にゃー、と猫の鳴き声が聞こえる。
白いシルクのシーツが広がるベッドに腰掛けたまま、浦原喜助は己の足元を見た。
窓から差す赤い陽光に照らされた素足のすぐ傍に黒猫が一匹。
ベルベットのように艶やかな毛皮を持つその獣は浦原と同じ金色の目でこちらを見上げていた。
同色の瞳を合わせ、浦原は小さく抑えた声で囁く。

「こんばんは。それともまだ“こんにちは”でしょうか。」
「そろそろ彼奴も起きる時間じゃ。なれば宵の挨拶が適当じゃろう。」

音量を抑えた答えは浦原の視線の先から。
黒猫は金の双眸に確かな知性を宿らせ、猫という構造上ありえない明瞭な発音で人の言葉を口にした。
そのことに驚くでもなく、むしろそれを当然のように受け入れ、次いで浦原は視線を己の背後へと向ける。
視界の端に映り込むのは沈みゆく太陽よりも鮮やかな橙色の髪。
ベッドの中央で静かな寝息を立てているその人物を盗み見た浦原は目元を緩ませて「そうっスね。」と黒猫の言葉に同意した。

黒猫が言った「彼奴」―――浦原の傍で眠る橙色の青年もまた、瞼の下には彼らと同じく金色の目を持っている。
この青年こそが浦原の“御主人様”であり、永遠に付き従い共に生きることを誓った存在。
かつて人間だった浦原が自らの意志で青年に従うことを決め、彼の同族になることを望んだのだ。
そして今この時も青年の傍に仕えることを至上の望みとし、共に在れることを幸福に感じている。

緩む頬をそのままにしていると、視界の外でざわり、と気配が変わった。
視界の外とは人語を話す黒猫の方向だ。
変化した気配に釣られて浦原が視線を元に戻すと、そこには黒猫ではなく黒猫を思わせる一人の女性が姿を現わしていた。
が、それに対しても驚くことは無い。
女性の名は四楓院夜一。
初めて彼女の“変身”を目の当たりにした時は勿論のことながら驚いたが、それも幾度と無く目にしていれば慣れるというものだろう。
深みを増した金色は浦原と同じであると表現することもできる。
しかし今は閉ざされている浦原の主人の双眸を引き合いに出せば、そちらとより似ているように思えた。

人間の形をしていながら人間とは違うもの。
金の双眸は闇夜に生き、人の血を啜る存在を示す。
人は彼らのことを『吸血鬼』と言った。
その吸血鬼の中でも純度の高い黄金は長い年月を経てきたことの証。

そして双眸の色が示す通り、夜一もまた浦原の主人と同じように始祖の位置づけをもつ存在だった。
ただし色々な所を旅する浦原の主人とは違い、夜一は長く一ヶ所に留まるタイプだ。
浦原達がいる部屋もそんな夜一が滞在場所としている“城”の一角にある。
始祖の一人であり城の女主人でもある夜一は浦原の背後の人物を覗き見て淡く微笑んだ。

「本当に安心しきっておるようじゃの。かつての奴なら他人の傍で眠るなど考えられんかったと言うのに。」
「今だってアタシ以外にはそうっスよ？むしろ夜一サンくらい親しい人ならともかく、同じ部屋の中に他人の気配があるだけで起きちゃいますし。」
「フン。貴様に言われんでもそれくらい知っておるわ。」
「アラそうでしたか。失礼しました。」

言って、浦原はくつりと笑う。
合わせて、浦原の“自慢”に対し鼻を鳴らしてわざとらしく拗ねた態度を取っていた夜一も面白そうに双眸を細めた。

「いやしかし、本当にお前だけは特別らしい。正直言って感嘆に値する。」
「アタシのマスターと同じ始祖の方からそう言って頂けるなんて光栄っスね。」
「まったく、どんな手を使ったんだ？」
「どんな手って･･･」

口の端を持ち上げ、浦原は夜一に笑いかける。

「そりゃ勿論アタシの純粋な忠誠心ゆえデショ。」
「ははっ。よく言うわ、純粋とは程遠いものを抱えておる癖に。･･･が、それこそがお前が傍に在ることを許す理由でもあるんじゃろう。」

夜一はそう言うと、浦原達にくるりと背を向けて扉の方へと歩き出した。

「儂はもう行くよ。お前の主人が起きているなら話をしようと思ったのだが･･･まだ起きておらぬのならもうよい。むしろ目覚めには付き合いたくないのでな。」
「えーあんなに可愛いのに。」
「そう言うお前が傍にいるから同席したくないと言っておるのじゃ。主人が目覚めたら儂の部屋に来るよう伝えてくれ。旅の話が聞きたい、とな。」
「わかりました。しっかりお伝えしておきますよ。」

部屋を出る夜一の背に答えを返し、パタンと静かに扉が閉まる音を聞く。
それから視線を窓に、意識を背中の人物に向けた。
静かになると部屋の壁に掛かっている時計の秒針の音が聞こえてくる。
だがその秒針が幾周もしないうちに浦原の背後で青年が小さな呻き声を発して身じろいだ。
主人の目覚めを察して浦原が体勢を入れ替える。
くるりと相手の方に向き直り、両手で青年の上半身を支えるように。
起き上がるのを手伝われながら青年がゆっくりと両の瞼を開けると、浦原は濃い金色の双眸を覗き込んで吐息が交わるほど顔を近づけた。

「ねむ･･･」
「起きてくださいな。今、ちょうど綺麗な夕陽が見られますから。」

眠たげな眼の青年に微笑みかけ、そのまま浦原は唇を相手のそれに触れさせる。
触れるだけの口づけを受け入れた青年は一度だけ瞬きすると、両目を笑みの形に細めて己から唇を離した。
金の瞳で視線を交わして青年が囁く。

「おはよ、浦原。」
「おはようございます。アタシの愛しい―――」

僅か数センチ離れた距離を再びゼロに戻す直前、浦原は大切そうに主人の名を呟いた。

「一護サン。」

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『82Rose』のcaramel様に捧げます。
拙宅の浦一吸血鬼モノ「Vampire」及び「Vampire 2nd」の設定で書かせて頂きました。
ご希望通り多少は甘くなっているでしょうか…？（ドキドキ）
返品・交換はいつでも受付中ですので、お気軽にどうぞ！
caramel様、この度はご復活おめでとうございます。
そしてこれからもよろしくお願いします。