暗闇の中、むせ返る様な血のニオイ。 酔いそうになるほどの濃い血臭を纏いながら、最後の仕上げとばかりに目の前に倒れ伏した巨体へと斬魄刀を突き刺した。 「ハイ、しゅーりょー。」 どこか楽しげな声が頭上から聞こえ、同時に辺りが光の洪水に飲み込まれる。 顔の前に手を翳して光を遮り、その陰から俺は声の主へと顔を向けた。 銀の髪が人工の明りを弾き、鈍く光る。 逆光の為に表情が見えず、ただその人物の口が大きな弧を描くのだけが見えた。 まるで落とし穴の上と下。 そんな位置関係のまま、『底』にいる俺は、かなりの広さを持つこの場に転がる肉塊の一つ、目の前のソレから斬魄刀を抜き取った。 「・・・何か可笑しな事でもありましたか。」 視線は赤く染まった刃に向けながら、頭上で笑いを漏らす影に一言。 上にいる銀髪の人物も少し前まで住んでいた場所の一画にあるという処刑場跡に似せて作られたこの穴。 そんな下級罪人と虚とを戦わせて見世物としていた穴の底に酷似する此処で、同族――というのも躊躇われような小者ばかりだったが――の血にまみれ佇むこの姿がそんなにも笑いを誘うものなのだろうか。 ―――嗚呼。『虚』という存在を憎む人物であるなら、同族同士で殺しあう様というのもまた一興と楽しめるかもしれないな。 わざわざ"こちら側"にやってきた者達の一人に対して思うにはあまりにも拙い考えに胸の内でひそりと苦笑し、そうして俺は頭上の人物を今度こそきちんと仰ぎ見た。 「おースゴイスゴイ。探査回路は上手く働いてるみたいやね。それに霊圧を消す能力も一段と優秀。サスガはヴァストローデ級の破面ってとこかいな。」 べっとりと血がついた俺の顔を見て、藍染惣右介と共に虚圏へとやってきた銀髪の男・市丸ギンがより一層笑みを深くする。 少し首を動かせば頭の左半分を覆う破れた仮面から粘性のある液体がドロリと垂れ、頬を伝う感触がやけにリアルに感じられた。 今更ながら妙な嫌悪感が生まれて眉をしかめる。 しかし特に拭うようなこともせず、勢いよく地面を蹴って俺は穴の底から飛翔した。 バキッと床の壊れる音が後方に消え、上昇する速度が弱まった頃に今度は霊子を集めた透明な床を蹴りつける。 もう一度その霊子の床を蹴って跳躍すればいつものごとくキツネじみた笑顔の市丸ギンの元へとたどり着いた。 「ヴァストローデ級大虚の破面化による能力上昇値の測定とは・・・そんなもの、直接現世に向かい対象を狩れば済むことではないのですか。」 「それは指示した本人に言ってえな。ボクにもあの人が何をしたいんかよぅ分からん時もあるし・・・ 大げさかもしれへんけど、ボク等とあの人は次元が違うってことなんちゃうの?」 「次元、ですか・・・」 確かに、あの者の能力は初めての接触の時から空恐ろしいものがあった。 当時、我等の下に迎える予定だったのがいつの間にやら畏敬の念を持って頭を垂れる始末。 集められた同胞たちの中には彼の者に心酔しきっているのも大勢いた。 だが俺は――― 「あの目が気に入らない。」 死神風情が・・・その濁った目で我等を見下すように。 「ん?何か言うた?」 「・・・いえ。ただの独り言です。」 「そっ。ならエエわ。・・・ほな、ボクはこれで。結果を藍染はんに教えなアカンのでね。」 「はい・・・」 腰を折り、相手が遠ざかって行くのを気配で感じる。 仮面から雫が落ち、床に緋色の花を咲かせた。 「あ、そうそう。」 気配が遠ざかるまま、市丸ギンは愉快だと言わんばかりの声で口を開く。 「あんまり思てること口にせんほうがエエで?何処で誰が聞いてるか分かったモンやないからね。」 そう言って伸ばされた彼の右手には『神鎗』。 通常の長さの何倍にもなったそれが貫いたのは一匹のアジューカスだった。 「・・・・・・承知。」 「うん。そうしとき。」 肉塊が崩れ落ちる音の中で短い会話がなされ、そして終わる。 視線を向けた足元には全身から滴ったものにより、ただ一色にぬらりと光っていた。 |