「あらー。池袋の超有名コンビはカップルじゃなくてライバルだった訳ね」
「あの二人を恋人扱いしてんのは最初から最後までお前だけだ、狩沢」
 唖然として呟いた狩沢に門田は若干ウンザリしつつ呟いた。
 二人及びその他いつものメンバーである遊馬崎と渡草がいるのは、こちらもいつものワゴン車の中。たまたま折原臨也と平和島静雄の戦争に出くわしてしまった彼らはそれが観覧できかつ安全な地帯に車を止め、毎度の事ながらどこかのアクション映画さながらの喧嘩を眺めていた。
 しかしながら彼らが昔から知っている臨也・静雄コンビの戦争とは違い、現在進行形のそれはほんの少しばかり静雄が守りの姿勢に入っていた。何故ならば―――
「うふ。シズシズってばイザイザラブじゃなくてミカミカラブだったのねー」
 いつものボーイズがラブってる発言をする狩沢だったが、それをたしなめる声はどこからも上がらなかった。
 それもそのはず。口元をにまにまさせながら含み笑いする狩沢の視線の先では、彼らもよく知る高校生・竜ヶ峰帝人があの平和島静雄に抱きかかえられたままという状況で戦争が続行されていたのだから。しかもこの距離からでも聞こえてくる罵声の数々が、
「いい加減帝人君を放せよ化物! 帝人君は俺のなんだから気安く触れないでくれる!? ってか声を聞くな姿を見るな、とにかくさっさと死んでしまえ!!」
「ああ゛っ!? なに言ってやがんだノミ蟲くんよぉ!! 手前こそそのとろけた脳味噌をいい加減トブに捨てしまったらどうだ! 帝人は手前に付き纏われて迷惑してんだよ!! つかいつから手前のものになったって? こいつは最初から俺のものなんだよ! さっさと解れクソノミ蟲!!」
 どう見てもどう聞いても男子高校生の取り合いです本当にありがとうございました。
「……あいつら」
 聞こえてくる罵声に頬を引き攣らせながら傍らを見た門田はさらに全身から力が抜ける羽目になる。
 門田が見たものは遊馬崎も彼と同じ表情で眺めている人間であり、まあぶっちゃけてしまうと狩沢女史であるのだが、そのBL大好きレディはワゴンの中から戦争コンビの竜ヶ峰帝人争奪戦を凝視しつつ、
「ありがたや、ありがたや生BL! 生争奪戦!!」
 何やら激しく感涙しながら拝んでいた。
 ひょっとしたら次の夏辺り、静雄と帝人と臨也の三人をメインにした薄くて高価な本が出来上がっているかもしれない。
「って言うか竜ヶ峰の奴はあんな戦場に巻き込まれて大丈夫なのか? 抱えてるの静雄だろ? 下手したらあの細ぇ腰がボキッって……」
「うわ、門田さんその想像シャレになんないっすよ。平和島静雄なら万が一どころか二分の一ぐらいの確率でやっちゃいそうで」
 拝む狩沢はさて置き、門田と遊馬崎も窓の外を眺めてかなり本気で心配してしまう。
 しかし抑え目の音量で呟いた二人の会話に半ばトリップしていたはずの狩沢が口を挟んだ。
「ああ、それなら大丈夫なんじゃない?」
「どういう事っすか?」
 首を傾げる遊馬崎に狩沢は未だ視線を戦争に固定したままニヒヒと笑う。
「だってぇ、ちゃんと見てみなよぅゆまっち。ミカミカとシズシズの手、それぞれどこでどうなってると思う? あの抱き方と抱かれ方は慣れた者同士のそれだよ。しかもたぶん殆ど無意識にできる形ね。って事は、もしシズシズがイザイザとの喧嘩でブチキレちゃってても、無意識の範囲でミカミカの安全は確保するってワケ。それ以前に二人の喧嘩も今日はいつもよりちょっとだけ抑え目じゃない? あれってシズシズがまだちゃんとミカミカの存在を意識して力をセーブしてるからでしょ。じゃあミカミカの安全は確実だよ。……あ、ほら。イザイザが投げたナイフ、今ミカミカに当たりそうだったけどシズシズが全力で躱したじゃん」
 彼女が言ったとおり、臨也が静雄に向けて放ったナイフは運悪く彼が欲しているはずの帝人に当たるところだった。しかし静雄が気付いて力に任せ思い切り跳躍する。ナイフは帝人にも静雄にも掠る事なく失速して地面に落ちた。
「テメッ! 帝人が怪我するところだったじゃねえか!!」
「そんなのシズちゃんがちょこまか動くからだろ!? ああごめんね帝人君!!」
 一瞬だけホッとした顔を見せた臨也はすぐさま表情を取り繕って静雄に叫び返す。なお、帝人に向けた声音はガラリと変わって甘ったるいものだった。
「あ、ところで」
 怒鳴ったり優しい声を出したり忙しい戦争コンビの喧嘩を眺めつつ、遊馬崎がぽつりと言う。
「狩沢さんの言う事が真実なら、帝人君と平和島静雄ってデキてるんすか?」
 BLは守備範囲外である遊馬崎だが、カップリングやら何やらが解らない程ではない。むしろBL大好きな狩沢とほぼいつもワンセットでいるのだから、この中では狩沢本人に続きBLを理解していると言えるだろう。
 そんな遊馬崎の指摘に渡草は無言(ただし溜息は吐いた)、門田が何か言おうと口を開くも、それを全て押し退けて狩沢が「よく解ったわねゆまっち!!」と興奮も隠さず目を輝かせた。
「私も知らなかったんだけど、あの手の位置を見る限りシズシズとミカミカはデキてるわ! 最強と最弱っ! なんて萌えるカップリングなの!?」
 これでもし狩沢が帝人の裏の顔、カラーギャング『ダラーズ』の創始者である事を知っていれば、彼女は静雄と帝人の組み合わせを別のたとえで表現したかもしれない。そう、それはまさしく―――
「(魔王と番犬、ってか)」
「ん? 渡草なんか言ったか?」
「いえ、なんでもないっす。つーかそろそろ車移動してもいいですか?」
 運転席から喧嘩を眺めていた渡草はかぶりを振って門田に答える。
 渡草も帝人の裏の顔など知らない。だが彼は見てしまった。静雄に抱えられている帝人が静雄の「こいつは最初から俺のもの」宣言を聞いた時、うっすらと口元を愉悦の形に歪めたのを。あれはただのひ弱な高校生が浮かべる類の表情ではない。
「うふふー、渡草っちも見ちゃったわね? 気付いちゃったわね?」
「さあ?」
「なんっすかなんっすか? 二人とも何を見たっていうんですか?」
「ひ・み・つー。まあそのうちゆまっちも見られるんじゃない?」
 狩沢が渡草に話しかけると遊馬崎が首を突っ込み、しかし軽くあしらわれて会話が終了する。どうやら狩沢も渡草と同じものは確認していたらしい。そりゃそうだろう。あの戦争を一番しっかり見ていたのは彼女なのだから。
 ともあれ、そんな三人を順に眺めて、まとめ役である門田は頭を掻きながら若干大袈裟に息を吐き出した。
「狩沢、渡草も言ったがどうする? もう行っていいか?」
「そんなの駄目に決まってるじゃーん。もっとちゃんと見てネタ集めしとかなくっちゃ」
「お前なぁ。本人に知られたらマジで命の危機だぞ」
「だぁいじょうぶだって。シズミカっシズミカっるんるるーん」
 音符でも付いていそうな喋り方の狩沢はただ今絶賛続行中の戦争を眺めて周囲に花を飛ばす。
 次の夏辺り、「静雄×帝人←臨也」という表記がされた薄くて高価な本が出るのはほぼ確定だった。






T o y B o x

(箱の名前は池袋。今なら魔王人形と番犬人形のオマケつき!)







リクエストしてくださった紗鳳寺のえる様に捧げます。
紗鳳寺様、ありがとうございました!