折原臨也は竜ヶ峰帝人に対し、とても優しかった。
帝人が本気で嫌がる事は絶対にしなかったし、常に大人として帝人を支え、困った時には助言を与えてくれた。何かにつけて色々な物を買い与えてくれるのには遠慮を通り越して少々辟易としたが、これは贅沢な悩みだろう。 ゆえに帝人は「愛してる」と告げる臨也に同じ言葉を返してきた。包まれるような優しさに安堵し、穏やかな愛情を覚えながら。 それなのに。 「ねえ、帝人君。ちょっと俺の前で他の男とセックスしてくれない?」 「え……?」 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。 場所は新宿にある臨也の住居兼事務所。来客用のソファに身を預けて隣に座る臨也の話を聞いていた帝人は、そう一音だけ発して目を瞬かせた。 「そりゃあ俺と君はそういう事も済ませた仲だけどね。一度、第三者の視点で“抱かれている君”ってのをよく見てみたいんだ。帝人君は俺を愛しているんだろう? 俺も君を愛してる。だから君が望むように振舞ってきた。帝人君もそろそろ俺の“お願い”を叶えてくれる頃合じゃないかな」 「いざや、さん……?」 「ふふ、解らないって顔してる。いやいや、帝人君なら解っているはずだよ。君は非日常的な出来事に対してとても頭がよく働くから。となると、今の君は理解できないんじゃなくて、したくないのかな。……うーん、でも困ったな。俺は俺の望みを叶えたいから」 全く邪気の無い微笑を整った顔に浮かべながら臨也はソファから立ち上がる。 そして帝人の方に振り返ると、 「無理矢理っていうのも実はやぶさかじゃないんだよね」 いつの間にかその右手にはバチバチと青白い火花を放つスタンガンが。それをハッキリと頭が理解する前に、帝人の意識は闇に落ちた。 * * * 「俺の部屋に仕事相手でもない他人は入れたくなかったからさ。今回のために別の部屋を借りてみたんだ」 帝人が目覚めて一番最初に聞こえたのは、臨也の楽しげな台詞だった。 瞼を持ち上げると世界は真横になっていた。否、ただ帝人が横向きになっているだけ。それに気付き、起き上がろうとして身をよじると――― 「…………、」 「ああ、駄目だよ帝人君。それは鍵が無くちゃ外せない」 ジャラジャラと金属の擦れる音がして、その発生源を辿れば、帝人の首に首輪が付けられ、そこから自分が寝ていたベッドの足まで鎖が伸びている光景が目に入る。無言のまま首輪を外そうと手をかければ、先程の臨也の台詞が降って来た。 「……どういう、こと、ですか」 「どういう事も何も、さっき俺が君に言ったとおりだ」 答え、ベッドの正面に立っていた臨也がにこりと笑う。 「これから君は俺以外の人間に犯される。俺はそれをここで見る。解った?」 「っ、な、んで!」 行動範囲が制限された中でジャラジャラと鎖を鳴らしながら帝人は臨也に駆け寄ろうとする。しかし実際には、ベッドの淵まで辿り着いた所で鎖が伸びきり、いくら手を伸ばしても臨也には届かない。 「“なんで”?」 軽く首を傾げながら臨也は微笑み、大仰な仕草で両手を広げた。 「勿論、帝人君を愛しているからさ!」 心の底からそう思っているように、誇らしげな態度で臨也は告げる。 「俺は人間が好きだ。だからその人間を観察するために情報屋なんて仕事をやってる。でもね、帝人君。君はその中でも特別なんだよ。分かるかい? 君は俺の大好きな人間の一人だけど、他の人間とは比較にならないくらい俺の中で大きな存在なんだ」 臨也は帝人に近寄り、こめかみから頬、首筋へと手を滑らせた。 「だから俺は君を知りたい。他の人間じゃなく竜ヶ峰帝人がどんな時に何を思い、どう行動するのか」 睦言を囁くように臨也は唇を帝人のそれと触れ合うほど近付ける。 帝人の黒い瞳を覗き込むように間近で視線を合わせながら、青年は双眸を細めてうっそりと笑った。 「見せてくれるよね、帝人君。―――いや、見せてもらうよ。君が俺以外の人間によって暴かれる様を」 スッと帝人から臨也が離れる。 ベッドから距離を取る己の恋人であるはずの青年に対し、帝人は最早言葉も無い。ただ鎖と目尻から流れ落ちる生温い水の感触を遠い世界の出来事のように感じているだけ。 (……嗚呼) 臨也がこの部屋でたった一つの出入口らしい扉に辿り着く。 (僕は、臨也さんが好きだったけど) ドアノブに手を掛けて青年は帝人に笑いかけた。 「どんな相手が良いか悩んだんだけどね。俺に似てる奴とか、それとももっとガタイのいい奴とか。君が壊れそうになるのも面白そうだし。逆になよっちいのもアリかなぁ、とか」 実に楽しげなその声に帝人は何も反応を返さない。だがその“反応”すら臨也にとって満足感を齎す要因になるようだった。 帝人は瞬きを一つして、新たな雫を頬に伝わせる。 (臨也さんは、きっと最初から僕とは違う気持ちだったんですね) 臨也が帝人に優しくしてくれたのは、その時の帝人の反応が見たかったから。ひょっとしたら、今の状況との落差を激しくするための準備を兼ねていたのかもしれない。 (いや、だ……) 「まあ結局、俺はこう思った訳だよ。だったら全て試してみようってね」 臨也がノブを捻って扉を開ける。出るためではない。招き入れるために。 開いた扉の向こうに何があるのか確認せず、帝人は下を向いてきつく目を瞑った。 (嫌だ。助けて。助けて、助けて、助けて、くださ、い。どうかお願いです助けてください臨也さん!) この状況を作ったのが、望んだのが、目の前の男だというのに、帝人はまだ臨也に縋ってしまう。愚かな事だと頭では理解しているのだが、心はまだ彼を求めて止まないのだ。それはもう、帝人本人にすらどうにもならない事なのである。 近付いて来る複数の足音。 身を硬くする帝人の肩に何者かの手が触れた。 「ヒッ!」 思わず顔を上げ、帝人の双眸は部屋に入ってきた複数の見知らぬ人間達の向こうに臨也の姿を捉える。帝人は必至に手を伸ばし、 「臨也さん、助け―――」 「ごめんね」 扉のすぐ近くの壁に背を預け、臨也は他人に押し倒される帝人へにこりと微笑んだ。 「これも俺の愛だよ」
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