怪現象が起こるワケ
俺がこの世界への不干渉を決め込んでから三年と幾らか。
代わりに無自覚で不可思議な現象を起こしてくれる力の委託先(コピー先)である少女の傍で高校生としての生を送るうちに、俺はまあ何と言うか、少し前に非常に普通の人間っぽく恋愛というものを体験してしまった。しかもそれは、現在進行形だ。 ただ世間一般で言う『普通』と違ったのは、その相手が男であり、俺もまた男であったことだろう。 相手の名は、古泉一樹。 同じSOS団に所属する、俺と合わせて団でたった二人の男の片方だった。 詳しい経緯は省かせていただく。とりあえずは、何を思ったか奴がいきなり襲いかかってきたり、実は面食いな俺があまりそれを嫌がらなかったり、そんでもって相手が調子に乗ったりと、まあ、たぶん聞いてる方も聞かせてる方も恥ずかしくなるような感じだ。今時どこの少女漫画にも使われないストーリーだと思うぞ。 とにかく。 色々あったり無かったりして、今に至るわけだ。 っとまあ、そんなことを考えながら俺がどこで何をしているのかと言うと、 「・・・負けました。」 文芸部部室で古泉とオセロ、だ。 僅差で負けても大差で負けても――もはや負けることは必然になりつつある――崩れない微笑を俺に向けて、目の前のイケメンは穏やかにそう言った。 「もう一戦お願いします。」 「ああ。」 オセロ一戦にそれほど時間が掛かるわけでもない。 長門が本を閉じるまであと一回か二回分くらいの余裕もあるだろうし、俺は軽く頷いて承諾する。 声は多少素っ気無かったかもしれないが、別に嫌ってるわけじゃない。こう返してしまうのが俺なのであり、変えるにはそれなりの時間が必要になるだけの話だ。むしろ古泉とそういう関係になってからは楽しいと思えるようになりつつある、と言えなくもない。今の俺の中では勝敗がわかり切ったゲームをすることも、その間に古泉の薀蓄を聞くことも、退屈だと感じるよりは穏やかな気分になる割合が殆どを占めるようになっていた。 いくらゲームは負けるより勝った方が楽しいと言っても弱すぎる相手じゃ意味が無いし、それに古泉の口から流れ出す薀蓄だって俺にとっては珍しくもなんともないことだらけで本来なら面白い事など欠片も無いって言うのにな。 相手が違うだけでこうも受ける感覚が違ってくるものなのかと新鮮な驚きを感じつつ、俺は緑の盤に張り付いた白黒マグネットを剥がしていく。 だがすぐに、同じようにマグネットを回収していた古泉の様子が変化し始めた。 そわそわしている、という表現がぴったりかもしれん。ふいに指の動きが止まって纏う雰囲気が微かに変わったのだ。 俺は同じ部室内でいつもの団長席に座っているハルヒにこっそりと視線をやる。 マウスを右手で操り、カチカチという音を鳴らしながら、時折キーボードを叩く仕草は普段と変わりない。しかしまあ、注意してよく見れば、そのカチカチというクリック音やタイプ音が微妙に強く、またディスプレイで隠れた表情は見えずとも漂ってくる気配がイライラと称するに相応しい様相を呈し始めたのがわかった。 いやそれよりも前に、いつもは聞かないようにしている個人の思考――心の声と言うべきか――に耳を傾ければ彼女が何に対してどう思っているのか、つまり何があってどうしてイラついているのか、俺には簡単に知り得た。 このまま放置すれば確実に閉鎖空間発生だろう。 ハルヒの感情に敏い古泉は俺がそうであると気付く前に彼女の変化を察知していた。で、予想される未来に落ち着けなくなってしまったわけだ。今頃頭の中では必死に対策を練っているのだろうが、こんな平凡な日常でそうそうハルヒにとって面白いことが起こるはずもない。 それすら理解している所為か、ちらりと寄越された視線には諦めと謝罪が含まれていた。誘っておいてなんですが、どうやらもう一戦というわけにはいかなさそうです。ってな。 しかしそれを簡単に了承できるほど俺も他人に無関心じゃない。ましてや愛しさを覚え始めてる人間が相手ならなおさら、何とかしてやりたいと思うもんだろう?古泉が危険な場所に赴くことも、こいつと一緒にいられる時間が削られることも、俺にとってはどちらも賛同しかねる事態なのだ。 けれども"一般人である俺"は、いきなりハルヒの機嫌を上昇させるような手なんて持っていない。古泉に言わせれば俺はそれなりにカードらしきものを持っていると言うことだが、こんな関係を築いておきながらそのカードを使うのは些かどころかかなりどうかと思うね、俺は。 ってなわけで、一般人には打つ手無し、だ。 思考がそう結論付けて俺は苦く笑った。もちろん表情には出さず、心の中だけでだが。 全ての駒を回収し終えたオセロ盤は緑の面と黒い線を露わにしている。このままゲームをスタートさせることも、また終了して棚に収納することも可能だろう。 古泉は一見していつもの微笑をその顔に浮かべ、俺を見ていた。 さて、と心の中で呟く。 考えるまでもないよなぁ?俺。やりたいようにやればいい。三年前まではそうだっただろう?なに、別に特定の誰かが迷惑を被るなんてことも無いはずだ。むしろ喜ばれるんじゃないか?だから。 古泉を見て、オセロ盤を見て。それからハルヒへと視線を移して俺は小さく息を吐き出した。 ―――よし。 ピコン、とハルヒが操るデスクトップパソコンにメール着信の合図が鳴る。 我らが団長殿はすぐさまその珍しい音の原因であるメールを開き、そして声を上げた。 「ちょっとこれ見て!ついに来たわよ依頼がっ!匿名ってのが怪しいけど、この近くで怪現象に遭遇ですって!!」 一気にイライラを霧散させ、ハルヒは太陽もかくやと言わんばかりの輝く瞳を俺達に向ける。 メール着信、そして歓声のタイムラグからしてまだメールタイトルか本文の最初しか読んでいなかったのだろう。星をこれでもかと散りばめたような瞳はすぐにディスプレイへと向け直されて、代わりに刻一刻と楽しそうな気配がハルヒの全身から噴き出しているようだった。 俺と古泉は顔を見合わす。 何でしょうか?とか、ほっとしました、とか。良すぎるタイミングに思うところはあるのかもしれないが、大方古泉の思考は安堵に占められているらしい。俺もそんな相手に苦笑染みた表情を浮かべる。 「あーもう!今日は時間的に無理じゃない!仕方ないわ!明日は休みだし、みんなで朝から行きましょう!九時にいつもの場所に集合よ!わかったわね!?キョン!!」 「なんで俺だけ名指し・・・じゃなくて。わかったよ。何か必要なものとかあるか?」 「そうねえ・・・」 その高性能な頭をここぞとばかりにフル回転させている少女に大袈裟ではない程度で肩を竦め、それから綺麗にケースへと収められていた白黒の駒を手に取った。古泉を見やれば、了承しましたと同じように駒を手にする。 緑の盤の中央に白二枚、黒二枚を置いて、さあゲームスタートだ。 「お手やわらかにお願いしますよ。」 「それなりに、な。」 明日、具体的にはどんな面白いことをハルヒに体験させてやろうか考えながら、俺は黒を表にしてそれを緑の盤へと打ち付けた。 『眠り月』の織葉様に捧げます。 サイト10万hitおめでとうございます・・・! 「神キョンで古キョン」ということで、こちらはキョンのみ自覚版として書かせて頂きました。 古泉自覚版と比べれば幾らか爽やかなのですが、代わりに今度はキョンが過保護すぎ・・・? 織葉様、この度はリクエストありがとうございました! |