僕達は兄弟だった。 それだけで、特別だった。 「特別だからって、何しても許されると思ってんのか?」 「“許される”?何をもって罪とするんだい。僕が兄貴に何をしようと、それは罪にならないよ。」 そう言って小さな笑みを浮かべる。 視線の先には水浅葱の破面。僕より二つ上の階級に在り、僕の兄を配下に従える男。 僕の兄の癖に、奴は僕より弱かった。それどころか根本的なレベルが違った。 奴はギリアン。僕はヴァストローデ。 そして目の前の男もヴァストローデ。 だから兄はこいつが望めばこいつの配下に下るしかない。僕より階級が上だから、僕が横から獲る訳にもいかないしね。 「ああ。もしかして兄貴を従属官にしたのも、僕から兄貴を遠ざけるため?ご苦労様だね、グリムジョー。」 確かに兄はギリアンという階級ではあったが、その代わりとでも言うように見目麗しい姿をしている。 華やかと言う言葉がそのまま似合う破面だ。 でもはっきり言って、グリムジョーの好みとは少し違うような気もしていた。 目の前の男は、もっとこう・・・何と言うか、大人しい系と言うか冷たい系と言うか、直情的な性格に似合わずそんな感じのモノを好むと感じていたからね。 それに元々、従属官を見た目で選ぶような破面でもないし。 いや、今はグリムジョーの好みが如何かなんてあまり関係無いか。 とにかく、直情的なこの破面は一般的に言う「情」にも篤い。 だから殆ど接点の無かった兄を、僕の元から引き離すためだけに引き取ったのだろう。 僕だって自分が外から如何見られているかくらい解ってるつもりだしね。一応。 でも。 「ねぇ、グリムジョー。君に、僕達の関係について言えることなんて何も無いんだよ?例え君が兄貴の主人であっても、僕達のこととは別なんだ。僕にいちいち言う前に、まずそっちを理解しておいてくれないかなぁ。その方が君もわざわざ僕の宮まで訪ねて来なくて済むし、楽だろう?」 「それはお前だけに通じる持論だな。アイツは俺の従属官、俺のモノだ。お前の兄貴だろうが何だろうが、俺のモノである限りお前の手出しは許さねぇ。・・・それを言うために此処を訪ねたって無駄とは言わねーと思うぜ。」 直情型の癖に今日はやけに冷静に此方を見据えてくる。 髪と同じ水浅葱の双眸がその色から連想させるが如く冷たいものを湛えていた。 でもその中には確かに別のものも混じっている。それは巧妙に隠した怒り、だろう。 僕も伊達に研究者を名乗っちゃいない。それくらい、脈拍や血圧を計測せずとも判るものさ。 「ザエルアポロ、」 此処に来て初めて名前を呼ばれた。 グリムジョーは熱くて冷たい瞳を僕に向けたまま続ける。 「イールフォルトを返せ。あいつはお前の玩具じゃねえんだよ。」 「あーあ。持って行かれてしまったか・・・。」 一人分、否、二人分の気配を失った部屋の中で何とは無しに呟いた。 せっかく閉じ込めていたと言うのに、グリムジョーはあっさり僕の兄を持って行ってしまった。 血だらけになった兄を見て彼は一瞬驚いたようだったが、すぐにその表情を消し去って兄を抱えたまま僕の宮を去ったのだ。 今この部屋に残るのは兄の血痕くらいか。 もともと実験の所為で随分弱っていたようだから、兄の霊圧がこの部屋にいつまでも留まるなんて事もありはしない。 床の上の殆ど乾いてしまった血の跡を眺め、僕はその近くへと屈み込んだ。 親指で赤褐色の部分を擦る。 「・・・・・・・・・。」 指の腹に移った血は、なんとなく冷たい感じがした。 |