この世界には黄昏というものがない。
そもそも"暮れる"ものがないのだから当たり前と言えば当たり前である。
そこにあるのはとこしえの夜ばかり。
陽は昇らず月の満ち欠けだけが時を刻んだ。

「・・・でも、"黄昏"なんて作ろうと思えば作れちゃうんだよね。案外簡単に。」

クスリ、と声が嗤う。
その主は爪で掻いたように細い月を背負い、巨大な岩の上に腰掛けていた。
周囲には声の主以外生命の気配は感じられない。
それどころかその人影ですら存在感はひたすら希薄で、ひどく空虚だ。

淡い色の髪を乾いた風に晒し、人影は眼下に広がる光景に左目を眇めた。
その視線の先に在ったのは動くものなどない岩や砂の大地―――否、もはや"動けなくなった"モノ達と元は立派だった白亜の建造物のなれの果て。
しかもつい先刻までは自由に動き、あた他者を圧倒せんばかりにこの場所で聳え立っていたものである。

白い瓦礫とその隙間から覗ける"モノ達"やその一部に目を留めながら人影は呟いた。

「本当に、呆気ない。」

その声は笑っていたが、同時にひどくつまらなさそうな余韻を残した。
きっと後者こそが声の主の本心だからだろう。

「もう少し手間を掛けさせてくれると思ったんだけど・・・」

瓦礫を生み、動くモノを壊した存在はそう言って立ち上がる。
もうこの場にいる意味すら失われたからだ。
こんな、何も無い、用済みのものだけが広がる場所に。

立ち上がった人影はそのまま後ろを振り向き、近付いて来た新たな存在に口端を持ち上げるだけの小さな笑みを浮かべた。

「遅かったね。」
「こちらにも都合がある。」

現れた人物は黒い髪と裾の長い白の衣装を揺らし、抑揚の無い声でそう答えた。

「そう?でもそれって俺より優先順位が高いものなの?」

淡い髪の方が面白がるように告げる。
その問いかけが決して本心からではないことは黒髪も十分承知済みで、回答は小さな笑みとなって現れた。

「さぁな。」
「・・・ま、いいよ。―――それじゃあ行こっか。」
「ああ。」

淡い髪の人物が歩き出す。
黒髪の方もそれに続き、やがてその場からは本当に動くものの気配が失われてしまった。
残ったのは壊れた―――壊された、ものばかり。

"黄昏"を迎え幕が引かれたそれらを細い月だけが眺めていた。
いつまでも。








黄  昏

あるいは一つの物語の終焉










(08.04.26up)







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