てんてんてんまり てんてまり てんてんてまりの てがそれて





てまりうた





「お前は相変わらずおキレイな顔してんなァ・・・」
「何か言ったか長曾我部。」
「いや、何も。」



戦国大名が常に戦ばかりしているかと言えば、案外そうでもない。
時と場合により敵対することもあれば同盟を組むこともある。
特に共通の敵がいる場合は後者となることがしばしば。
そんなわけで現在、中国の毛利と四国の長曾我部は共通の敵・豊臣軍を持つことによって同盟関係にあった。
実は以前にも両家の間には同盟が成り立っていたのだが、先々代毛利氏の興元(元就の兄)の時に破棄されている。

同盟を組んだ途端、その性格ゆえか、元親の中国訪問回数が急増したのは言うまでもない。
元就も最初のうちは秀麗な顔を顰めていたのだが、もうすでに色々と諦めてしまっているようだった。
しかし彼のすました表情はどうあっても変わらず、それを横目に見て元親は苦笑を噛み殺す。
それが気配でわかったらしく隣からは訝しげな視線が飛んでくるが、あえて気がつかないふりをした。
このように感情を窺わせる視線はやや“あの頃”の彼に似ているかも知れない。
そんな風に思い出すのは、昔、まだ自分が幼く気弱で、それを揶揄する周囲の者達からは姫若子とまで呼ばれていた時代―――。









その頃、毛利と長曾我部の間には同盟が結ばれていた。
ゆえにそう頻繁ではないにしろ、両家を使者が行き来し、時には当主が未だ幼い我が子を連れて訪れることも。
両家にはすでに息子が誕生していたため、女児が生まれた暁には嫁がせるつもりでもあったのかも知れない。
息子を連れて歩くのも、相手方の家に慣れ親しむためと考えられる。
ただ己の父親達の考えなど、当時の元親には予想するだけでそれ以上のことは出来なかったのだけれども。

何はともあれ。

ある日、毛利家の当主・毛利弘元が息子の松寿丸を連れて四国を訪れた。
その知らせを姫若子もとい長曾我部の長子・弥三郎も聞いたのだが、どうしても彼ら親子の前に姿を見せる気にはなれない。
理由は幾つかある・・・が、本質的には一つであるようにも思われる。
女児の着物を纏い、この国の人間には珍しい銀の髪に組紐で作った飾りをつけ、手に持つのは紀州から持ち込まれた小ぶりな手鞠。
外に出ない所為で肌は抜けるように白く、おおよそ将来長曾我部の家督を継ぐべき人間には見えない。
そんな男児らしからぬ姿と生来の控えめな性格とで、姫若子は毛利家親子の来訪にも係わらず、母屋から幾らか距離を置いた離れの縁側に一人、ぽつんと座り込んでいた。
いつもなら数人の仕女が部屋の奥にある人形や手鞠を使って姫若子の相手をしてくれるのだが、今は何故か誰もいない。
しかし見知らぬ人間が増えるならばまだしも減る程度では、人見知りの気もある姫若子の不安を大きくすることはなく、むしろ逆に落ち着いていると言っても良いほどだった。

「そっちに・・・か?」
「いや、・・・は・・・だ!」
「探せ!・・・やく!」

小枝のさえずりに混じって遠くから誰かの声が聞こえてくる。
耳を澄ませてみると、何かを探しているらしいと見当がついた。
仕女達もその何かの捜索に駆り出されているのだろうか。
つらつらとそう考えつつも姫若子はその場を動こうとしない。
一般的な男児なら興味を惹かれて駆け出して行くのだろうが、生憎自分は“一般的な男児”の性格をしていないからだ。
手に持った鞠をころころと転がす。
外を走り回るより、この綺麗な物で静かに遊んでいる方がずっと面白い。
と、その時。

「・・・あっ、」

鞠が手を離れ、外へと転がり落ちた。
取りに行かなければと思い、立ち上がろうとする。

―――ガサガサ

「・・・!?」

突如として近くの茂みが音を立て、そこからひょっこりと何かが飛び出た。
驚きで固まる姫若子の視線の先にあったのは―――顔。
同じ年頃の少年が茂みから顔を出して此方を見つめていた。
幼いながらもすでに優美さが窺える・・・のだが、今は頬に出来た擦傷の所為でどちらかと言うと野性味があるようだと表現すべきかも知れない。
きっと見た目と性格に少々ズレがあるのだろうと判断し、そこでようやく姫若子は落ち着きを取り戻した。

「・・・・・・だれ?」

声変わりもまだ始まっていない声は高い。
女児と同じような声音はその見知らぬ少年にしっかりと届いたようで、彼は数回瞬きを繰り返した後、はっきりと告げた。

「わたしは松寿丸。毛利弘元の次男だ。」

茂みから現れた少年―――松寿丸の着物に目をやり、姫若子は「そう。」と答える。
年恰好と着ている物、そして現在この家に訪れている親子のことを統合すれば、おそらく少年の言ったことは真実だろう。

松寿丸が一歩踏み出し、姫若子の方へ近づこうとした。
だがその足にこつりと当たる障害物。先程姫若子が落としてしまった手鞠である。
松寿丸は鞠と姫若子を見比べ、やがてそれを手に取ると「これはお前のか?」と問うてきた。
姫若子が小さく頷くと松寿丸は鞠を手に持ったままサクサクと歩いて距離を詰める。
あっという間に手が届く範囲までやって来た少年に姫若子は身を堅くしたが、同盟国の子息に対して失礼にならぬようそれでも小さく微笑んだ。

「ありが、とう。」
「・・・!いや、かまわん。」

目元を薄い朱に染めてそっぽを向いた少年に胸中で小首を傾げつつも姫若子はその手から鞠を受け取る。
次いで様子の変わった少年にどうかしたのかと問おうとした時、松寿丸が突然姫若子の方に向き直った。

「お、おい!」
「なに・・・?」
「えっと、その・・・お前の名を聞きたい。長曾我部氏にわたしと同じ年頃の娘がいたとは知らず・・・」

松寿丸の言葉に姫若子は「あ、」と口を手で覆った。
勘違いするのも無理はない。
今の姫若子の姿は性別の判断がつきにくい齢も味方して、どう見ても少女なのだから。
つまり、おそらく松寿丸は「もしかしてこの少女が己の嫁になるのか」と思ったのだ。
ならば少年が赤くなったのも納得がいく。

早く名は弥三郎であると告げるのと共に自分は男だとも伝えなければ―――。

「わたしの名は、よ「姫若子様、こちらに毛利のご子息が・・・松寿丸様!?」
「見つかってしまったか。」

仕女の一人が現れ、松寿丸を見た途端、そう叫んで目を丸くした。
松寿丸も己を探していたことがありありと解る者に名を呼ばれ、今にも舌打ちをしそうな雰囲気を纏い始める。
しかし仕女は構わず大声で松寿丸の発見を叫び、幾らもしないうちに次々と大人達が姿を見せた。
姫若子の答えは途切れたまま、複数の声が離れに満ちる。
やがて「心配いたしましたぞ!」「もうこれ以上ご勝手な真似は・・・」という台詞つきで松寿丸は駆けつけた供の者達と共に離れから去ってしまった。

大勢の大人達に気圧されていたけれども、再び静かになった室内で手元に戻って来た手鞠を眺めつつ姫若子は思う。
なんとも間の悪い家臣達だ、と。

「今度あいつが来たら、ちゃんと父上の傍にいようかな。」

そうすれば次こそ名前を告げることが出来るだろう。
勿論、男物の着物を纏って、性別の誤りも正さなければ。
誤解されたままではあの綺麗で親切な少年と友達にすらなれない。
少し勇気を出してみようと決心しながら、姫若子は手鞠を抱き寄せてこくりと頷いた。









「ま、結局は俺が言う前に全部親父達から知らされてたみたいなんだけどな・・・」
「さっきから何なのだ貴様。言いたいことがあるならはっきりと申せ。」
「いや、別に。ただの独り言だって。」
「ならばもっと我に聞こえぬような声で言うが良い。」
「・・・“一人になりたいなら我は今すぐ四国を立ち去るが?”とか言わねえんだな。」
「言って欲しいならそうしてやるぞ。」
「すみません調子に乗りました。」

地を這うように低くなった声で返され、元親は慌てて頭を下げる。
元就が「ふん・・・」と呆れやら何やらの混じった返事らしきものをしつつも腰を上げなかったことに安堵し、元親は思い出した過去と今の元就を比べて胸中で小さく笑った。
大人達から己の名と性別を知らされた松寿丸は色々と言いたいことが在ったのだろうが、男児姿の姫若子を見てそれらを全て飲み込み、今と同様に姫若子を受け入れてくれた。
彼は成長してより美しく、またとても冷たい顔の青年へと変化したけれども、そういう根底の部分はずっと同じままらしい。
そしてまた、元就の態度を嬉しく思う自分も昔と変わらず胸に居て、元親は隣の秀麗な相貌を眺めて口元に薄らと笑みを刷いた。








『章立』の兄弟殿に捧げます。
チカナリでなければナリチカでもないような・・・。要・リベンジです(反省)
以下、あってもなくても変わらない(?)注釈。
松がドキマギしてるのは「嫁!」って思いついたからじゃなく、姫の笑顔に胸キュンしたから。
姫は人見知り気味で引っ込み思案だけれども、本当は頭のキレる聡い子だと思う。
姫若子呼びは侮った呼び方だそうですが、ここでは愛称の意もあるってことで(笑)
松(幼少期の元就)はやんちゃだったと勝手に妄想。