■生誕篇■ 仮面を破り捨て再び生まれ出でた時、ただ衝動の赴くままに手を閃かせた。 自分よりも僅かに早く生まれていたソレの頭を切り落とし、吹き出る鮮血に身を染める。 闇の中、白く浮かぶ裸体に視線を落とせば見る間に大半が紅くなった。 べっとりと張り付いてくる長い髪を鬱陶しいとばかりに片手で掴み、残った方の手、つまりはつい先程『同胞』となるはずの者の首を刎ねた手刀で躊躇いもなく切り落とす。 床の血溜りに落ちた髪の毛はすぐ同じ色となり、興味も何も沸かせはしない。 半分だけ開いた目で辺りを見渡せば僅かばかり目を見開いた一人の男。 茶色の髪を後ろに流し、白い長衣を纏った彼の名は――― 「アイゼンソウスケ。」 名を呼ぶ声に、感心したような楽しんでいるような、そんな感情の読み取りづらい微笑が返される。 「・・・君の名は?破面No.17・・・いや、一人殺したからNo.16か。」 「ディ・ロイ。」 訊かれた問いだけに端的に返す。 抑揚もなく、それどころか成功例が決して多いとは言えない貴重な破面を目の前で屠ったロイに対し、しかし藍染は微笑を浮かべたまま。 上位の者が浮かべる微笑と共に藍染は返された名を口にする。 「ディ・ロイ、か。・・・これから、共に新しい世界を作っていこう。」 しかしロイは、 「・・・馴れ馴れしいよ。死神。」 差し出された手を一瞥し、半眼だった目をさらに細めて口端を吊り上げた。 目の前では藍染が予想外のことに動揺したようで、その表情を凍りつかせる。 しかしそれは一瞬のことで、拒否された手を引っ込めて再度口元に笑みを乗せる。 「死神、とは・・・・・・私も彼ら『死神』を見限った一人なんだけどね。」 「知ってる。だけどお前はどう足掻いたって死神だ。それは変わらない。」 「考え方の違いだね。このままだと平行線かな。」 「どうでもいい。ただお前のような奴に馴れ馴れしくされるのが気に喰わないだけだ。」 ―――こんなに醜いものまで創りやがって。 血に染まり頭部を失った体を見下ろしてそう呟いたロイに藍染が片眉を上げる。 確かに此処で倒れているモノはお世辞にも美しいと形容できるものではないが、もしかしてそれが今の彼の行動を引き起こしたのだろうか。 「醜いものは嫌いかい?」 問うた藍染にロイはちらと視線を返す。 「好きでも嫌いでもない。ただ、アイツと同系列・ってのが気に喰わないんだ。」 「アイツ?」 突然の二人称に藍染が首を傾げる。 するとロイは僅かに躊躇いを見せた後、視線を何処かにやって小さく呟いた。 「・・・コイツと俺の前に生まれた奴だ。」 「ああ。イールフォルトか。」 「イールフォルト・・・?」 ロイが顔を上げ、藍染を見る。 「そうだよ。No.15、イールフォルト・グランツ。」 「・・・イールフォルト。」 ゆっくりと噛み締めるようにロイの唇がその音を辿る。 そんなロイを藍染は楽しそうに見つめ、しかしそれに気づいたロイが「何?」と藍染を睨みつけた。 「いや・・・君は彼を気に入っているのかい?」 するとロイは少し考えるような素振りを見せ、 「わからない。」 と視線を逸らす。 そんなロイに藍染は口元を軽く押さえて微笑んだ。 「そうか。まぁ、彼はどうやら気位が高いらしいからね。近づきたいのなら良く考えて行動しなさい。」 「何、その忠告。」 「ただのお節介なアドバイスだよ。」 「あっそ。」 言って、ロイは藍染に背を向けて歩き出した。 「なんなら、ありえないくらい弱い自分でも作ってみるかい?」 後ろからかけられた声に足を止める。 その背に藍染は続けた。 「弱いフリをして彼の傍に近づけばいい。自分より弱い相手だと、大抵は受け入れるのが生物のサガだ。」 その言葉にロイが振り返る。 「弱いフリ、ね・・・」 元々「大虚」と区分される中でもさらに最高位であるヴァストローデの自分が最下位のギリアンだった者に媚びへつらうと言うことか。 僅かに思案した後、その口角は綺麗な弧を描き、楽しげな表情を浮かべた。 そして今までで一番好意的な視線を向け、ロイは藍染へと微笑みかける。 「ありがとね。アイゼン、サマ?」 首を傾げて作った顔はへらりと軽く、あどけなさが覗く。 霊圧を弱め、弱者の雰囲気を纏って笑ったロイは楽しそうな表情のまま再び歩き出した。 「・・・ははっ。なるほど。君はそういう自分を作るんだね。」 ―――提案した責任もあるんだし、それなら私も協力してあげようか。 一瞬前までの冷たい表情からは想像もつかないそれに藍染は小さく苦笑をもらし、去っていく彼の背を見送った。 破面No.16 ディ・ロイ。 ヴァストローデから再誕した彼は、十刃に属すことなくそのナンバーを持ち続ける。 ■原作210話分岐■(VSルキア後。ロイとウルキオラは高みの見物中) 「・・・あ。」 「どうした?」 同胞たちの斬魄刀開放を感じてしばらくたった頃、横に座っていたロイが突如として声を上げた。 それと重なるように三ヶ所で霊圧が湧き上がり、死神たちの応戦が始まったのだと知らせてくる。 ロイが向ける視線の先にいるのはイールフォルトだ。 誰に対してもヘラヘラ笑って流すだけの彼がたった一つ執着を見せるもの。 ―――それが良いことなのか悪いことなのかは別にして。 「イールフォルトに何か「悪ぃウルキオラ。ちょっと行ってくる。」 視線を逸らすことなく立ち上がり、その瞬間には姿を消すロイ。 己にすら視認不可能な響転に彼の実力の片鱗を見つつ、ウルキオラは「まったく・・・」と呆れの入った声で呟いた。 * * * * * 「っんのヤロ・・・っ!」 二つの影を視界に収め、ロイが毒づく。 そのうち憎悪の視線で睨みつけているのは赤髪の死神。 対峙するのは雄牛を模した仮面で上半身を覆っている人物であるが、その左腕は消失し、肩から血を流していた。 十中八九赤髪の死神がやったのだと分かるこの状況に、ロイは知らず左手の関節をバキリと鳴らす。 脳内ではただ一言、「壊せ」と指令が下る。 うずく右目を布越しに抑え、ロイは跳んだ。 * * * * * 「ただいま。」 この場を去ってからさほど時間の経たぬ内にロイが戻ってきた。 しかし前と違うものが一つ。 空中で静止するロイの手にはイールフォルトの右腕が握られていた。 おそらく気絶したためだろう。腕一本で宙吊りにされているイールフォルトの斬魄刀は既に刀の形に戻っている。 その彼の左腕は肩から先が消え、視線を向けるウルキオラに気づいたロイは忌々しそうに顔をゆがめた。 「ちょっと遅れた。」 「治せない訳でもないだろう。」 「けど義手であってイールの本当の腕じゃない。」 もちろんイールが不便しないように完璧な義手はつけてあげるけどね・と自分そっくりの「カス人形」を作って見せたロイが笑う。 イールフォルトから視線を外し、ウルキオラは目を閉じた。 感じる気配の数からして残りの同胞が死神に敗れたのだと察する。 再度目を開けた時にはロイがイールフォルトの傷口の血止めを行っていた。 ちらりと視界の端でそれを捉え、ウルキオラは口を開く。 「相手の死神はどうした?」 「決まってるだろ?俺のイールを傷つけたんだぜ?」 目を細め、口角を上げて笑う顔のなんと無邪気なことか。 「・・・そうか。」 ウルキオラはただ一言そう返し、虚圏への扉を開いた。 ■原作213話後■(グリムジョーLOVEな方は此処でUターン推奨) 「あ〜らら。グリムジョーも腕切られちゃった。」 東仙によって腕を切り飛ばされた後、グリムジョーは暗い廊下を進む中で聞こえるはずの無い声を聞いた。 「なっ!?テメーは!」 「何でここにいるのかって?そりゃ、生きてるからに決まってんじゃん。」 へら、と笑った人物の名はディ・ロイ。 現世で霊圧を真っ先に途絶えさせたロイは戦闘のことなど微塵も感じさせぬ風体で壁に背を預けていた。 薄暗い廊下で、他には誰もおらず。 何とか互いの表情を見ることが出来るような距離のまま、ロイは小さく肩をすくめる。 「あと俺以外にもイールが戻ってきてるから。今回壊れちゃったのは三体、ってことだね。要ちゃんは俺と行き違いになったから五体だって言ったらしいけど。」 「どういうことだよっ!」 「もー。そんなに怒鳴らなくても聞こえてるって。・・・ウルキオラと一緒にね、皆より早く帰って来てたんだ。」 「アイツと?アイツが他人を助けに来たってことか・・・?ありえねぇ。」 それでも藍染様辺りが命令すれば有り得ないことも無いか、と呟いたグリムジョーにロイは分からない程度に笑う。 ともすれば嘲笑とも取れる笑みは距離と影のおかげで浮かべた本人以外に知られることなど無かったが。 「ところでその腕、死神にやられたの?」 「んなワケねーだろ。腕ぶった切んのが我らが統括官サマの正義だそうだ。」 先刻のやり取りを思い出し、グリムジョーは忌々しげに舌打ちする。 ロイは「ふーん」と返すと壁から身を離してグリムジョーの方へ歩き出した。 「・・・てっきりあのオレンジ髪の死神にバッサリいかれたのかと思った。」 「ふざけんのも大概にしろよ。俺ァいま機嫌が悪ィんだ。」 近づいてくるロイにグリムジョーが獰猛な視線を向ける。 しかしロイは怯むことも無く笑みを浮かべて――― 「えー。グリムジョーの機嫌が悪いのはいつものことじゃ・・」 ロイの台詞が途切れた。 ガッという鈍い打撃音の後、吹き飛んだロイがその身を床に打ちつける。 一度だけバウンドした痩身は冷たい床の上でぐったりと力なく横たわった。 「ごちゃごちゃウルセーってんだ。今度そんな口きいてみろ、容赦しねーからな。」 右手でロイを殴り飛ばしたグリムジョーは腕を振るった格好のまま吐き捨てる。 しかし床に転がったロイがそのままピクリとも動こうとしない。 不審に思って注視してみれば――― 「一発で伸されちまったか。イールフォルトがテメーのことカスカス言うのも納得するぜ。・・・・・・ああ。イールフォルトの野郎もテメーと同じカスだったか。」 ―――ウルキオラに助けられて仲良く戻って来てんだからなァ? そう言って哂い、グリムジョーはロイを置いて歩き出した。 しかし、少し歩いたところで、 「・・・グリムジョー。今、何て言った?」 底冷えのする声にグリムジョーの足が止まる。 背後ではのそりと起き上がる気配。 「俺の聞き間違いじゃなかったら、イールのことカスって言ったよね?」 平坦な声音は圧倒的な霊圧と共にグリムジョーの元へ届いた。 「っ!?」 振り向いた瞬間、眼前には手。 それがガシッとグリムジョーの視界を塞いだ。 「っぐぁ!」 「お前に何が分かる。お前にイールの何が分かるってんだよ!?」 押し倒された拍子に肺から空気が漏れ、さらに頭蓋骨はギチギチと悲鳴を上げる。 ロイに頭部を鷲掴みにされたグリムジョーはその痛みに短く喘いだ。 「俺のことどんだけ悪く言っても別に構わないけどさぁ、イールの悪口言われるのは勘弁ならないんだよねー。それが何?お前何様のつもり?ああ、ヴァストローデ様か。ヴァストローデ様にしてみれば哀れで弱いギリアンなんかカス?クズ同然だって?はっ!俺にとっちゃァお前らなんてそのクズ以下なんだよ。なぁ強くてお偉いNo.6グリムジョー・ジャガージャック様?・・・あぁ?聞いてンのかこのクズ!!」 「ぐ・・・ぁ、・・・・・・ァっ」 「か弱く呻いてんじゃねーよ!このままお前の頭握り潰してやろうか!?」 頭部にかける握力をさらに強め、ロイが嘲る。 しかしただ呻き声しか聞こえないことに飽きたのか、急に鷲掴んだ手を大きく振りかぶると、そのままグリムジョーを投げ飛ばした。 壁にぶつかって崩れ落ちるグリムジョーに向け、ロイはうっそりと微笑む。 「それとも、切り刻まれるのがお好み?」 言うや否や、手刀を作って床を蹴った。 ロイの右手がグリムジョーの首筋に吸い込まれる――― 「その辺にしておけ。」 手刀を寸でのところで止めたのは、抑えられていないロイの霊圧を感じ取ってやって来たウルキオラだった。 ウルキオラは威力と見た目が比例しない真っ白な細腕を掴んだままロイへと顔を向ける。 視線が合ったロイは仮面から覗く片目を不機嫌そうに歪め、腕を軽く振ってその戒めから開放させた。 そして立ち上がり、ウルキオラを睨みつけるようにして口を開く。 「なに?ウルキオラも俺の邪魔するの?イールのこと悪く言うつもり?」 「そんなことは言っていない。少しはこちらの話も・・」 「イールのこと悪く言うならウルキオラだって容赦しないよ!」 「馬鹿が。もう少し冷静になれ。」 そう吐き捨て、ウルキオラは頭上からの手刀を横に流した。 一撃を躱されるもロイは続いて右足を繰り出しウルキオラの脛を狙う。 それを後ろに飛んで避けた。 キレたディ・ロイというものをウルキオラは初めて見たが、これは相当厄介だと思う。 なにせこちらの話を聞こうとしない。ただ少しでも自分に反するものは消し去ろうと全力を尽くす。 ・・・いや、斬魄刀を開放しない分まだマシか。 そこは残った理性とやらで押さえつけているのだろう。仲間同士の死闘は誉められたものではないからだ。 今度は左からやってきたハイキックを腕で防御し、右手で掴んで逆にこちらから投げ飛ばそうとする。 しかしロイは寸前に響転で間を取り、体勢を立て直してから再度床を蹴った。 そんな二人の様子をグリムジョーは朦朧とする頭で信じられないもののように見ていた。 あのウルキオラと互角でやりあう奴は誰だ、と。 しかもウルキオラは攻撃する気が無いのかそれとも(考えたくないことだが)出来ないのか、防戦一方で延々とロイからの攻撃を受け流している。 響転を多用した攻防は時に視認させないほどでこの二人の実力を物語った。 どれほどやっても疲れを見せず、一撃一撃に衰えが無い。まるで永遠に続くような錯覚をもたらす闘い。 しかし、何にでも終わりは訪れる。 それは一瞬の出来事だった。 ロイの首筋に手刀を突きつけ、ウルキオラが静かに告げる。 「動きが荒い・・・頭に血が上っている証拠だ。もう少し落ち着け。」 僅かに切れた皮膚から遅れて赤いものが流れ出し、その感触を感じたロイの瞳にふっと緩みが生まれた。 そしていつも通りの軽い笑みを浮かべる。 「あー・・・ゴメン、ウルキオラ。迷惑かけたみたいで。」 「いや、わかればいい。」 すっと手を引いて姿勢を正したウルキオラは一歩下がり、正気に戻ったロイの動向を無言で見守る。 ロイは倒れていたグリムジョーの傍まで行くとそこにしゃがみ込んで水浅葱の瞳と視線を交わした。 「ねぇグリムジョー。この事、イールには黙っといてくれるよね?」 ヘラヘラと顔は笑っているくせに覗く片目には狂気が隠しきれていない。 ぞっとしたグリムジョーは何の反応も返すことが出来ずにゴクリと息を呑んだ。 その様子にロイは笑ったまま立ち上がって告げる。 「・・・もし喋ったら今度こそぶっ壊すから。」 「ディ・ロイ。」 ウルキオラに咎められ、ロイは肩をすくめて小さく舌を出す。 「はーいスンマセン。冗談だよ。ホントにやっちゃったら藍染さんが困るからね。・・・じゃ、俺はこれで。イールのトコに行かなくちゃ。」 上機嫌かと思わせる仕草でロイはそう言い、くるりと踵を返してその場を去った。 |