「お名前とお年を教えてください」
「きしたにみかど、4しゃいです!」 バッと手を広げて右腕を突き出した小さな子供に、その部屋の女性陣はほんわかとした雰囲気を漂わせた。 場所は池袋川越街道某所にある岸谷新羅宅。家主の新羅、その恋人のセルティ・ストゥルルソン、彼女の友人・知人である園原杏里、狩沢絵理華、ヴァローナがリビングに集まり、にこにこと笑顔をふりまく子供に表情を崩している。たとえ4歳と言いながら指が5本広げられていようとも可愛ければ問題ない。問題ないったらないのだ。 子供の名前は岸谷帝人と言い、その姓が示す通り新羅の親戚筋の子供だった。しかし帝人の両親が不幸な事故で他界し、児童養護施設に入れられそうになっていた彼を新羅が引き取ったのである。勿論、それは帝人の境遇を知ったセルティが願ったからに他ならないのだが。 (……ま、悪い選択じゃなかったよね) 杏里の問いかけに答えるため右腕を突き出したままの子供のすぐ傍で愛しいデュラハンが身悶えしているのを眺めながら新羅はそう思った。 当初、セルティが新羅ではなく帝人ばかり構う事に嫉妬でもするのではと考えていたのだが、なかなかそんな心配が現実になる事はない。むしろ帝人がやってきた事で、これまで新羅と二人暮らしだった彼女の別の一面が見られたため、新羅は今にも「ああ可愛いよセルティ! 流石セルティ!!」とソファから立ち上がり歓喜の叫びをあげてしまいそうな程である。 しかも新羅にはもう一つ嬉しく思う事があった。 それはまだ帝人がこの家に来て間もない頃。ちっとも彼が泣かないため両親の死を理解できていないのかと(セルティが)心配したのだが、その辺の配慮を欠片もするつもりのない新羅がずばりと問いかけた。お父さんとお母さんが死んじゃって悲しくないの? と。すると幼い子供はまろい頬をきゅっと引き締めて、 これからはしんらパパとせるてぃママがいるから、ぜんぜんさびしくないです。 そう答えた。 この帝人の返答によりセルティの母性本能が盛大に刺激されたのは言うまでもない。小さいのに親の死を理解して、それでも新しい両親がいるから大丈夫だと答えるその姿。首の切断面からもくもくと黒い煙を出してセルティは帝人の身体を抱きしめ続けた。 新羅もまた彼女と同じ心情に―――なる訳がなく。恋人が全てであり唯一の新羅が嬉しいと思ったのは、帝人が首のない女性であるセルティを怖がらずにいたおかげで愛しの恋人が悲しい思いをせずに済んだ事、そして自分とセルティを併せてパパ・ママと称した事だった。 (私とセルティがパパとママ!) これにより、新羅の中の帝人への好意メーターがぎゅんっと音を立てて上がったのは間違いない。 ぼんやりと過去回想をしてた新羅の耳に「きゃあ!」と女性達の嬉しそうな声が入ってきた。 「みかプーかわいいよぅ! じゃあ次は私の名前呼んで! 絵理華。絵理華だよ」 「えりかねーしゃ?」 「そうそう! 帝人君偉い! 可愛い!」 帝人を背後から抱きしめて狩沢が眉尻を下げている。デレデレと称するのが最も適切な表現だろうか。 「せるてぃママ、あんりねーしゃ、えりかねーしゃ。と来れば次はヴァローナちゃんだねぇ!」 そんな狩沢が次いで視線をやったのは、ロシア人の金髪美女ヴァローナ。ヴァローナは狩沢からの振りに若干狼狽えたようだが、その青い目には期待が宿っており、どこか居住まいを正して帝人の反応を待った。 狩沢の腕の中で帝人はしばらくもごもごと口を動かし――おそらくヴァローナという発音が難しいのだろう――、やがてパアと眩しい笑顔を浮かべると、 「ばろねーしゃ!」 「なんか惜しい! でも可愛い!」 『ふおおおお! 可愛いぞ! ちゃんと言えてないところがまた可愛いぞ!!』 「ヴァローナさん、大丈夫ですか?」 「問題皆無です。帝人の拙い発音、輝く笑顔。全てが一撃必殺クリティカルヒットでした。悔いはありません」 頭を抱え込んで顔を伏せたヴァローナを心配して杏里が声をかけたのだが、どうやら帝人の呼び方が可愛すぎて限界を超えてしまっただけのようだ。杏里は微笑んだまま一度頷くと、狩沢に抱っこされている帝人へ両手を広げた。 「帝人君、杏里お姉さんにもぎゅーってさせてくれませんか?」 「うん!」 狩沢の腕から離れた帝人がとてとてと杏里の方へ向かう。 その歩き方を見ただけでセルティは「かわいい」という単語をPDAの画面上に連発し、併せて黒い煙もハート柄を幾つも幾つも形作っていた。一方でヴァローナは携帯電話を取り出し、写真ではなくビデオモードでの撮影を開始している。 杏里の元に辿り着いた――と言っても、幼子の足で十歩も必要ない距離だったが――帝人は眼鏡の向こうの杏里の瞳を見上げるとにぱっと笑ってその腰に抱きついた。 「あんりねーしゃ、ぎゅー!」 「はい、ぎゅーです」 『わあああああ! 宝だ! 世界遺産がここにある!! 帝人っ、私にもぎゅーってしてくれ!!』 平仮名ならまだしも帝人は漢字を読む事ができない。セルティも普段ならそれを理解して全て平仮名で表現するはずなのだが、今は興奮してそれを忘れているらしい。通常話すのと同じ要領で漢字変換をしてしまっているPDAの画面を見て、帝人は「うにゅ?」と小首を傾げていた。 ぼふんっとひときわ大きな煙がセルティの首の断面から溢れ出す。両肩が震えているのは、文字を打つ余裕すら失くしているからだろう。 そんな恋人の姿を見ていた新羅は彼女の言いたい事を代弁するため口を開いた。 「帝人君、セルティママもぎゅーってしてほしいんだって」 「ママもぎゅー?」 「うん。ほら、ぎゅーってしてあげな」 「はい!」 杏里が腕の力を緩め、帝人は続いてセルティに抱きつく。勿論「ぎゅー!」という台詞つきで。 セルティは両腕で帝人を抱きしめ、煙を使ってPDAに文字を打つ。 『みかど、だいすきだぞ!』 「ぼくもせるてぃママすきー!」 「じゃあ帝人君の一番好きな人はやっぱりセルティママなのかな?」 帝人を抱っこするセルティの斜め向かいで狩沢が問いかけた。 その問いを聞いていた新羅は、帝人君なら「うん」と答えるかもしれないし、ひょっとしたら「皆が好き」って言うかもしれないなぁ、と幼い息子の答えを予想する。 果たして帝人の返答は――― 「みんなだいすきだけど、いちばんはせるてぃママとしんらパパ!」 「え、僕も……?」 予想通りで予想外の答えに新羅は眼鏡の奥の目をパチリと瞬かせた。帝人を溺愛しているセルティなら解るが、まさか自分まで含まれているとは驚きである。何せこの年頃の子供は意外と他者からの感情に聡かったりするので、新羅がセルティほど帝人に愛情を注いでいる訳ではない事にも気付いていると思ったのだ。 「なんで私まで」 本心から首を傾げる新羅に、その呟きを聞いたセルティがPDAを突き出してくる。 『帝人は自分を好いてくれる人が分かっているんだ』 「うん、そうだろうね。だから余計に僕なんてと思う訳なんだけど」 『お前、気付いてないのか?』 セルティは面白がっているらしい。片腕でしっかりと帝人を抱きしめたまま首無しの母親は首有りの父親にこう告げた。 『新羅も認めただろう? 帝人は自分を好いてくれる人が分かっているんだ』 「…………」 その文章をしばらく眺めた後、新羅は表情を隠すように手で眼鏡の位置を直し、 「私にも父性愛なんてものがあったんだねえ」 ぼそり、と。快活な喋り方をする普段の彼とは違う籠もった声で答えた。 どうやら幼少期からセルティ一筋で来た自分は、帝人と一緒に暮らすようになってほんの少しだけ変化したらしい。ずっと「セルティがこうだから」「こう言うから」と彼女を唯一の指針にして己の行動を決めていたはずなのが、まさかセルティ越しではなく直接帝人と向かい合うようにもなっていたとは。今になってそれに気付き、新羅はなんだか面映い気持ちになる。 『悪くないだろう?』 「……悪くないかも」 答えた新羅にセルティが嬉しそうに頷く。 『みかど、しんらパパもおまえがだいすきだって。よかったな』 「うん!」 セルティの腕の中でじっと両親の会話を聞いていた帝人は、母が打った文字を見て本日一番の笑顔を浮かべた。それを眩しいものでも見るように眺めながら、新羅は口元に笑みを刻む。 「本当、悪くないね」
フ ァ ミ リ ア
「でもまあセルティが私の一番って事には変わりないんだけどさ!」 『お前、本当に残念な奴だな』 リクエストしてくださった愛様に捧げます。 愛様、ありがとうございました! |