのかと言えば、"思い出す"前の俺では想像もつかないようなことだと言えるだろう。・・・もったいぶるのは止めるか。
 俺は先刻までの人々の猥雑なまでの気配を失った世界ではっと嗤った。
「佐々木、落ち着けよ。」
「キョン、僕は・・・」
「つーか何だよここ!説明しろ!」
 佐々木の変わりに声を荒げたのは藤原だ。ダークサイド古泉スマイルは完全に崩れ、不機嫌さと怒りと戸惑いのミックスみたいな表情で俺を睨み付けてきやがる。九曜も佐々木に向けていた視線を此方に固定、か。橘京子は戸惑っているようだな。あまりにも知っている世界と似ている感覚に。
「ここは・・・うそ。なんで。佐々木さんの世界なの・・・?」
「ハズレだ。」
「違うよ、橘さん。」
 橘京子の戸惑う声に対し、俺と落ち着きを取り戻し始めた佐々木が重なるようにして答えを出す。更に戸惑いを増す少女。それもそのはず。今俺達がいる世界には、俺達しかいなかったのだから。わいわいがやがやと響いていた音は無い。音は全て、俺達五人が生み出すもののみだ。そして匂いも。コーヒーやケーキの匂いが確かにあったはずなのに、今此処には無い。テーブルの上からは存在していたはずのお冷やも消え去っている。それはまるで閉鎖空間だった。
 だが俺が今まで経験した――と言っても二種類だけなのだが――閉鎖空間と大きく違うところが一つ。それは、周囲に存在する物に全てきちんとした色がついていることだった。ハルヒの世界は灰色、佐々木の世界はほぼ白と言っていいような色で統一されていたと言うのに。
 だから閉鎖空間を知っている橘京子が戸惑うのも無理はない。でも本来は"此方"が本物なんだよな。
「・・・どういう、ことですか。」
 立ち上がっている橘京子に対して俺は席に座ったまま。大きな瞳から強めの視線を受けて俺は小さく喉を鳴らして嗤う。
「橘さん。此処こそが、本当の閉鎖空間。本来あるべき限定空間。心の世界なんだよ。」
「本来・・・じゃない。わたしはそう言うことを訊いてるんじゃなくてっ!」
「俺の閉鎖空間だと言えば満足か?」
「え?」
 テーブルの下で足を組み替えて嘆息する。説明するのってはっきり言って面倒くさいんだよなぁ。つーか俺が言うより佐々木の口から説明した方が信用度も高いんじゃねえの?佐々木自身もさっきよりは落ち着いたみたいだし。
「まあそうだね。・・・この場に於いては僕から説明した方がいいのかも知れないな。」
「なら佐々木、説明役パスな。」
「わかったよ。・・・さて、みんな。これから言うことは真実だからね。みんなは信じられないかも知れないけど、本当のことなんだ。」
 そんな前置きをして佐々木は語り始めた。
「まず最初に、今僕達がいるこの空間は確かにキョンが作り出した閉鎖空間だ。そして、閉鎖空間と言っていいのは本来この世界だけ。僕や涼宮さんのそれは紛い物なんだよ。正確には、キョンのコピーと言える。」
「コピー?」
 訊き返す橘京子に佐々木は頷きを一つ。
「うん。それでね、なんで僕と涼宮さんの世界がコピーかと言うと、それは僕と涼宮さんの力が誰ものであったか、と言うことに端を発するんだ。僕も涼宮さんも"普通"じゃない。キミ達曰く、涼宮さんは世界を変える力を持っているそうだし、僕自身も橘さん達に存在を察知されるような人だしね。・・・では、一体誰が僕達にこんな"特別"を与えたのか。」
「その与えた存在とやらがコイツだとでも?」
 コイツ言うな、ムカツク未来人め。
「そうだよ。僕達二人はキョンに選ばれたから特別になった。神的力の持ち主は涼宮さんじゃなければ僕でもない。ここにいるキョンが、本来の持ち主なんだ。」
「なら何故、力を与えた?それに何の意味がある。おかげでコッチは時空の歪やらなんやらで不愉快な思いをしてるんだが?」
 お前の不愉快さなど知ったことか。だがまあ、理由はあるな。
「ほう?」
 俺が楽しむため、だ。
「なっ・・・!?」
 唖然とした未来人に俺は鼻で笑う。間抜けな顔だな。古泉ならそんな間抜けなツラ晒したりなんかしねーと思うぜ?
「涼宮さんの力を知っていれば解ると思うけど、キョンは自分の願望を叶えることが出来る。望めば何だって現実にすることが出来た。しかも涼宮さんみたく無自覚ってわけじゃなくて、全て自覚した上で。だから全てはキョンの思い通りだった。でもそれって、酷くつまらないよね。世界は思い通りにならないことがあって、予想のつかないことがあって、だからこそ面白いのに。キョンにとっての世界は全てを与えてくれるだけの何の面白みもないものだったんだ。・・・だからキョンは考えた。」
 これと同じ力を誰かに持たせて世界を弄ってみよう。ってな。そんで、俺自身は力を使ってしまわないように、そして二人が起こす変化を心から楽しめるように記憶を封印した。自分がどういう存在だったか。何を考え、誰にどうしたのかってのを。
「そして選ばれたのが僕と涼宮さんだったってわけさ。それから少し後、世界は一度再構築された。四年前だ。当時はまだ僕はキョンのクラスメイトじゃなくて、普通なら互いの存在すら知らなかったと思うんだけど・・・。」
 お前、その容姿と男子に対する言葉遣いでまあまあ有名だったぞ?だから俺は知ってたな。一応。んで、その考え方を面白いとも思った。涼宮ハルヒという突飛な存在と対照的な思考の持ち主だったんだよ、お前は。もともと一通りの人に力を持たせるより対照的な二人に同程度の力を持たせた方がより面白そうだと思ってたからお前を選ばせてもらった。ちなみにハルヒの方は、ある程度選ぶ人間を絞った上でその中からランダムに選んだんだけど。
「と言うことで僕は二番手だったんだ。まず四年と少し前、キョンによって涼宮さんが選ばれた。その後すぐに僕も。そしてキョンは僕と涼宮さんに更なる差をつけるため、僕にだけ自覚を持たせた。これで無自覚に力を振るう涼宮さんと、自覚を持って力を使おうとしない僕が出来上がったってわけ。」
「え、じゃあ佐々木さんにも涼宮さんと同じ力が最初からあったの!?」
「そう言うことになるね。みんなには言ってなかったけど。でもさ、閉鎖空間を持ってる時点でまぁ気付く人は気付くと思うよ。・・・キョンに協力を仰いだのは全くの無駄と言うわけさ。どうせやるなら僕の説得だったね。」
 そう言うことだ。・・・で、俺は二人を選んだ後、佐々木と"約束"をして自分は身も心も一般人に成りすましたんだ。これから起こるであろうことを思い切り楽しむためにな。二人を特別な存在にして世界を改変させた後、中学の一・二年は普通だったけど、三年で佐々木と色々話すようになったし、実はもうその時ハルヒは東中で面白いこと散々繰り返してたようだし・・・。そしてこの一年は特に楽しく過ごさせてもらったよ。ハルヒのおかげで随分スリリングな一年だった。そして今はこうしていられる。二人目の宇宙人、未来人、超能力者・・・は怪しいかも知れんが、まあそんな三人と向かい合わせに座ってる。
 だけど。
「っ、」
 声のトーンを落とせば、すぐさま佐々木が先刻の"らしくない佐々木"に戻ってしまった。
 約束。これは俺と佐々木が力を与える時に交わしたものだ。もしこの先、この約束を破るようなことがあれば、俺は佐々木から力を奪い、記憶も奪って、二度と会わないというもの。人によってはそれがどうした的なものだが、佐々木にとっては何としてでも避けたいものらしい。佐々木の性格からして力自体に重要性を見出してるわけではないだろう。橘京子達にも自分がハルヒと同程度の力の行使が出来ることを言って無かったみたいだしな。だとすれば、記憶か。俺と会えようが会えまいがどうでもいいことだろうし、残りの記憶に関することが最も高確率だ。
 でもまぁ佐々木が恐れるものが何であれ、あと一回ソレを犯してしまえば約束は破られたことになる。と言うことだ、佐々木。
「だから違うんだよ!僕の所為じゃない!長門有希が倒れたのも朝比奈みくるが誘拐されたのも僕の所為じゃない!みんなが勝手にやったことだ!僕は何も知らなかったし、何もやっちゃいない。だから、キョンの大切な人達を傷つけたのは僕じゃない!僕はまだ、キョンの大切な人を傷つけたことなんかない!約束は、ちっとも破っちゃいない!!」
「本当にお前の所為じゃないって言い切れるのか?なあ、佐々木。」
「なにを、」
「俺がお前に与えた力は、お前が望めば超能力者もどきとも宇宙人とも未来人とも関わりのない生活を送ることができたんだぞ?それなのにお前はそれを望まなかった。ハルヒ・・・ああ、当時はハルヒの名前は教えてなかったけど、とにかく自分とは正反対の存在が宇宙人やら未来人やら超能力者やらを望んでいるってことは既に知っていて、そんでお前は思ったんじゃないのか?そっちの方が面白い世界になりそうだって。」
「・・・そうだよ。思ってた。そっちの方が、キョンが楽しめると思ったよ。」
「じゃあ今此処にこうして橘京子、周防九曜、藤原がいるのは佐々木自身が望んだためってことだよな?」
「長門有希と朝比奈みくるに関することは、つまりみんなを集めるきっかけとなった僕が根底にある原因ってこと?」
 そう言っている。
 そしてお前は約束を破ろうとしてるわけだ。俺の大切な人を傷つけないってことを。三度目は無いってことを。
「キョン・・・っ!」
 でもさ、それは俺が記憶を無くして一般人として生活してる場合っていう前提条件がついてたりするんだよな。実は。
 記憶を無くしてる間は俺の力でその誰か大切な人を守るってことが出来なくなる。だから力を自覚してる佐々木にはその約束をさせたんだけど・・・。もう一度この記憶を封印でもしない限り、約束を破られることはないな。ま、今この時点で三人のうち誰か一人でも何かやってなければ、って話なんだが。
 隣の橘京子から始まって、順に見渡していく。力を取り戻した、否、使い方を思い出した今の俺にとっては長門のようなマネだって簡単に出来てしまう。俺が、そう望んでいるから。
 橘京子は白だ。藤原も同じく。九曜は―――。
「・・・・・・・・・佐々木、三度目だ。」
「え、・・・どう、いうこと。」
「周防九曜。お前・・・というかお前ら、長門に何してやがる。」
 九曜から探り出した情報は、佐々木と俺の約束を破る三度目のそれだった。気付いた瞬間、零れだす声は更なる低音に、視線も急激に冷えていくのが自覚できた。そのまま温度の回復などしようとも思わず、俺は真っ黒な霞みたいな九曜を見据えた。
「今すぐ止めろ。長門に趣味のワリー妨害かけてんじゃねえよ。・・・さっさと止めねえと、消すぞ。」
 お前ごと、天蓋領域とやらそのものを。
 此処が閉鎖空間である所為か、俺の感情に合わせてチリ・・・ッと空気が騒ぎ出す。それを肌で感知した橘京子と藤原は先刻までの話に大きな戸惑いを抱えながらも今目の前で起こり始めた異変に息を呑んだ。対して、九曜は静かに俺を見据えたままだ。それだけ。俺が察知した長門の状態も未だ回復していない。その兆しもない。ひょっとすると九曜を通して天蓋領域が俺を調べているのかも知れないが、こちとらそんな余裕を与えてやるつもりは無いのだと断言しよう。さっさと長門にちょっかいかけんの止めろよ。さあ早く。・・・3、2、1。
 ―――消えろ。
 九曜の右肩が弾けて消えた。音も無く突如として霧散するそれに残りの三人が目を剥く。真っ黒な制服が真っ黒な粒子になって右肩部分がごっそりと欠けたのだ。そして当然、右肩が無くなったのだからそこから繋がる右腕もゴトリと鈍い音を立てて床に落ちた。九曜は反応を見せない。俺を見据えたまま。
 床に落ちた腕は俺の位置からその姿の確認は不可能だが、たぶん、いや絶対に肩と同じく粒子となって空気に溶け始めているはずだ。俺がそう望んだ。
 どうやら九曜は九曜で己の身体を再構成しようとしているようだが、それはあまりにも無意味と言えるだろう。再構成しようとすればその度に俺が破壊する。相手は色々と情報を弄らなければいけないみたいだが、俺はただ望むだけでいい。この労力の差は圧倒的で、なおかつ今の俺は決して全力じゃない。もし望むならこんなちまちましたやり方じゃなくて天蓋領域諸共九曜を消してしまえばいいのだから。
 その事に気付いたのか、九曜が自己再生を止めた。一瞬、瞳を俺に向けておきながらも俺を通り越して遠い何かを見詰めるような仕草をした後、また此方を見るようになってこくり、と小さく頷く。
「―――わかった―――――長門―――有希―への干渉は―――終了する――――――」
「それでいい。」
 長門の無事を確認し、俺は九曜の破壊を止めた。ついでだから霧散した部分も元に戻しておこう。
 途端、右半身をごっそり失っていた九曜の身体がほんの一瞬で何事も無かったかのように回復する。小さな肩も真っ黒な女子高の制服も全て元通りだ。
「キョン、もしかしなくてもこれで三度目だなんて嘘だろう・・・?」
 九曜が復元した己の右腕を無感動な瞳で見詰める傍ら、しばらく黙っていた佐々木が再度口を開いた。その顔色は真っ青だ。血の気が引いてる。そうだよなあ。これで約束を完璧に破っちまったことになるんだから。
 九曜経由で探ったところ、俺が今の俺になる前から長門は天蓋領域からの干渉を受けていた。と言うことで、佐々木には残念だが、一度目は長門(雪山)、二度目は朝比奈さん(誘拐)、三度目にも長門で計三回だ。ゲームオーバー。はい終わり。
「いやだ!僕はそんなの嫌だ!!・・・どうして!?」
「そう言う約束だっただろう?嫌なら最初からしなけりゃ良かったんだ。俺は別にそれでも構わなかったんだぞ?」
「だって・・・!キョンと出会ってしまったら、キョンを知ってしまったら、もう元に戻るなんて出来っこないんだよ!だから繋がりが欲しかったんだ!!」
 へぇ。俺って案外お前に想われてたんだ?いやいや、奇妙な存在として佐々木の知的好奇心を変な方向で刺激しちまったのかな。それでお前は繋がり欲しさに俺の手を取ったんだ?
「っ、そうだよ!例えキョン自身が中一の時のことを忘れてしまっても、それでもあのまま全て無かったことにされるより、もう一度出会って一緒に居たかったんだ!そして、キョンが世界を楽しみたいと言ったから僕だって何かしたいと思った。最初はただ無意識に橘さんみたいな人達を作ってしまった。たぶん、僕を見て欲しいって気持ちが他の人にまで影響を及ぼしてしまったんだろう。でもそれ以外・・・二年生の時ですら何をやって良いのか全然解らなくて、でもこのままじゃ駄目だと思ったから力を使って三年はキョンと同じクラスになった。塾だってそうさ。力と記憶はキョンとの繋がりのため、そしてキョンの望みの為に僕は中学生として出来ることをしようと思った。・・・でも、」
 なんだか物凄い告白をされてるように感じるのは俺の気の所為だろうか。佐々木がそんな人間だとは思わなかったなぁ。俺の所為か?でも俺的に、佐々木は恋とか愛とかそんな甘いものを抱えてるんじゃなくて、全部俺が珍しかったことによる勘違いだと思うね。俺は誰かに恋されるような存在じゃないからな。やれやれ。自分で言っててなんか悲しくなってきた。
 さてさて。そんな俺に勘違いの恋心(笑)を抱いちまってる佐々木だが、「でも」から先は黙ったままだ。両脇で握られた拳が震えてる。・・・ああ、そんなに強く握ると手の平に爪が食い込むってのに。
「でもね、キョン。高校が別々になって、キョンは涼宮さんと行動を共にするようになった。そしてキミは僕といた時よりもっとずっと楽しそうに笑ってた。こっそり北高の文化祭にお邪魔した時、キミは迷惑そうな顔しながらも本当に楽しそうだったんだよ。・・・・・・僕は悔しくて仕方なかった。だから、望んでしまった。僕も涼宮さんみたいになりたいって。僕は、キョンに見てもらえる涼宮さんになりたかった。その途端、長門有希の代わりに九曜さんが、朝比奈みくるの代わりに藤原くんが現れた。そして橘さんは僕に接触してきて、僕が本来なら涼宮ハルヒの立場に居るはずなんだ・・・って。」
 するとあれか。結局は俺の所為で宇宙人と未来人が現れて、なおかつ超能力者もどきが出張りだしたと。へぇ、ふぅん。俺の所為、か・・・。だから佐々木自身に過失はない、と?
「そんなことは、」
「なに勝手なこと言ってくれてんだよ。じゃあ何か?佐々木、お前はコイツと僕達に全部なすり付けるつもりか。」
 おい未来人、勝手に口を挟むな。
「うるさいな。本当の神様だか何だか知らないが、僕達だって首どころか全身突っ込んでるんだ。口を挟む権利くらいある。橘は自分達の"カミサマ"に色々言われて自失茫然してるし、周防は元からなんも言わない。なら僕くらいしか出来ないだろう?」
 話がややこしくなる。めんどくさいのは嫌なんだよ。
「それならもう保留にでもしてくれ。僕も面倒くさいのは嫌いだ。橘も周防も役に立たないし、僕自身も実のところ色々混乱している。当の佐々木本人はお前の対応を恐れてこの通り使い物にならない。もうしばらく時間を置くべきじゃないか?」
 まあ確かにそう言われればそうか。未来人野郎に諭されるってのが癪に障るが。
「・・・わかった。じゃあ一先ず保留だ。ただし、俺のことを誰かに洩らすことも、此方にちょっかい掛けてくるのも禁止させてもらう。今のところ俺から積極的に何かするつもりは無いが、これを破ったら容赦はしない。」
「ははっ、恐いことを言うな。まあいいさ。・・・と言うことだ、そこの女三人。」
「――――――了承――した―――」
「・・・わかりました。」
「・・・・・・・・・うん。」
 九曜、橘京子、佐々木の順番で返事を得た後、俺はもう一度指を鳴らした。途端、五感が元に戻る。人のざわめきや食器がぶつかる音、コーヒーの匂い。その中で、俺は注文した品もまだ運ばれてきていないのに席を立つ。
「お勘定よろしく。それじゃあ、また。」


 これが、αでもなくβでもない、γ の世界。本当の「何か」が目覚めてしまった三つ目の世界。








妄想が・・・はびこるっ!(ジャッジャッジャジャ、ハイ!)