「なぁ帝人。俺さっき一年の女子に告白された」
「静雄君。放課後とは言えここは学校だから、僕の事は“先生”だよ?」
 折角の報告を無視して、静雄の(齢の離れた)幼馴染兼この高校で今年から情報処理の教師を務めている竜ヶ峰帝人は小さく苦笑を浮かべた。
 静雄にはそれが少し、否、かなり面白くない。
 帝人は静雄が物心つく前から家の近くに住んでいた“お兄さん”で、今年二十三歳になる。静雄が小学生の時に異常な怪力を発揮した後も変わらず接してくれた貴重な人間の一人であり、静雄もよく懐いていた。
 しかしながらその彼は大学の四年間――静雄の中学三年間と高校に入ってからの一年間――、遠く離れていたため、今年新卒採用でこの学校にやって来るまであまりきちんと会えていなかった。(勿論、長期休みの際には帰省した帝人と顔を合わせてはいたが。)
 その期間が静雄の中の“ある感情”を強くしていった―――とは言わないが、ようやくまた一緒に居られると知った時の静雄の喜びは本物だ。
 ただ一つ心配だったのは、高校に入ってから知り合った静雄の仇敵・折原臨也の存在。あの男に自分達が旧知の仲である事が知られ、帝人にちょっかいを出すかもしれないという不安があった。
 しかし蓋を開けてみればなんて事はない。臨也は帝人に手を出さなかった。むしろ“出せなかった”と言った方が正しい。
 どんな手を使ったのか静雄も詳しくは知らないが、静雄と帝人の関係をどこからともなく嗅ぎ付けた臨也はこちらの予想通り不穏な行動を起こし始め―――数日の内に大人しくなってしまったのだ。
 そして後に臨也は静雄にこう告げる。「帝人君は怖い人だね」と。苦笑し、同時に本気でそう思っているのだと無意識に匂わせながら。
 それ以降、帝人に対する事だけでなく、昨年まで静雄を潰そうとしていた動きもほぼ無くなっている。もし臨也が己の腕力で静雄に挑もうとするタイプならそれも無かったのかもしれないが、あの男は情報を操って裏で糸を引くタイプだ。そこを帝人が何かしたのだろう。
 おかげで臨也の手引きによる騒動は、ゼロではないとは言え、格段に減少。ようやく訪れた静かな日常に静雄が安堵し、そしてそれを齎してくれた帝人に対する好意が益々増したのは当然の事だ。
 また帝人は昔から静雄の性格を熟知していたため、傍にいても静雄を苛立たせるような事態は起こらなかった。
 ゆえに学校内でも学校外でも帝人の傍にいる事で静雄がキレる回数は減少し、本来の大人しく女・子供に優しい性格や人並み以上の容姿――すらりと伸びた背や整った顔立ち――が他人にも認識されるようになっていった。今回のように(主に昨年までの静雄を実際に見た事が無い)少女に思いを寄せられる事も一度や二度の話ではない。
 ただし静雄本人がそれをどう思っているかと言えば―――
(結構可愛い子だったけど、あんま嬉しくなかったな)
 胸中で独りごちる。
 その視界に映っているのはただ一人。ここ、教科別職員室で黙々とパソコンを叩き続ける帝人のみ。
 先刻の静雄への返答も一瞬視線をくれただけで、それ以上話を発展させようという気配は無い。その事実が苛立たしい……のではなく、悲しい。まるで相手を慕っているのが自分だけだと示されているようで。
 わざわざ告白された事を教えたのも、自身の喜びがあったからではなく、それを聞いた帝人の反応が見たかったからだ。むしろ静雄は一つ下の少女に告白された時、本人を前にしてこう思っていたくらいである。
 ―――頬を染めて自分に愛を告げる存在が帝人だったら良かったのに。
 もし帝人だったなら「ごめん」だなんて断ったりしなかった。
 しかしながら現実はこの通り。一方通行にも程がある。
(他の人間なんざどうでもいい。帝人が……竜ヶ峰帝人が平和島静雄を好きだって言ってくれたら、俺は)
 現状、きっと叶わない願いに溜息を一つ。
 それに気付いて帝人が顔を上げた。
「あ、ヒマ? ごめんね、待たせちゃって」
「ん。別にいい。……っつか今のはこの時間が嫌だって訳じゃねえから」
「そう」
 よかった、と微笑んでから帝人が作業を再開する。
「もうすぐ終わるからね」
「おう」
 実年齢よりも幼く見られるその横顔を眺めながら、本日はこの人物と共に帰宅する約束を胸のうちで反芻して、静雄はやわらかく双眸を細めた。

 欲しい反応も何もまだ貰えないけれど。
 今はまだ、この人の傍にいられるうちは、一方通行の思いでも我慢してやろう。

 そう思いながら。







【指定方向外進行禁止

(一方通行は苦しいけど、ちゃんと待ってる。俺が欲しいのは竜ヶ峰帝人からのベクトルだけだから)