折原臨也を荷物持ちにできる人間はこの池袋で何人ぐらいいるだろうか。
 目の前の光景を呆然と眺めながら門田京平はそう思った。
 ワゴン車で待機している渡草を除いたいつものメンバー――門田のほかに、遊馬崎ウォーカー、狩沢絵理華の三人――で池袋駅に程近い本屋から出て来ると、ちょうどこちらに向かって歩いてくる知人達と出会ったのだが……。まずその知人こと折原臨也と竜ヶ峰帝人の組み合わせに驚かされた。
 臨也と同じ高校だった門田は彼の悪質な性格をよく知っている。また臨也にはかつて帝人の友人を手酷い目に遭わせた過去があるので、その友人が帝人に対し何か忠告しているはずだという予想は簡単につく。ゆえにそんな繋がりを持つ二人が一緒に街を歩いているという現実は門田にとって少々受け入れがたいものであった。
 だが門田京平という人間は遊馬崎や狩沢のような問題児達から慕われる理由となる程度にはお人好しでお節介な性格をしているため、次の瞬間には帝人に自分からも多少の忠告をしておくべきだろうかと考えついていた。
(しっかし、これはもう何と言うか……)
 忠告なんてものが必要なのか? と考え直す現象が目の前に転がっている。
 門田達に気付いた帝人が歩みを止めると、臨也の足もそれに従った。
「門田さんに遊馬崎さんに狩沢さん、こんにちは」
 軽く頭を下げて言う帝人の態度は大変純朴で好ましいものに見える。彼一人ならば門田は普段通りの態度で「おう」とでも答えただろう。しかし帝人の斜め後ろに立つ知人のおかげで、実際には「お、おう……」と少しどもってしまった。
 そんな二の句を告げない門田の後ろからひょっこりと狩沢が顔を出す。彼女の性格をよく知る遊馬崎は早々に両目を手で覆い、溜息を吐いていた。
「ねえねえみかプー! みかプーってばいつの間にイザイザを尻に敷くほどのお嫁さんになったのっ!?」
 相変わらず物怖じせず言いたい事を言う奴だ、と門田も遊馬崎と同じく顔を伏せたくなる。だがここで自分が現状を否定してしまうと狩沢の暴走は更に激しくなるので却下。あと、ほんの少しばかり現状――折原臨也が大荷物で帝人と一緒に歩き、一方で帝人本人は完全な手ぶらであった事――の理由を知りたいと思ってしまったため、目を輝かせる狩沢を押さえて口を開く。
「こいつの妄言は気にするな。しかしまあ、珍しい組み合わせだな。それ、全部臨也の買い物か?」
「あ、いえ、違います。三分の二ぐらいは僕の物です。買ったのは臨也兄さんですけど」
「へえ、そうか…………………………ん?」
 今、何かとてつもない事実を聞いたような。
 背後を伺えば遊馬崎どころか狩沢でさえ首を傾げている。自分達がさっき耳にしたのは事実か? そもそもそれは正しく自分達が使っている日本語だったのか? まさか日本語に聞こえる異国語だったのでは? といった感じに。
 そして門田は恐る恐る訊いた。
「……兄?」
「あれ? 門田さん達は知らなかったんですか?」
 帝人から不思議そうに聞き返される。しかしどうやら先刻の台詞は聞き違いでも何でもなかったのは確定した。
 なので、

「「「兄貴だと(だって)(なんすか)!?」」」

「お前ら一緒にいすぎてそこまで揃うとかちょっと気持ち悪いよ」
「うるせぇ臨也。つーかお前と竜ヶ峰が兄弟? なんだその笑えない冗談は」
「残念ながら冗談じゃないんですよ」
 門田達の反応に苦笑しながら帝人が答える。間髪置かずにされた「残念ながらってどういう事」という臨也の発言は無視する形で少年は続けた。
「正真正銘、この人と僕は血の繋がった兄弟です。まあ半分だけですけし、書類上は完全な他人なんですけど」
「……マジか」
「マジです」
「俺の方でも色々調べたけど事実だったよ」
 荷物を抱えながらも器用に肩を竦める臨也。どうやら本当に本当らしい。だが言われてみればどことなく二人の容姿には共通点があるような、いややっぱり無いような。
「ええー!? リアルでそんな事があるとかなにそれ素敵! 半分だけ血の繋がった兄弟! しかも片方はあくどい美形情報屋でもう片方は田舎育ちの純朴高校生! しかもオニイチャンってば弟に貢いで荷物も持ってる献身ぶり!! これで兄が弟にマンションの一つでも買い与えていれば完璧ね!!」
 門田が臨也と帝人の発言に固まっている隙をついて狩沢のタガが外れた。ただの高校生である帝人ならまだしも気分を害した臨也からの報復を恐れた門田(と遊馬崎)が我に返り慌てて狩沢を止めようとすると―――
「あ、マンションならもうもらいました。なんかゴツいセキュリティの」
「この街も物騒だからね」
 なにこの兄弟。事実だろうが何だろうが多少は自重してくれ狩沢が興奮で倒れそうだから。
「あー……そうか。そりゃ凄い」
 こちらが取り押さえる前に身悶えして口を噤んだ狩沢を遊馬崎に任せ、門田はぽつりとそう返すしかなかった。
「じゃあ僕達はこれで。まだちょっと買いたい物があって」
「あ、ああ。引き留めて悪かったな」
 まだ何か買うつもりなのか。と言うか帝人が買うんじゃなくて、きっと臨也が金を出すんだろうな。―――そう思いながら門田は道をあける。
「いえいえ、じゃあまた」
 会釈して門田達の前を横切る帝人と、その後に続く満更でもなさそうな顔の臨也。
 彼らの背を見送り、門田は胸中で独りごちる。
(あいつ、身内には結構どころかかなり甘い奴だったのか……?)
 同じような事を帝人もまた臨也に問うた過去があるとは知らず、門田は高校時代の同級生の意外な一面に何だか物凄いものを見てしまったと思った。






Someday Something







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