「フルーツサンド……」
突然現れて帝人の肩を抱いた折原臨也と、どこから嗅ぎ付けたのか道路標識を振り回して現れた平和島静雄。その二人が目の前で派手に“戦争”している様を眺めながら、紀田正臣はぽつりと呟いた。 「なに、正臣。食べたいの?」 この状況に慣れてしまったのか、今回の火種である竜ヶ峰帝人が平然とした顔で訊いてくる。 童顔の幼馴染殿は少し手前のコンビニで買った苺味のポッキーをポリポリと食べながら、すぐ傍の“戦争”には全くもって興味が無いといった風情だ。正臣が知る限り、最初の頃は驚いたり焦ったりしていたはずなのに。 「……いや、どっちかっつーとカツサンドとかの方が良い。腹にクるやつ」 「あはは。そう言えばお腹が空く時間帯だねえ」 二人の人間に愛情で挟まれ、ポリポリと甘い菓子を食べる帝人は、喩えるならばフルーツサンドのフルーツだろうか。外見も中身も甘ちゃんで、ついでに苺系の物をよく好んで食べているのも、そのイメージに影響しているのかもしれない。 (なんて、な) 「正臣も食べる?」 「ん?」 胸中で幼馴染と二人の大人について考えていた正臣の前に差し出されたのは苺味の準チョコレート菓子。差し出した本人の目には先刻と変わらず戦争の様など映っていない。 このようにフルーツサンドのフルーツ担当は、甘ちゃんの癖に特定の事象に関してとてつもなく素っ気無い。本人にその事を言えば、「喧嘩が終わるまで一応待ってるんだからいいんじゃない?」なんて返されるのは目に見るけれども。 ただし素っ気無いのは正臣の幼馴染だけで、戦争中の大人達には当て嵌まらないのである。 つまり。 (……あ、ヤベ。これって死亡フラグか) まるで「はい、あーん」とでもタイトルがつきそうな体勢で帝人から菓子を差し出されていた正臣は、この状況を鑑みてこっそりと溜息を吐いた。 そして一体どんな聴覚――もしくは他の感覚器官や第六感――を持っているのか。気付けば、あれだけ派手に騒いでいた大人二人がシン……と静まり返っているではないか。 幼馴染が意図して今の状況を作り上げていたのならば、正臣はこの童顔の少年に相当な腹黒認定をせねばなるまい。だが事実は違う。今の帝人は本当に臨也と静雄の喧嘩に興味が無いだけなのだ。 (だからこそタチ悪ぃんだよなぁ) 喧嘩は止んだのに正臣がそちらの方向から感じるのは肌に突き刺さるような禍々しさ。 帝人がそれに気付いた様子は無く、またあの二人も気付かせるつもりは無いのだろう。だったら俺にも気付かせないでくれ、とは思うが、大人二人の殺気の対象になっているのは正臣なのでどうしようもない。 (こういう事で俺に怒るんなら、最初から帝人にだけ構いに行きゃいいのにさ) そうすれば喧嘩ばかりしているよりも、少しは帝人も態度を変えてくれるだろうに。 (しっかし、今は俺がどうするかって所だよなー問題は) 胸中で呟き、正臣は殺気が飛んでくる方向を一瞥する。 視線が逸れた事で帝人に「正臣?」と名を呼ばれてしまったため、すぐに戻したが。 「お腹空いてるんだったら食べていいよ」 帝人が善意100%の笑みを見せ、正臣に突き刺さる殺気は一段と強くなる。 それを自覚していた正臣は―――しかし、 「お、サンキュー。ほんじゃ遠慮なく」 ぱくん、と。幼馴染の手ずから菓子を口の中に迎え入れた。 帝人が隣に居なければ早々にナイフか自販機が飛んで来そうな状況で正臣は思う。 (こいつら三人がフルーツサンドで、帝人がフルーツ、あの二人がパン。だったら俺はパンとフルーツの間に存在してるクリームって所か。ま、パンのお二方には邪魔な役柄ではあるな) 「でーもぉ、パンとフルーツよりクリームとフルーツの方が仲良しなのは事実。ってな訳で、本日は俺の一人勝ち」 「あの、正臣? いきなり何言ってるの」 「帝人は気にすんな。……ほら、喧嘩も終わったみてえだし、俺達も帰ろうぜ」 「へ? あ、うん」 帝人の首に腕を絡ませて引き寄せ、正臣はそのまま戦争の跡地に背を向けて歩き出す。 肌に突き刺さっていた殺気は無い。 大人二人は正臣が気圧されると思っていのだろうが、正臣とてカラーギャング「黄巾賊」を率いていた人間だ。多少の事では、まして大切な幼馴染が関わる事ではそう易々と怖気づく訳にもいかない。臨也と静雄がぐいぐいと帝人を引っ張っていく正臣に唖然とし殺気を消している間に、この場から去ってしまおう。 「……あの二人がぐだぐだやってる間は俺の一人勝ち状態続行って事だろうな」 「正臣、何か言った?」 「いや、なぁんにもー」 帝人にニコリと笑いかけながら、正臣は陽気に首を振った。
サンドイッチのフルーツをめぐる攻防
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