意外性のカレ
「あ・・・っ」
しまったと思ったのは恒例のSOS団集団下校で坂道を下りきり、各々の家の方向へと散った後。鞄の中にいつもとは違う硬い物の感触を覚えて中を確認すれば、古泉に返そうと思って持って来ていたCDが一枚。今日返すって本人にも伝えていたのだが、すっかり忘れちまっていた。 坂を下ってる最中にでも気付けりゃ良かったんだが・・・。今日は諦めて明日にでも返すか。後で詫びのメールでも入れときゃ大丈夫だろう。・・・と一度は思ったのだが、俺の足はその決定と反対に古泉が住むマンションへと向いていた。 だって折角だと思わないか?こういう機会でも無いと、あいつの家に行ける気がせんのでね。 ―――と言う訳で、やって参りました古泉宅。住所は元々知っていたし、表札も確認したから間違いないだろう。にしても、イメージ通りとすべきなのか、古泉が住むマンションは学生一人暮らしの割に随分と質の良い所だった。とは言っても当然のことながら長門が住んでいる場所ほど広くはなく(あれは例外だろう)、外観から推測するに、そこそこ稼いでいる社会人が一人暮らし用に借りていそうな部屋だ。自分用のスペースの他に来客用の部屋が一つ付いていそうな感じの。 まあ、それはさて置き。 七階建てのマンションの五階、角部屋。古泉と表札が掲げられた扉の前に立ち、インターフォンを押す。ピンポーンとお決まりの音がしてすぐに中から「はーい」と古泉の声が聞こえた。 「今開けま、す・・・」 ガチャリとドアが開き、既に私服に着替えていたらしい古泉が中から顔を出す。だがドアの前に立っていたのが俺であると確認した古泉と、そして現れた古泉の姿を目にした俺は、 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・。」 「・・・・・・・・・・・・。」 気まずい三点リーダの応酬が続く。いや、なんつーか・・・見たくなかったと言うか、こういう一面もあるのかと知ることが出来て嬉しいぞと言うべきか。 古泉は扉の向こうから顔を出したまま俺を凝視して固まっている。心なしか汗をかいているようなその整ったお顔の下、『九組の優等生・古泉一樹(付加属性:元転校生の敬語キャラ)』は自身が冠するそれに真っ向から逆らうかの如く、非常にラフな格好―――言っちまえばTシャツを着ていた。色は紺。そして正面にはデカデカと、しかもかなりの達筆でこう書かれていた。 亜羅酢科 ・・・・・・・・・。えーっと。アラスカ、と読むのが正しいのだろうか。可笑しな漢字Tシャツから再び古泉の顔へと視線を移すも、奴は未だ固まったまま俺を凝視している。だがやや色素の薄いその瞳がじりじりと動き出し、こちらと視線が合うと、古泉は驚愕の表情を保って口を開いた。 「・・・どうしよう。」 いや俺が『どうしよう』だよ古泉さん。とりあえずこのままって訳にもいかんから、中に入っても構わないか? 「え、あ、ああ。うん。」 あーなんだかかなり動揺しているようだ。敬語なのは古泉一樹というキャラ作りのためであり本当は違うと以前聞いたこともあったのだが、今までこいつが敬語以外を使ったことはないように思う。ハルヒが居ない所でもな。しかし今のこれ。いつもの古泉なら「ああ、はい。どうぞ。」くらい笑顔で言って見せただろうに、実際は「うん」だ。 「こっちだ、よ・・・です。」 カクカクとまるで油切れを起こしたロボットのような古泉に奥へと案内される。ちなみにTシャツの背中の方には『時部螺瑠他瑠』と書かれていた。読みは『ジブラルタル』でいいのか?・・・ああ、早くも顔が引き攣ってきているぞ、こっちは。ってなんか床の上に放られている服!Tシャツ!あれも無理矢理カタカナ読みさせるような漢字が・・・!しかもぐしゃぐしゃ、数は二つ。いや、少し離れた所にもう一つ。加えてTシャツ以外にもスラックスとか靴下とか、衣類以外には何か判らないA4の用紙だとか(機関関係か?だったら見ない方がいいのかもな)、色々、至る所に散らばっている。はっきり言おう。汚い。古泉よ、「ああ!!」とか言いながら急いで片付け始めているが、俺の記憶からこの情景が消えるにはかなりインパクトのある記憶の上塗りが必要だと思うぞ。 Tシャツを筆頭にこれが森さんのイタズラだとか機関内での遊び(ちょっとしたバツゲーム)だとか言われた方がまだ心安らかにいられただろうが、この状況を見ているとどうにもそうあってはくれないようだ。完璧に古泉自身の意志で変な漢字Tシャツを収集および着用している模様。そしてひょっとしたら片付けられない病。 「いや、あ、の・・・こ、これは!」 思わず漏れた溜息に古泉が素早く反応する。しかし声はどもりまくりで、隠すように丸めたTシャツを背中の向こうに持って行く仕草がいっそ哀れを誘った。うっかりこんな古泉に親近感を持ってしまったとか言ったら失礼だろうか。いや言っちまおう。なんか親近感が湧く。それでこそ男子高校生。 「え、本当か!?・・・あ、本当ですか!」 「無理して敬語で話そうとしなくてもいいぞ。」 敬語スイッチ(俺命名)が上手く入っていないらしい古泉にそう言えば、奴は一瞬考え込んだようだったが、すぐに視線を合わせて「それじゃあ・・・」と照れくさそうに笑った。こんな顔も出来たのか、こいつは。 「だいぶ散らかってるけど、適当に座ってくれるか?それと座布団。」 「ああ。」 座布団を受け取り、物があまり散らかっていない空間を見つけて座る。古泉は飲み物を用意してくると言って離れて行った。こっちはCDを返しに来ただけだったから長居するつもりも無かったんだが・・・まぁこんな状況も目にしちまったし、古泉のしたいようにしてもらうか。 さて、マグカップを二つ携えて戻って来た古泉から一方を受け取る。うちはインスタントが主だから偉そうな口を聞けるほど上品な舌なんぞ持っていないのだが、古泉が淹れてくれたコーヒーは驚くほど旨かった。 しばらく無言でコーヒーうまぁとか思っていたのだが、己を取り巻く状況を思い出して俺と同じく床の上に座り込んでいる古泉と視線を合わせた。 「お前、"これ"が素か。」 これ、と言いながら周りを指差す。古泉の口調兼部屋の状況を、だ。 「あー・・・うん。実は。涼宮さん達には内緒にしてくれねぇか?」 「そうしてくれって言うなら構わんが・・・」 古泉が敬語キャラじゃなくとも、加えて綺麗な顔して部屋は汚い人間でも、今のハルヒなら(多少テンション上げてくるかも知れんが)笑って受け入れてしまいそうなんだがな。 「そうはいかねーよ、これでも一年間続けてきた『古泉一樹』だからな。アンタに見られたのはマジでミスった。」 はぁ・・・と重そうに溜息を吐く古泉一樹。同時に頭を掻く仕草もなんだか荒っぽい。 ま、なんだ。すまんかったと言っておく。 「いいよ。知られたモンは仕方ない。むしろ知ったのがアンタだったってことに喜ぶべきなんだろうし。・・・っと、そういやウチに何の用だったんだ?」 きっぱりはっきり敬語スイッチがオフになったのか、先刻の混乱具合はどこへやら。古泉は齢相応の表情と口調で問い掛けた。 「ああ、そうだった。これだよ、借りてたやつ。今日返す予定だっただろ?」 言って、鞄からCDを取り出す。 「これかー。明日でも良かったのに。」 こんなことでもないとお前の家に行けないんじゃないかと思ったら、つい、な。 「その"つい"でバレちまった訳か、俺の素が。」 俺からすれば違和感大なんだが、まぁ悪くないとは思うぞ? 「そうか?」 問い返す古泉だが、その表情はいくらか嬉しげに見えた。俺の勘違いかも知れんがな。 「で、どうだったこれ。結構良い曲だったろ?」 「『古泉一樹』のイメージ像からは僅かにズレてるような気もしたがな・・・うん。かなり良いとこ突いて来た。」 「じゃあ俺とアンタの好みも近いって訳だ。もし良かったら別のも貸すけど。」 「いいのか?」 「勿論。むしろ素を知られちまったんだし、次はもうちょい『古泉一樹』らしくない・・・俺がもっと好きなやつを貸すよ。」 嬉しそうに笑いやがるなぁ。 学校で顔を合わせる古泉一樹も常時笑みを浮かべているが、その如才ない笑みとは違う古泉の今の笑顔はそれなりに好感を抱けるものだった。ついついこちらも釣られて「おーサンキュー」とか言いながら笑っちまうほどに。 それから古泉がまた腰を上げて別室へと消え俺が返した物とは別のCDを持って戻ってくると、その歌手や他の曲について随分と話が盛り上がってしまった。古泉の口からは俺の知らない歌手名もぽんぽん飛び出てきて、その時の古泉の顔がこれもまた齢相応で、しかも好きなことを語っている所為でめちゃくちゃ活き活きしていたりして―――まぁなんだ。こういうのも悪くないかな、と思っちまった。こうやって古泉の素を曝け出してもらえるってことが。 思わず語り合いすぎてしまい、気が付けば外は真っ暗。ここからじゃ急いで帰っても夕飯に間に合わないかも知れん。 やべーと呟くと、古泉も窓の外の暗さに目をやって苦笑を漏らした。それから立ち上がり、キッチンの方を指差す。 「よかったらウチで食ってく?」 そう言って振舞われた料理は、コーヒーと同じく驚くほど美味かった。 なお、俺が古泉の変Tシャツ及びタメ口に慣れるのも、古泉が俺の前でならいくらか肩の力を抜いて本来の口調で話すのが普通になるのも、そう遠くない未来のことである。あ、ついでに奴の作る料理が一般的に美味いと称されるだけでなく、完璧に俺の好みと合致するようになるのも。 『眠り月』の織葉様に捧げます。 織葉様宅の「S古キョン」設定を使わせて頂くつもりが・・・出来上がってみればただのヘタレ&タメ口古泉orz あの格好良い古泉には程遠い仕上がりです(苦笑) こんなヘタレ古泉ですが、貰って頂ければ幸いです。 勿論、返品・交換も随時受付中ですので! そして最後になりましたが、70万ヒット&100作品超おめでとうございます! これからもよろしくお願い致しますvv |