「無色のカラーギャングだなんて面白いものを作るんですね」
 声をかけられたのは下校途中、人気のない道での事だった。
 平和島静雄という同学年の化物と殺り合った影響で自主早退をしていた折原臨也は、その声の穏やかさにふと顔を上げる。言われた言葉の意味には咄嗟に頭がついていかず、自分より幼く感じられる声が自分よりもずっと大人な雰囲気を漂わせていた事への興味が臨也の視線を相手に向けさせたのだ。
 そして数秒遅れて台詞の意味を理解し、臨也は三メートル程離れた所に立つ黒いコートの人影を、警戒心をひた隠しにした視線で睨み付けた。
「オニーサンは?」
「僕? 僕は竜ヶ峰帝人って言います」
「エアコンみたい」
「そうかな」
 くすりと吐息を漏らし、黒いコートの青年―――竜ヶ峰帝人が微笑む。
 短めに切られた黒髪や大きな目など、年齢を幼く見せるパーツに溢れた青年は下手をすると高校生の臨也と同い年かそれ以下に見える。だが人間観察を趣味とする臨也には青年の落ち着いた立ち居振る舞いから、相手が見た目通りの年齢ではないと判断していた。
 そして何より警戒に値するのが―――。
「無色のカラーギャングってダラーズの事ですか? 噂なら俺も聞いた事がありますよ」
 何故知っている? と思った。
 『ダラーズ』とは臨也が中学時代に顔も知らない知り合い達と面白半分でネット上に作り上げたカラーギャングである。
 最初は噂だけをばらまいて、さも現実で活動しているかのように見せかけている代物だった。しかし最近、ダラーズは虚構の世界から現実へと滲み出し、ネット上だけではなくリアルの池袋でもダラーズを名乗る輩が増えてきている。そのきっかけを与えたのもまた臨也であり、細胞が増殖・分化していくかのような様を彼は一つ上の高みから笑って眺めていた。
 ダラーズが臨也の思惑通りに人数を増やし、現実世界に気配を漂わせ始めた頃、他のメンバー達は恐れをなして姿を消してしまった。臨也ならばその顔も知らない相手達の顔も名前も調べられるのだが、これから起こるショーに楽しみではなく恐れを抱いた彼らは最早臨也の中で『観察終了』のレッテルを貼られており、どうでもいい存在となり果てている。発案者である“彼”も最後の最後には姿を消してしまって、その時ばかりは臨也も少々残念に思ったのだが。
 ともあれ、問題は目の前の青年である。
 臨也の当たり障りのない回答を聞いた帝人は「そう簡単には教えてくれないか」と肩を竦めた。
「簡単も何も、俺がそのダラーズを作ったとでも言うんですか? まさか。俺はただの高校生ですよ」
「自主早退だから真面目一辺倒ではないみたいですけど」
「まあまあ普通でしょう?」
「そうですね。学校でも貴方が特別何かをやらかしたって話はない。けど先生方は色々と思うところがあるようですし、それに何より……」
 臨也が裏でばかり暗躍し、表ではさほど大きな動きを見せていない事も知っているのだと言いたげに帝人はそう告げ、更に決定打を放つ。
「怒りっぽくても忘れやすい静雄さんにあそこまで嫌われるなんて、貴方ってやっぱりそれ相応の人間なんじゃないですか?」
 帝人の口から出た名前を聞き、臨也は顔面に貼り付いていた仮面を剥ぐようにガラリとその身に纏う雰囲気を変えた。
「なーんだ。シズちゃんの知り合いなの?」
「ええ。それなりに仲良くさせていただいてますよ」
「じゃあさ、俺が何をやってきたのか、シズちゃんの頭でも解る範囲なら君に伝わってるって訳だ。でも、だからって俺をカラーギャングの創始者に据えるのは思考がぶっ飛びすぎてない? 確かに裏でシズちゃんにけしかける用の人間をまとめる事はよくあるけどね」
「ああ、あれは見事だと思います。でも他人が静雄さんに殴り飛ばされるのを見て楽しいと思う性格でも立場でもないでしょう? 貴方は……そう、虚像に群がる人間達の喜怒哀楽を観察する事に楽しみを見出すような人だ」
「知ったような口を利くなあ。不愉快だよ」
「それは申し訳ない。でも一応僕が調べて得た情報ですから、信憑性はあると思ってるんです」
 目を細め、狐のように笑いながら帝人は歩き出した。臨也の方へ。
 得体の知れない何かを感じ取って臨也の身がごく僅かに強ばった。だが彼は臨也に何かする訳ではなく、自分と同程度の身長の高校生とそのまますれ違ってしまう。拍子抜けした臨也は通り過ぎた相手の背を視線で追い、
「どこへ行くんだい?」
「来神高校ですよ。貴方の天敵を迎えに、ね。ダラーズの事はまた改めてお伺いしたいと思います。……それでは、折原臨也さん」
 教えてもいない名前をさらりと告げ、振り返る事すらせずに帝人はさっさと歩いていく。
 これが折原臨也と竜ヶ峰帝人のファーストコンタクトだった。



* * *



 どうしてこうなった。
 と、オレンジジュースをストローで吸い上げながら臨也は思った。
 場所は来神高校からもそれほど離れていない喫茶店。ただし半地下にあって登下校の生徒が気付きにくく、知る人ぞ知るといった落ち着いた雰囲気の店である。
 こじんまりとした店の奥、ボックス席に腰掛ける臨也の正面には先日の青年がコーヒーカップを傾けていた。本日も自主早退だった臨也を見計らったかのようなタイミングで捕まえ、口八丁手八丁であれよあれよと言う間にこのボックス席へと押し込んだのが彼だ。
「……なんで俺の学校出る時間が判るのかなあ。それともずっとあそこで待ち伏せ? ストーカーは男も女も勘弁なんだけど」
「ストーカーですか」
 帝人は口元に手を当てくすくすと吐息を零す。
「僕が高校生だった頃には同級生にいましたけどね。流石にいつ通るか判らない状況で貴方を待ち続けられるほど暇じゃないんですよ、僕も」
「じゃあ何。君ってば自称超能力者か魔法使いとか言っちゃうわけ?」
「意外とメルヘンな思考なんですね。……ああ、そんな顔しないで。冗談です。僕はただ情報が多く集まる立場にいるものですから、それらと自分の勘を使って貴方があそこを通る時間を予想したんです」
「情報が多く集まる立場、ねえ……」
 若干街の裏側にも足を突っ込み始めている臨也には『情報』と言われて思い当たる職業があった。しかしそれは基本的に副業とされるもので、メインにする人間は殆どいない。ただし目の前の青年がその童顔で情報の集まりやすい夜に働いているようには見えず、また太陽もそれほど傾いていないこの時間帯から自由に動いている様子に、臨也はまさかと思いつつもそれを口にした。
「ひょっとして情報屋とでも言いたいのかな」
「あれ。案外判ってしまうものなんですね」
「それをメインでやってる人間なんて初めて知ったよ」
「どういう理由で情報屋をメインにしているのか予想したのかはあえて聞きませんけど……」
 つるりとソーサーの縁を指先で撫でて帝人は臨也に視線を向けた。黒の中に青を溶かし込んだ瞳に見据えられ、臨也の背中に痺れにも似た何かが走る。
「そんな訳で、貴方が現在のダラーズ管理者である事は把握済みなんです。けれどまあ、それで貴方をどうこうしたいとか、情報を誰かに売ろうってつもりも無いんですけどね」
「じゃあなんで俺と接触しようと思ったんだい?」
 青年がデタラメを言っているとは思えず、臨也は早々に己が彼の言う通りダラーズの創始者(の一人)である事を認めて言った。すると帝人は両目を細め、
「興味があったからですよ」
「え?」
「発案者すら離れていったダラーズの管理を続け、故意に増殖を続けさせている。そんな折原さんに興味があったんです」
 臨也が現在唯一の管理者である事や発案者が別にいる事までも知っているのか。そう驚きつつも、臨也の中には驚愕以外の感情も存在していた。
 興味があったんです、と言って向けられた微笑みに胸の奥がざわめく。相手は得体の知れない――職業と名前は知ったが、本質的な部分は得体が知れない――存在で、なおかつ己の天敵である平和島静雄と繋がりを持つと言うのに。

「臨也でいいよ」

 気付くと、臨也はそう口にしていた。
「その折原さんってのやめてくれないかな。なんだか背中がぞわぞわして気持ち悪い」
 帝人を前にして起こる反応の言い訳をそう決めつけて臨也は言う。
「臨也、さん?」
「……まあ『さん』付けするのもその丁寧な口調も癖か何かなら仕方ないとは思うけど。今後はそれで」
「わかりました。じゃあこれからは臨也さんとお呼びしますね」
「うん」
 むず痒さはまだ消えなかったが、それでも臨也は首を縦に動かした。ストローでオレンジ色の液体を吸って冷たい感覚が食道から胃へと落ちていく様を感じる。そうして一拍置いて、臨也は「それで」と、少し楽しんでいる己を自覚しながら告げた。
「俺に興味がある帝人君は次にどうしたいのかな?」
「み、“帝人君”……ですか?」
「だめ?」
「構いませんけど」
 自身の容姿をよく解っているのか、帝人は苦虫を噛み潰したような顔で臨也の呼び方を承認した。
「そうですね、また近々こうしてお会いしていただければ」
「そんなので良いんだ」
「ええ。言ったでしょう? 僕は貴方自身に興味があるんです。だったら直接会ってお話した方が得られる物も多いでしょうし」
「ふーん。じゃ、俺のケータイ教えるから、帝人君のも」
「はいはい」
 カチカチと携帯電話を操作し、互いの番号を登録する。リュウガミネミカドと登録された小さな画面を見て少しばかり気分が高揚した理由を臨也は考えない。わざと自分の変化に気付かなかったフリをして携帯電話を仕舞う。
「……ああ、すみません。この後ちょっと人と会う予定があるんでした」
 ふと帝人が左腕につけていたシンプルな時計に目をやって眉尻を下げた。
「そう。じゃあ今日はこの辺で?」
「はい。またご連絡しますね」
 そう言って、帝人は伝票を持って立ち上がる。
「お先に」
「ん」
 そうして向けられた背中は、前回とは違い、臨也に不快感をもたらす事はなかった。



□■□



「帝人!」
 待ち合わせ場所に現れたその少年は帝人の姿を視認すると、ぱっと表情を明るくさせて駆け寄ってきた。
 青いブレザーを纏ったその人物を見上げ、帝人はふわりと微笑む。
「学校お疲れさまです、静雄さん」
 現れたのは折原臨也の天敵であり帝人の年の離れた幼馴染でもある平和島静雄。静雄の方が八つ下ではあるが、身長はこの高校生の方が高く、また帝人は童顔であるため、十人中十人が帝人を年下だと思うだろう。
 ただし帝人に向けられた静雄の表情はまさに子供と称すべきもので、期待に満ちた目と共に、帝人には静雄の頭上に犬耳、後ろにはぶんぶんと大きく振られる尻尾の幻覚が見えた。
「この土日は帝人の事務所に行ってもいいんだよな」
「ええ。特別なお客さんが来る予定もありませんし、大丈夫ですよ」
「よし!」
 帝人と平和島家は静雄が生まれる前から付き合いがあり、静雄の両親が不在の時は昔から竜ヶ峰家で静雄と弟の幽を預かっていた。その流れで、静雄は現在高校生だが、両親が不在になると帝人の家や事務所に遊びに行く事が習慣となっているのだ。
「幽さんは今日も仕事でしたっけ?」
「ああ。すっげぇ残念がってた」
「そうですか。また幽さんがお暇な時にでも皆さんで集まれればいいですね」
 静雄の弟である幽はまだ中学生だが、現在、かなりの売れっ子モデルとして忙しい毎日を送っている。今日もとある雑誌の表紙を飾るため撮影が行われており、帝人の元を訪れるのは静雄のみとなっていた。
 帝人の台詞に静雄は頷き、「幽も残念だよな」と本日家を出る前の弟の顔を思い出す。
 一般的な人間と違い強大な膂力を発揮できる身体の静雄は自分を厭わずに接してくれる家族を大切にしており、キレやすい自分を反面教師にして感情を表に出さなくなった弟には特に心を砕いている。ゆえに無表情ながらも帝人の元を訪ねられず不満を感じていた幽を見ていた静雄は、弟の多忙ぶりを自分もまた残念に思っていた。
 しかし眉尻を下げる静雄を正面から眺めていた帝人はこの少年の口元が緩やかな弧を描いている事にも気付いていた。
(いつからだっけ……。たぶん静雄さんが中学に上がった頃からかな)
 元々生まれた頃から知っている静雄にはよく懐かれていた帝人である。彼が小学生だった時に初めて現在のような異常な膂力を発揮してからも帝人は静雄の家族と同じように何も変わらぬ態度で接し続け、その懐き具合はどんどん強くなっていった。
 当時の静雄は年の離れた兄のような帝人と一緒にいられる事、そして幽もまた帝人といれば無表情ながらもどこか楽しげである事に喜びを感じていた。純粋に帝人を慕い、肩の力を抜いて過ごしていたのである。しかし彼が中学に上がった頃から、帝人に向けられる感情はゆっくりと形を変えていった。
 一言で言うならば、独占欲。
 静雄自身は無意識だったのだろうが、帝人が幽や他の人間の相手をしていると急に黙り込んだり、眉間に皺を寄せる事が多くなっていったのだ。
 そして今もまた、幽が来られず静雄一人だけが帝人と共にいられるのだと知って、どこか嬉しそうな空気を醸し出していた。指摘はしない方がいいと思う。静雄は基本的に純粋な人間なので、もし自分が無意識のうちにそういう振る舞いをしていたのだと知ってしまうと激しい自己嫌悪に陥るだろうから。
 高校生にもなって両親の不在を口実に帝人と会おうとする静雄は、自分がどうしてそう思うのか自覚しているのだろうか。……していないだろうと帝人は思っている。自覚していないからこそ静雄は目で残念がり、口で喜ぶという奇妙な芸当ができているのだ。
(面白いなあ)
「……? どうしたんだよ帝人」
「いえいえ、なんでもないですよ。じゃあ行きましょうか」
「おう」
 くすりと笑った帝人に静雄は不思議そうな顔をするも、思考はすぐさま童顔の青年と二人きりで過ごす“これから”の事に切り替わり、ニカッと歯を見せて笑う。
 その笑みに帝人もまた微笑み返し、しかし胸中では静雄が聞いたならば激怒しそうな事を呟いていた。
(静雄さんと臨也さん。どちらも今後が楽しみだけど、余程の事が無い限りやっぱり目新しい方が興味も強めなんだよねえ……)



□■□



 帝人が静雄の知り合いだという事は初対面の時に本人の口から聞いている。だが直接その証拠を、しかも不思議な青年と天敵である同級生が街中で楽しそうに話している場面を目撃した臨也は、自分の肺の辺りを侵食した重苦しい感覚に思わず舌打ちをしてしまった。
「……なにこれ。すっげぇムカツク」
 気に食わない相手(平和島静雄)が楽しそうに、それこそ怪物のくせして普通の人間のように笑っているからか。それとも気になる相手(竜ヶ峰帝人)が臨也に興味深げな視線を向けるのとは違い、静雄には穏やかな微笑を浮かべているからか。
 自分がどちらに対して苛立ちを覚えているのか解らない。ひょっとしたらどちらに対しても同等に怒りを感じているのかもしれない。
(ま、どっちだって構わない)
 とにかく壊そう。
 まるで小さい子供のように臨也はそれだけを決めて歩き出した。


「やあやあ、そこにいるのは帝人君とシズちゃんじゃないか」
 ちょうどサンシャインの前で声をかけた臨也に帝人達が振り返る。その他周囲の人々も発した人間の腹の中とは正反対の爽やかな声に惹かれて臨也の方へと視線を送るが、臨也と静雄を知る人間――特に中学・高校生らしき年代の少年少女達――は顔を青ざめさせながら足早にその場を去っていった。
 日曜の混雑時であるにも拘わらず若干人口密度が減少した空間の中央でまず最初に静雄が「手前……」と低い声を発する。
「どっから湧いて出やがった、ノミ蟲野郎」
「湧くだなんて酷いなあ。普通に家からここまで歩いてきたんだけど」
 肩を竦め、臨也は答えた。
「むしろシズちゃんってば珍しいねえ。俺が君の半径十メートル以内に足を踏み入れても気付かなかったなんて。そんなに帝人君といるのが楽しかったのかい?」
「帝人を気安く呼ぶな」
「自分こそ呼び捨てにしてるくせに」
 臨也はそれまでの飄々とした態度ではなく、ナイフのような鋭さを持って唸るように言う。
 さも当然のように帝人の隣に立つ姿が気に食わない。さりげなく帝人の半歩前に出てかの青年を守ろうとする態度などくそくらえだと思う。お前は彼の王子様か何かなのか、と。
(俺は、)
 静雄と帝人がどういう経緯で仲を深めていったのかまだ調べられていないが、臨也は帝人の方から声をかけてきて知り合った仲である。“始まり”は静雄と帝人のそれに劣るはずがない。最低でも『同程度』だ。
(俺の方が、)
 平和島静雄などより折原臨也の方が現時点での帝人の興味をより強く惹いているはずである。そうに違いない。そうであって欲しい。
 初対面の時からさほど経っていないというのに、臨也は切ないくらいにそう思った。静雄に負けたくないのではない。帝人に選んで欲しいのだ。
 天敵の背後で青みを帯びた黒い瞳がスッと細まったのを目にし、臨也は己の思いを自覚した。あの目が己から逸れる事を酷く自分が恐れているのだと。
 だから、

「静雄さん、今日はこの辺でお別れしましょうか」

 帝人のその言葉を聞き、臨也は呆気にとられてしまった。
「なんだよそれ。どういう事だよ、帝人」
 酷く慌てた、怒りよりも不安が勝っているような声が静雄の口から零れ落ちる。だがそんな静雄の態度を前にしても帝人はいつも通りの穏やかさで、何の問題もないかのように告げた。
「静雄さんはどうせ今日はこのまま家に帰る予定だったでしょう? 少し早いですがここでお別れしましょうよ」
「……それで、臨也とどっかに行くっていうのか」
「いけませんか?」
「ッ、俺はこいつが」
 臨也を指差し、静雄は憎々しげに睨み付ける。
「こいつが、マジでどうしようもなく気に食わないんだ。それを解っていてお前は……」
「貴方と僕の好みは別物です」
「……ッ」
 きっぱりと言った帝人に静雄は息を詰めた。
「嫌ならしばらく僕に近付かない事ですね。とりあえず今は平和島静雄より折原臨也の方に興味があるんです。だからそれが無くなるまで……少なくとも、静雄さんへの興味の方が勝るまでは臨也さんの近くにいようかなと思ってます。わかりましたか?」
「…………、わかんねぇよ」
「解りなさい」
 あの静雄が泣き出す一歩手前のような掠れた声を出している。
 にも拘わらず、帝人は我侭な子供に言い含めるようにゆっくりと懇願ではなく強制の言葉を吐き出し続ける。
「早く戻ってきて欲しいなら、頑張って僕が振り向かざるを得ないような“面白い”人間になってくださいね。……どういう人間がそれに該当するのかは、これまで僕の一番近くにいた貴方なら解るでしょう?」
「……」
 沈黙する静雄に帝人はふっと口元を緩め、構わず臨也の方へと歩き出した。
「臨也さん、お暇なら僕の事務所に案内しますよ。いかがです?」
「……あ、ああ。まぁそうだね。行ってみたいかな」
 静雄の態度にも帝人の態度にも驚きを隠せず、臨也はなんとかそれだけを答える。帝人は頷くと、「こちらですよ」と言って自分と静雄がやってきた方向に足を向けた。
 その後に付いていきながらちらりと天敵の方を一瞥する臨也。いつもなら臨也を見るや否や手近な物を振りかぶって雄叫びをあげるあの男が、今は意気消沈した様子で――もしくはガラにも無く何かを考え込んでいる様子で――黙している。
「帝人君は酷い人だね」
「そんなの初めて言われました」
 嘘か本当か判らない穏やかな微笑を顔に乗せて帝人は答える。
「……本当に酷くて、素敵な人だよ」
 己がこの人に選ばれた喜びと、静雄をあそこまで変えてしまう竜ヶ峰帝人という存在の恐ろしさ。その両方を感じながら、臨也はそう言って遅れないよう足を動かし続けた。


「ところで臨也さん」
「なに?」
 雑踏の中、歩きながら名前を呼ばれて臨也は帝人の目を見つめる。
「貴方と一緒にダラーズを作ろうとしたメンバーのうち、発案者のハンドルネームって『田中太郎』でしたよね」
「……そこまで知ってるんだ」
「ええ、よく知っています」
「“知っている”……? 調べました、じゃないの?」
 臨也の問いかけに帝人は微笑みだけを返して、回答とは別の台詞を口にした。
「ここで問題です。田中太郎とは一体どこの誰だったのでしょうか。そして僕は一体いつから甘楽こと折原臨也さんに目を付けていたのでしょうか」
「え」
 この場でそんな質問をする理由つまり帝人の質問に対する解答など一つしか思い浮かばず、しかし「そんなはずはない」と臨也は首を横に振る。
 臨也の態度に帝人は笑みを深めて、それはもう楽しげに再び口を開いた。
「さぁて。僕は一体いつから貴方を知って、貴方に注目していたのでしょう?」






無色透明インモラリスト







リクエストしてくださった亜積史恵様に捧げます。
亜積様、ありがとうございました!