「ところでさ、こういう時の修繕費ってどこから出てるの?」
「学校側なんじゃないですか……?」
「いやー。事故ならまだしも故意だってんなら、そりゃやった奴が出すだろ。しかもウチ私立だし」
 そう答えた正臣の真横を物凄い勢いで何かが飛んでいった。
「「「…………」」」
 一同、ほのぼのと会話を続けていた時の表情のまま沈黙。
 ゆっくりと錆びたブリキの玩具のように首を回して正臣が背後に視線をやれば、かなり距離を空けた先にある転落防止用のフェンスが大きく外側にへこんでいた。そしてフェンスの下には、おそらく最初はそのフェンスと同じ物だったであろう丸められた金属っぽい物体が。
「あぶないねぇ」
「あぶないですね」
「お二方……」
 一拍置いて感想を述べた帝人と杏里の二人に冷や汗を流しながら正臣は天を仰いだ。
 場所は私立来良学園、その屋上。時間はちょうどお昼時。風もなく日差しは強くもなく弱くもなく、弁当を広げるには最適と言わざるを得ない。
 しかしそんなベストプレイスであるにも拘わらず、屋上には正臣と杏里と帝人の仲良し三人組ともう二人しかいなかった。
「ちょこまかとウゼェんだよぉぉぉおおおお!!」
「あーあーやっぱ化物って怖いねえ。なんでそんな物まで投げられるかな。ってかさっき毟り取ってたよね?」
 毟り取ったとはアレか。あの物凄い勢いで投擲されたフェンスの一部の事なのか。
 自分達とは別の残り二人、拳一つでコンクリートを砕く金髪の平和島静雄とブレザーではなく短ラン姿で笑っている折原臨也とのやりとりを眺めながら正臣は頬を引き攣らせる。
 正臣達がこの学園で一部の生徒から『一年の仲良し三人組』の称号を得ている一方、臨也と静雄は『来良最悪の戦争コンビ』として比べ物にならないぐらい非常に有名だった。今年入学したばかりの正臣達を知らない生徒は多くとも、戦争コンビを知らぬ者はいない。それは彼らが最高学年―――三年生だからか。それもあるだろう。しかし最大の理由は先程正臣の横を通過していった凶器。
(誰もあいつらの『戦争』に巻き込まれたくないから、嫌でもその情報を頭に叩き込んでるんだよなあ)
 単体であっても相当危険人物なのに、臨也と静雄が同じ空間にいるとその一帯は一瞬にして戦場に変わる。三年生は経験上、二年生以下は先輩達から教えられる事によってそれを知り、彼らに近寄ろうとはしなかった。したがって、昼休みに入った途端、戦争コンビが校舎の屋上で暴れ出したとなれば、屋上に向かっていた生徒は即刻Uターン。そうでなくとも教室が近い者達は遠く離れた別の教室へと避難し、人口密度が極端に下がった昼下がりの屋上ができあがる訳である。
 では、そもそも何故戦争コンビが屋上に現れたのか。もっと詳細に言えば、何を目的として折原臨也と平和島静雄の二人が別々に屋上に現れ、その場で鉢合わせして戦争開始となったのか。
 正臣はその原因に視線を向け、
「みかどーその唐揚げプリーズ」
「正臣が食べてる焼きそばパン、半分くれるならいいよ」
「ちょ、なんかそれ等価交換じゃねえし!」
「仕方ないな。じゃあ四分の一で」
「ぐ……プチトマトもつけてくれると嬉しいのですが」
 戦争コンビの二人が帝人目当てで色々な場所に現れるのは慣れた事だったので、気にせず親友のコンビニ弁当から唐揚げとプチトマトをゲットした。
 風はないのに時折髪の毛をかき乱しながら通り過ぎる飛来物。BGMは鳥のさえずりや他の生徒達の楽しそうな話し声ではなく、「待てこらノミ蟲ぃぃいいいい!」「それで待つならただの馬鹿だよね、ああそうかシズちゃんってば真正馬鹿だから待つのかなるほど」「殺す!」「いっつもその単語ばっかだねぇ。いい加減他の言葉も覚えなよ!」と雄叫びやら罵詈雑言やら嘲弄やら。そして時折「竜ヶ峰に近付くな!」「それはこっちの台詞!」など親友の名前が混じる。なお、二人の声と同じく聞こえてくるバキッだとかゴギャだとかドォン!だとかいう諸々の破壊音は主に平和島静雄がコンクリートを手で掴み取ったりフェンスの一部を破いて丸めたりそれを臨也に向かって投擲した時のものである。
 人の形をして人よりも遙かに強い力を揮う化物、平和島静雄。その静雄を本気で怒らせるほど悪意にまみれた人間、折原臨也。非常に個性的で果てしなく厄介なこの二人は、何をどうしてか正臣の親友である竜ヶ峰帝人をとても好んでいた。同性である少年をラブ的な意味で、だ。
(まあ帝人は非日常ホイホイだからなー)
 何か非日常的な存在に対するフェロモンでも出ているのかもしれない。
 そんな帝人本人は最初こそ人外魔境な戦争に目を輝かせていたが、最近は飽きてしまって失笑するどころか意識に上らせる事すら稀である。それこそ自分達のすぐ傍を静雄の投擲物が通り過ぎでもしない限り、帝人は周囲で繰り広げられる戦争に見向きもしない。
(哀れっちゃあ哀れだが、帝人があの二人のどっちかを選ぶってのもパスしたい俺なのでした、まる)
 ひとまず食事が終わったら教室に戻るつもりで正臣は口の中の唐揚げをもぐもぐと咀嚼する。しかしそれを飲み込むのと同じタイミングで階段へと繋がる扉がギィと開いた。
 戦争コンビが戦争中の屋上に訪れるとは珍しい。一体誰かと思う正臣だが、その姿を見た瞬間、半分驚愕半分納得しながら自分ではなく横の帝人が相手の名を呼ぶのを聞いた。
「幽さん!」
「やあ、帝人君。兄さん達は今日も相変わらずみたいだね」
 扉の向こうから現れたのは表情に乏しい美青年。この学校の二年生であると共に羽島幽平という芸名で超売れっ子の俳優業をやっている。本名は平和島幽と言った。そう、彼はあちらで暴れている平和島静雄の弟なのだ。彼ならば静雄を恐れて近寄らないという事態にはならないだろう。
 しかし幽は臨也と戦闘中の兄を一瞥すると、目的は静雄じゃないと言わんばかりにスタスタとこちらに近付いてくる。
「で、今日は何を理由にバトってるの? あの二人」
「帝人に手ずから弁当の中身を口に放り込んでもらう権利です」
「そうなの?」
 正臣の答えに首を傾げて幽が問いかけた先は、にこにこと微笑みを浮かべている帝人。
 幽の疑問に帝人は微笑を苦笑に変えて「ええ、まあ」と答える。
「誰もそんな事するとは言ってないんですけどね」
「臨也さんが勝手に言いだしたんすけど、それを静雄さんが……止めようとしているのか自分がやってほしいのか」
「前者建前、後者本音だな」
 正臣の追加説明にサラリと幽が告げ、彼は「それはさて置き」と帝人のすぐ傍で膝を折った。
「帝人君、ついてる」
 ほっそりとした美しい指が帝人の頬からご飯粒を摘み上げ、そのまま己の口に運び込む。自然すぎるその動作に正臣も杏里も一瞬呆け、帝人だけが何の疑問も抱かずに「ありがとうございます」と礼を口にしていた。
 そのまま幽の爪の先まで整った手が帝人の頭に乗せられ、天頂から側頭部、こめかみ、目尻、頬へと移動して最後に唇を指で掠めるように撫でる。
「頑張ってる兄さん達には悪いけど」
 いったん言葉を区切り、幽は無表情の中に僅かな笑みを覗かせた。
「帝人君は“俺の”大事な人なんだよね」






ランチタイムウォーズ







リクエストしてくださったKake-rA様に捧げます。
Kake-rA様、ありがとうございました!