「僕の目の前にいる三次元エロゲ主人公野郎、今からちょっと死滅しろ」
「え、は、なんで!? なにゆえいきなりそのような暴言を吐かれねばならんのでせうか竜ヶ峰サンっ!?」 場所は最早上条当麻にとって第二の我が家と言えなくもないくらい使用頻度が高くなっている病院の個室。今回もまたちょっとした世界規模の命がけバトルに首を突っ込んで見事生還し、今はカエル顔の名医に治療を受けて目を覚ましたばかりである。 先程まで以前この病院でリハビリを受けていた『妹達』もとい学園都市第三位の超能力者・御坂美琴のクローンの一人である10032号が来ていたのだが、彼女も暇ではないため渋々現在の住まいに戻ったところだった。それと入れ替わりに現れたのが目の前で妙に冷めた半眼で上条を眺める友人(?)の竜ヶ峰帝人だ。 帝人は上条と同い年で、現役の高校三年生である。 ただし街中で繰り返してきた喧嘩の所為で細身ながらもそれなりに身体が出来上がっている上条に比べ、帝人はいかにもインドア派な見た目をしていた。細いと言うよりも薄い。そして見た目通り体力がない。 だがひょろひょろのくせに学園都市最強と称される人間もいるのがこの街、東京の西半分を徹底的に再開発して作られた学園都市である。 「上条君、別に僕は超能力者じゃないからね。一方通行さんを例に出されても困るんだけど」 「俺の思考を読んだのですか!?」 「……正臣より読みやすい性格しててよく言うよ」 呆れたように溜息を一つ吐き出し、帝人は出入り口付近から奥に進んでベッドの傍らにあるパイプ椅子に腰を下ろした。 「さっき来てたのって10032号さん? 胸にハートのペンダント下げてたし」 「おー。つーかペンダントの事なんてよく知ってたな」 「僕の仕事は知ってるだろ。これくらいなら簡単だよ」 面白くもなさそうにそう告げて帝人は青味を帯びた視線で上条を見据える。 「で、今回もまた派手にやったね? ヒーローやるのは構わないけど、もういい加減死にそうになるのはやめなよ。馬鹿じゃないの」 刺々しい物言いだが、そこには大きな労りと心配が含まれていた。 それが解っているからこそ上条は薄く苦笑するにとどめる。 帝人は彼が言うとおり超能力者ではない。正確に言えば超能力者の開発を主目的としている学園都市の住人ですらなく、能力開発のカリキュラムを受けていない一般人だ。 彼が住んでいるのは学園都市の外、東京都豊島区にある池袋。その街で帝人はごくごく一般的な――と言うとかなり支障があるのだが――学生をやっている。しかし時折学園都市に招かれては“アドバイザー”としてその手腕を揮う。上条達と同じ年齢だが、やっている事は学生と言う名の被験体ではなく研究者の方なのである。 専門はネットワーク構築系。ただし副業として情報屋というなんともファンタジー ――と上条が感想を述べたら「逆にそっちの方がファンタジーだよ」と返された――なご職業の少年だった。 そんな少年と上条が何故親しい関係になったのかは割愛する。……と言いたいところなのだが、実は上条当麻の頭に出会った当初の記憶は存在していない。 高校一年生の夏、とあるシスターを救うために戦った所為で脳の一部が破壊され、それまでの記憶を失ってしまったのだ。“鍵がかかったまま開けられない”ではなく、“完全に破壊された”記憶は、もう二度と戻る事はない。シスターが所属する魔術組織の力をもってすれば物理的な損傷など治ってしまうはずなのだが、それはシスターを助ける時にも使用した上条当麻の能力、異能ならば超能力でも魔術でも神の力でさえ消し去ってしまえる『幻想殺し』によって無効化される。よって本当に戻らないのだ。 そんな真っ白になってしまった上条の病室に現れ、姿を見るなり「災難だったね、上条君。ああ、先に『はじめまして』って言った方がいい? 君とは一応友達関係にあった竜ヶ峰帝人です」と言ってのけたのが帝人だった。 帝人は基本的に学園都市の外で生活しているにも拘わらず、上条の身に何が起こったのかよく知っていた。何故だと問えば「だって凄い非日常じゃない。面白いよ。だから調べるんだ」との事。俺はラノベの主人公扱いかと言い返せば、「しかもハーレム系のね」と失笑付きで更に言い返された。容赦がない。これに付き合ってきたという彼の親友殿――ただし現在行方不明中。帝人は探そうと思えば探せるはずだが、本人が戻って来たくなるまで放置するらしい――は凄いと思う上条である。 閑話休題。 ともかく上条が自ら明かすまでもなく、帝人は彼が持つ特殊な情報網によって上条を中心に巻き起こる事件の数々をかなり詳細な所まで知っていた。 最初に『友達』と言った割には素っ気なく、ただし心配はきちんとしてくれて、その裏返しに胸を抉るような暴言も吐くが、色々と先に情報を持っているからこそ上条の言いたくない部分は言わせようとしない。 学校で馬鹿をやる仲間達とはまた違う方面でありがたいくらいにデキた友人だった。 「ちょっとちょっと、何トリップしてんの。確かに心配はしたけど、僕と入れ違いに出ていく見舞い客が毎度毎度女の子な上条当麻君には色々と言いたい事があるんだよね。身体も動かないし暇だろうから、この際みっちり聞いておいてよ」 にっこりと童顔に浮かぶ笑顔が恐ろしい。 この未だ中学生に間違われる友人は一年の頃に一目惚れしたクラスメイトと友人関係までしか進められておらず、上条当麻の恋愛フラグ乱立っぷりにはいたくご立腹であるらしい。上条本人からすれば「立てても回収できないフラグ」なので無効だと言いたいのだが、その辺りへの反論は土御門や青髪ピアス寄りだった。しかも帝人はあの長身の二人よりもずっと口が回る。 戦々恐々となる上条に帝人はやはり笑顔のままですぅっと息を吸った。 「このフラグ建築士め。 「ホントどこまで知ってるんですか竜ヶ峰さん……」 「大体全部だよ、全部。元統括理事長のクロウリー氏が許してくれた範囲でね。それはいいとして、だ。全員そんな対象じゃなくてお友達ですって言ったら、今度は新宿のぼっちがナイフ構えて走ってくるから注意してね。この前『信者は友達に入りませんよ』って僕が言ってから、何かとそういう事に過剰反応しちゃうみたいで」 「ちょ、竜ヶ峰さん!? しょうがない人だよね、って感じに笑いますか、そこで! 折原さんマジで可哀想だからやめてあげて!」 「……『新宿のぼっち』で誰だか判る上条君も相当じゃない?」 「え、俺が悪いの!? 違うでしょ!? いつも折原さんをぼっちぼっち言ってるのは竜ヶ峰さんですよね!」 「そうだっけ?」 「と ぼ け ん な !」 「もーそんなに興奮すると傷が開くよ?」 「だ、誰の所為だと……!」 本当に今回受けた傷が痛んだような気がして上条は小さく唸る。 が、ここで負け続ける訳にもいかない。 (不肖上条当麻、こちらをハーレム系ラノベの主人公と笑う相手に反撃を行います) 幻想殺しでも消せない悪夢を見せてやらぁ! とばかりに上条はベッドの上でニヤリと口の端を持ち上げた。 「嫌だなぁ竜ヶ峰。お前だって池袋じゃモテモテ(死語)じゃありませんか」 「は?」 非常によろしくない予感を覚えて童顔を歪める友人に上条は「ご明察」と心の中で笑う。 「新宿の情報屋」 ピクリ、と帝人の頬が引き攣った。 「池袋の自動喧嘩人形、幼馴染兼黄巾賊の将軍、後輩兼ブルースクウェアの創設者、埼玉の暴走族のリーダー、喧嘩人形の弟で超有名な俳優様、『赤』だったり『四』だったりするアブないお仕事のおじさま達、あと俺の予想としてはカラーギャングの顔役兼左官屋のお兄さんも。どのフラグも普通じゃ満足できない非日常ラブな竜ヶ峰にはピッタリじゃありませんのこと?」 「…………全員男なのにどうしろと」 「男にしかフラグが立てられない竜ヶ峰こそ非日常だと思うのですよ、上条さんは」 「僕は、僕は……」 急所に当たったぁ! 効果はバツグンだ! パイプ椅子に腰掛けたまま項垂れ、両手で顔を覆う帝人。 池袋をメインに普通じゃない人間にばかり好かれている事は帝人自身よく解っているだろう。しかも全員が男。 憧れのヒロインとの関係が未だ進展しない最中にバックバージンの心配までしなくてはいけない帝人には思い出したくない事実なのである。 「ホント何だよ。なんでああいう時だけ手を組むのかなあの戦争コンビは。嫌い合ってるならそのまま相手の邪魔ばかりしてればいいのにさ。あと青葉君マジで刺す。漁夫の利とかマジわけわかんない。埼玉はもういい。バイクならセルティさんに乗せてもらうもん。『年の数だけ包ませたよ』って言いながら薔薇の花束持って来られても困るんだよあの俳優。頭にヤのつく自由業はホント勘弁してください。門田さんは癒し。正臣戻ってきて。いやむしろ園原さん、僕の後ろを守って」 くぐもった呟きの低さに帝人の疲れが見て取れた。 見事反撃が成功して内心ガッツポーズの上条。 しかし忘れてはいけない。相手は池袋の毒舌マスターである。帝人はしばらく呟き続けていたが、いきなり顔を上げてきっちり反撃に反撃を見舞ってきた。 「ああ、そう言えば」 顔から手を剥がし、帝人が見せた表情は輝くような笑み。上条が嫌な予感を覚えて何か行動を起こすよりも早く帝人は口を開いた。 「女性だけに絞ってもそれだけ出てくるのに、記憶がぶっ飛んでからは性別も関係なくなってきてるって聞いたよ。赤い髪の神父様は元より、女の子を一気に一万人近くオトした後ぐらいから、学園都市最強の人生観を変えちゃったりだとか、はたまた海辺で同級生の金髪を一発で仕留めたとか仕留められたとか、筋骨隆々のおじさまに認められちゃったりだとか、同じ十字教信徒なのにローマ教皇の言葉には従わないっていう右方のナントカさんも命を助けて慕われるようになったらしいね。凄いや上条君。世界規模で同性にモテるなんて。で、次はどこのどなたがターゲット?」 「本当にすみませんでした。わたくしめが全て悪かったのです。だからもう心の傷を抉るようなあれやこれやは思い出させないでください。お願いです特に一方通行と土御門の件!!」 「他人の下の事情まで知る気はないけどご愁傷様?」 「いーやー!!」 両手で頭を押さえぶんぶんと振りまくる上条当麻、現在古傷抉られ中。 「だってあいつら普通に学園都市の人間やってるから他の奴らみたいにわざわざこの街に侵入する必要とかないし! 土御門はお隣さんの同じ学校で元々俺が体術で敵う訳ないし、一方通行なんか最近は武術習っててそれ使ってくるし! スイッチ要らねえのかよ!!」 うがーッ! と叫んでからベッドに撃沈。急所に当たっただとか効果はバツグンだとか、それ以前に一撃必殺の致命傷だった。 しかしそこで手を緩めないのが竜ヶ峰帝人。やられた時は三倍返しどころか三十倍返しが鉄則である。 帝人はそれはもうキラキラした笑顔でベッドに突っ伏す上条にサラリと告げた。 「そう言えばここに来る前、垣根帝督さんと一方通行さんが空中で天使と悪魔バトルやりながら上条君の名前を叫んでたんだけど、心当たりはある?」 「…………」 「あるよね? この前まで腑分けされて水槽にブチ込まれてた垣根さんを助けたのも上条君だもんね? さすが他称ヒーロー」 「あいつきっと水槽の中で変な薬でも使われていたのですよ使われていたのです使われていたに違いない! お願いだからそうだと言って!」 「僕の調べじゃ誰かに惚れるような作用のある薬は使われてなかったと思うけど」 「ぬごーっ!」 上条当麻、再度撃沈。 そんな友人の姿に帝人は声を上げて笑いながら席を立った。 「ま、とにもかくにも元気そうで何よりだよ。それだけ叫べれば大丈夫だよね」 人畜無害な容姿をした帝人はその童顔に容姿に見合った人の良さそうな笑みを浮かべてドアの方へ足を向ける。 「天使と悪魔の空中バトルは冗談だけど、二人が別々にこっちに向かってるのは本当。僕はこれからちょっと用事があるから行くけど、上条君、頑張れー」 「無責任だなオイ」 「無責任じゃないよ。心構えだけはさせてあげたじゃない」 明らかな「楽しんでいます」という表情の帝人に、ベッドから上半身を引き剥がした上条が半眼になった。 そのままどこぞの研究所にでも向かうのであろう帝人の背を見送りながら、 「戦争コンビに喰われてしまえ」 「実は土御門君もこっちに向かってるんだよね、ちょうがんばれ!」 「…………」 「…………」 「…………」 「…………じゃあ」 「おう。達者でな」 「お互いにね」 そう言い、双方共に言葉では表現出来ないほど渋い顔で別れた。
我々はあくまでノーマルです
(ここ、テストに出るよ! お願いだからしっかり覚えておいて!) リクエストしてくださったもこね様に捧げます。 もこね様、ありがとうございました! |