闇色ノ夢






「どうして護ってくれなかったの?」
「・・・え?」

突然後ろから語り掛けられ、一護は戸惑いの声を上げた。
誰が誰に問い掛けた言葉なのか、この暗い空間はいつの何処なのか、足元だけが妙に赤いのはどうしてなのか。
何も分からないはずなのに、一護はそれらを疑問に思うことも無く振り返る。
そして、

「・・・おふく、ろ?」

視線の先、穏やかな表情を浮かべて立っていたのは、幼い頃の思い出そのままな黒崎真咲その人だった。
どうしてこんな所に?
死んだはずの人間が目の前に立っていることに一護は更なる戸惑いを覚える。
優しげな表情のその人は一護の呟きに対し「ええ、そうよ。私はあなたの母親。」と、これもまた表情と同じく穏やかで優しげな声を紡ぐ。
だが彼女はその姿のままで再度最初の一言を一護に向けて放った。

「ねぇ一護。どうしてあなたは私を護ってくれなかったの?」

私はあなたの所為で死んだのよ、と。

「・・・っあ、・・・・・・」

ひくり、と一護の喉が引き攣り、音の無い悲鳴を上げる。

「あなたが虚に近寄らなければ、私もあんな所で死ぬことなんて無かった。遊子や夏梨を悲しませることも、一心さんの心を切り裂くこともなかったの。」
「あ、あの時はっ・・・」
「あら、言い訳でもするつもり?いけない子ね。お母さんを死なせただけじゃなく、その罪自体も認めようとしないなんて。」
「そんな、おふくろっ俺は―――」
「ああ本当にあなたは酷い子。酷い子だわ。」

繰り返しそう告げ、真咲は微笑を浮かべたまま一歩ずつ一護の方に近づいて来る。
鎖のような真咲の言葉に絡め取られた一護は「ちがう、そんなつもりじゃ、」とうわ言のように呟くだけで、逃げることも進むことも出来ない。

「罪から逃げようなんて・・・なんて酷い子なんでしょう。そんな酷い子は・・・」

手を伸ばせば充分に届く距離まで近づいた真咲はそう言って苦笑し、一護の――― 一護の首に手をかけた。

「・・・っ!」

やわらかな繊手が一護の首に絡みつく。
喉仏辺りに両の親指を添えて、真咲はにこりと口元の角度を大きくした。

「かあさ、・・・」
「そんな酷い子はお母さんが殺してあげましょう。」
「・・・っ、ぁ・・・がっ・・・・・・あ、」

ぐっと強まる指の力。
女性の細腕からは到底出せるとは思えない力で一護の首がぎりぎりと絞められていく。
抵抗は出来ない。抵抗しようとする意志は、既に真咲の言葉が殺してしまった。
あなたは私を護ってくれなかった。あなたがお母さんを殺したのよ。
と繰り返し紡がれる女性の声が一護の未だ完治していなかった傷をズタズタに引き裂いたのだ。

「お、ふく、ろ・・・・・・かぁ、さ・・・」
「さぁ死んでちょうだい、私の可愛い一護。いくら死神の力を手に入れたって、いくら他の大切な人を護ったって、あなたは既にお母さんを殺した罪人なんだから。」
「・・・・・・ぁ、あ・・・」

肉体的な苦しみからか、心の奥にある罪の意識からか、見開かれた両の琥珀から透明な液体が零れ落ちる。
だが真咲がそれを意に介することはない。
彼女は笑いながら繰り返すだけだ。死んでちょうだい、と指に力を込めながら。
一護の視界は酸欠で赤く染まり、そして次第に暗く染まっていく。
しかし一護の意志が完全なる闇に閉ざされようとした時、“それ”は聞こえた。

『―――・・・ごっ!』
「・・・ぁ、?」
『ぃ・・・ご、・・・・・・ちご!』

誰だろう。
その疑問が一護の意識を闇から引き戻す。

『っ、ちご!・・・オイいちご!』

己の名を呼ぶのは誰だ。

「だめよ一護。あなたは死なないと。」

真咲の声がする。
誰のものか分からない声が名を呼んでその生を繋ぎとめようとするのとは正反対の意志を持って。

「一護、あなたは罪人なの。」
『、ちご!いちご!オイ、いちご!』
「罪人は死ななくてはならない。犯した罪を償わなくちゃ。」
『ぃ、ご・・・いちご!・・・・・・一護っ!!』
「・・・ぅ、ぁ・・・・・・」

ガシッと一護の指が真咲の手に喰い込んだ。
そのまま細い指を一本一本外していく。

「・・・一護、あなたは―――」
「俺のおふくろはそんなことを言う人じゃ、ねえ。」

初めて笑顔以外の顔を見せた女に一護はキッパリと告げる。
気づくと右手には使い慣れた巨大な刃―――斬月。
その大刀を振り上げ、「やめて・・・」と顔を強張らせる女の身体を、一護は躊躇いも見せず袈裟懸けに斬り付けた。
途端、女の身体は霞むように消え去り、そしてこの空間を作る闇自体もパリンッと澄んだ音を奏でて亀裂を走らせた。

斬月を振り下ろした格好のまま、一護は地面を見つめて呟く。

「さようなら・・・今はまだ眠っといてくれよ、俺の弱い部分。」














「ぃご・・・いちご・・・オイ起きろよ一護!!」

大きな怒鳴り声を聞いて一護はぱちりと目を開けた。
正面に広がるのは見慣れた己の部屋の天井―――ではなく、(これもある意味見慣れたと言えば見慣れた)真っ白な相棒殿の、珍しくも焦り気味な顔だった。

「・・・ぁ、れ?」
「あれ、じゃねーだろうよバカ野郎が!お前、一体どこに意識飛ばしていやがったんだ!!」

一瞬だが呼吸も止まってたんだぞ、と一護の両肩を掴みながら白い彼が言う。

「ちょ、痛いだろうが・・・ってか、意識をどこかに飛ばす?なんだそりゃ。ただ寝てただけじゃねぇのか?」
「だったら俺が干渉できねぇはずねーんだよ。俺はお前でもあるんだから。」

本当に一体どこに囚われていやがったんだ、と掠れた声で言い、白い彼は一護の肩に額を預ける。

「どうやったって意識は繋がらねぇし、俺が出来ることって言えばもう名前を呼ぶくらいだし、マジで心配したんだぞ・・・!」
「やっぱあの声はお前だったんだな。」
「・・・は?」
「そのお前が言う“俺が囚われていた時”だよ・・・・・・あのユメの中でお前の声が聞こえた。だから俺は現実コッチに戻って来られたんだ。」

言って一護は白い頭を両腕で抱きしめる。

「お前のおかげなんだ。弱い俺を―――すぐに楽になろうとする俺をお前の声が許さなかった。・・・ちゃんと俺が俺であれるよう、お前の声が俺を闇から引っ張り上げてくれた。」
「・・・・・・。」

白い彼は無言で一護の言葉を聞く。
正確な意味は分からずとも、きちんと何かを感じ取ったらしい。
そして一護の肩に額を強く押し付けて、ただ短く「そうか。」と答えた。

「たぶん、もう二度とあんなユメに囚われることはねーから。」
「・・・うん。」
「だから大丈夫。心配させて悪かったな。・・・それと、サンキュー。」
「ああ・・・どういたしまして、だよ。俺の相棒。」








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以下、ちょっと解説。
闇(夢)の中の真咲(一護を殺そうとした真咲)は一護の深層心理の一部です。
あの雨の日のことを最悪の形で引き摺っている部分、とでも言いましょうか。
自傷一護の自傷を促すのは、その部分です。
今回は物理的ではなく、精神的な事象として一護を侵食してきたって感じですね。
そして一護が真咲(夢)を斬月で斬ったのは、それに(一時的な)片をつけるということ。
真咲さんの件は一護の中で一生片付かないことだと思うので、あくまで一時的な処置です。
だから、一護は「もう二度と〜」なんて言ってますが、また何かの弾みで物理的or精神的に一護を侵食してくるのでしょう。
でもきっとその時は白い彼や周りの人達が助けてくれるはず。

―――ってな事は、きちんと作中でお話できれば良いのですが・・・。まだまだ修行が足りないようです。
レオ様、この度は素敵なリクエストをありがとうございました!!