平和島静雄は料理が上手い。
それを聞いた人間はまず我が耳を疑い、それから冗談だと笑って済ませる。あの喧嘩人形が料理なんてできる訳ないだろう、と。しかしながらそんな彼らの予想とは裏腹に、真実、静雄には料理のスキルがあった。ただし限られた種類―――具体的に言うと子供が好みそうな料理限定で、という注釈は付くが。 「昔、シズ兄って僕が言ったもの何でも作ってくれたよね」 「初めて言われた料理は散々だったけどな。でもまあ、次会う時までにはって思って練習したし」 言いながら静雄は手首のスナップを使ってフライパンを器用に操る。熱せられた鉄板の上では大きめの鶏肉が入ったケチャップライスがふわふわとろとろの卵に包まれて、あっという間にオムライスが出来上がっていた。 帝人と静雄の二人がいるのは静雄の自宅であるアパートの一室、そのキッチンである。帝人のボロアパートを目にした静雄(と幽)によって半強制的にこの年上の従兄弟の家に同居する事となった帝人は、料理をする静雄の横に立って出来上がった物のために皿を差し出す係をしていた。 高校進学と共に一人暮らしをする予定だった帝人は流石に自炊ができない訳でもない。しかしかつて、幼い帝人がねだる度にオムライスもホットケーキも、また苦手な野菜を知らずに食べさせるための数々の料理も作ってきた静雄には到底敵いそうもなかった。 「ほら帝人、口開けろ」 「へ? あ、あー……ん」 帝人の従兄弟殿はさっさとオムライス二つを作製し終えて、その上にかけるソースの作成に取り掛かっていたらしい。とは言っても基本的な部分は既に作り終えており、あとは温め直すのと好みに合わせて少しばかり調味料を加えるだけであるのだが。 程よく温められたソースが小さなスプーンに掬われて帝人の口に入り込む。今日はホワイトソースらしく、スプーンの隅に残っていたのは白い液体だった。 「どうだ?」 「ん、これでいいと思う」 と答える帝人だったが、内心でほんの少しばかり苦笑を漏らした。 このホワイトソースの甘さ加減はレシピに載っている物ではなく、小さい頃の帝人が好んだものだ。しかし帝人も成長し、味覚も少しずつ変化していっているためもう少し甘目を抑えても十分美味しいと感じられるだろう。誤解が無いようにしたいのは、帝人はこの味が嫌いになった訳ではない――むしろ昔の思い出と相俟って今でも特別大好きだ――という事である。帝人が苦笑したのは自分の好みに関する事ではなく、その料理の作り手の舌についてだった。 (シズ兄って小さい僕が好きな味ばかり作ってたから、いつの間にか本人も子供舌っぽくなっちゃったんだよねぇ) 静雄が好むのは乳製品や甘い物、そして嫌いなのは苦い物。―――元々静雄の好みがそちら寄りだった可能性はあるが、幼い頃の帝人と完璧に同じ好き嫌いを今も保っているのは、少年時代に帝人の好きな物ばかり作って自分もそれを一緒に食べていたからだろう。 (卵焼きが甘いのも相変わらずだし) 先日、登校前に渡されたお弁当の中身を思い出して帝人は今度こそ口元を緩ませた。 帝人の実家は「卵焼きは塩派」であるが、幼い頃の帝人は静雄が作ってくれる甘い卵焼きの方が好きで、しかもそれは頻繁に食べられる物でもなかった――静雄が池袋から遊びに来てくれないと食べられなかった――ため特別中の特別だったのである。そうしていつも嬉しそうに食べていた帝人を覚えているからこそ、静雄は今でも見事なまでの砂糖の配分で焦げ目一つ無い綺麗な卵焼きを仕上げてみせた。ただし朝からキッチンに立って帝人の弁当を作っている最中、切り落とした卵焼きの端を味見した時の彼の表情を見るに、その甘さは今の静雄自身の好みにピッタリ合ったものでもあるのだろう。 幼い頃の帝人と同じ舌を持つ従兄弟を駄目だとは思わない。むしろただただ嬉しかった。自分がどれ程この青年に愛され大切にされているかが解るから、帝人は堪えきれずに笑い声を漏らす。 「帝人?」 「なんでもないよ。……わあ、美味しそう!」 後ろを振り返り、テーブルの上に並んだ料理の数々を見る。とても二十代半ばの青年と高校生になった少年が作ったとは思えない、設定年齢がいささか低めの物ばかりであるが、どれもこれも幸せな記憶が詰まった最高級の一品だ。 「じゃあ、そろそろ飯にすっか」 「うん」 オムライスにホワイトソースをかけ、その二つの皿を持って静雄が移動する。帝人は水が入った硝子のコップを両手に持ってその後ろに続いた。 エプロンを外し、向かい合わせの椅子に座って帝人は両手を合わせる。 「いただきまーす」 「どうぞお上がりください……ってな」 まずはオムライス、とスプーンを手に持った帝人を見つめて静雄もまたクスリと笑みを零した。まるで己が作る料理のように甘い甘い微笑を。
シュガーリィキッチン
(幸福は甘すぎるぐらいがちょうど良い) 「従兄弟設定の静帝で家で料理するのが見たいです」とリクエストしてくださった匿名様に捧げます。 ありがとうございました! ※こちらはデュラSSページの「ハロー、マイディア」以降のお話となっております。なので同居中。 ※ちなみにシュガーリィ(sugary)の意味: 砂糖の(ような)、砂糖を含む、甘すぎる です(笑) |