俺を呼ぶ声がする。
たった一人しか使わないその呼称で。

『・・・・・・さん。』

甘い声だ。
毒のように甘く、そして微かな切なさを滲ませて。
闇の中で聞く声がゆるやかに意識の覚醒を促してくる。
ああ、起きなければ。呼ばれている。アイツが俺を呼んでいる。
アイツが―――。







「いつまでそうしているつもりだい?ねぇ、聞こえてる?」

覚醒は痛みと共に訪れた。
顔を歪ませながらもなんとか目を開けた先にはやわらかな色、そしてそれとは対照的な冷たい瞳。
髪を掴まれ無理矢理に顔を上げさせられて、俺は小さく呻き声を上げる。
その呼気を感じると、目の前の男が薄らと、ただし冷たい瞳のままで微笑んだ。

「オハヨウ。脆弱で低脳な我が兄上。ようやくお目覚めかい?」

視線を合わせ、くつりと喉を鳴らす。

「ザエ・・・っ、」

名を呼ぼうとしたが、痛む喉に中断された。
ツキリと走る痛みに、何故だと頭が問う。
・・・ああ、思い出した。
意識を飛ばすその寸前まで、俺は叫んでいたのだ。
与えられる痛みに耐え切れず、意味の無い音の羅列を吐き出してのた打ち回っていた。
だからか。

「よかったね、今度も死ななくて。でも実験は失敗だったみたいだ。兄さんってばちっとも変化してくれないんだから。」

レンズ越しの双眸に映る色は失望でもあり愉悦でもあった。
抗議する暇もなく薬品で無力化され怪しげな液体を注入されて、内から沸き上がるような苦しみに全身を侵されながら床に這い蹲っていた俺を上から見下ろしていた時と同じ双眸。

「ふ、ざ・・・るな。」
「"ふざるな"?・・・ああ、ふざけるな・ね。ヤだなぁふざけてなんかないよ。兄さんが死ななくてよかったと思ってるし、でも何の変化も無いみたいだから失望してる。弱っちいギリアンでしかないくせに、それくらいは役に立って欲しかったね。」
―――あ、それとも中までちゃんと調べれば多少は何かみつかるかな。

愉悦と失望を滲ませるその瞳のままで愉しそうに呟く。
その言葉にぞっとした。
声を出すことさえ満足に出来ないこの身に更に何かするつもりなのか。

「そんな目で見ないでくれる?その弱々しい目、弱者の目。弟として非常に不愉快極まりないんだよ。」
「・・・ぅあ!」

鳩尾につま先が入る。
勢いに乗ったそれが汚れた服の奥にめり込んだと感じる前に物凄い圧迫感と衝撃。次いで襲ってきたのは嘔吐感。
片手で腹を押さえ、もう片方で口を押さえて涙を滲ませながら冷たい床の上に崩れ落ちた。

「か、はっ・・・」
「弱い。弱いよ兄さん。だからいつか殺されてしまうんだろうね。十刃とか十刃落ちとか、もしくは死神とかに・さ。ねぇ役立たず。藍染様のためにすら戦えないだろう、僕の弱いお兄さん。せめて僕の実験の役に立つくらいして見せてよ。」

口元に布らしきものを宛がわれる。
薬品の匂い・・・?
ひと息吸った途端に意識が遠のいた。
もともと有って無いような抵抗力が更に失われつつある中、桃色の髪の毛が随分近くにあることに気付く。
床の上の身体を抱き上げるように腕を回しているのは―――。




「あいしてるよ、にいさん。」

縋りつくように強く抱きしめられるぬくもりと、身を切るように切ない声。
それを感じることもなく、俺の意識は闇に落ちた。














破壊と崩壊
それはきっと、この先訪れるであろう自分達の未来の名前。
(わかってるんだ。もうどうにもならないってことが。)










ザエルアポロはイールフォルトが(破面の中で)決して強くないことをきちんと意識出来ていて、
そんなすぐに居なくなってしまいそうな対象に最大の好意を抱いていて、
だから本当は命を危険に曝すようなところには行って欲しくなくて、
けれど自分達には「命令する人・自分が従わなければならない存在」というものがいて、
決してその願いが叶えられるはずもなく、そうして最終的には「どうせ死ぬなら自分のこの手で」と思ってしまって、
けれどやっぱり死んで欲しくないと思っている・・・と。(長いな)
だから暴力振るうし実験だってするし、けれど相手に(ほとんど)意識が無い時だけは本心を吐露してしまうザエルアポロ。
・・・と言う夢を見たいんです。

(07.05.28up)







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