僕はあなたを愛してる






「ちょ、おまっ・・・!こんな所で!?」
 部室で彼を押し倒し、焦りを帯びた声を聞きながら僕はにこりと微笑んでその唇に指を押し当てる。
「平気ですよ。あなたが静かにしていてくだされば。」
「んなことよりまずこの体勢をどうにか、」
「黙って。」
「っ、んぅ・・・!」
 指の代わりに僕自身の口で言葉を止めた。
 歯の合わせ目を舌で突いて薄く開いたところを見計らい中に侵入。上顎を舐り、更に奥で縮こまる彼のものと絡め合わせて、いつ涼宮さん達が戻って来るか判らないこの状況で綱渡りのような行為に耽る。離れろと肩を押しやられるが、その程度の力ではただのポーズとしか思えない。それにどうせ、もう間も無く拒絶は許容へと変わるだろう。縋りつくという形によって。
 薄く目を開けて眼前の顔を見つめる。耐えるようにきつく閉じられ、朱に染まった目元が愛おしい。
 もう何度も交したと言うのに未だキスに慣れない彼のため、時折呼吸に合わせて隙間を開ける。そんな時にひぅと一生懸命息を吸い込む様すらこの胸を熱くさせるだけ。
 僕だけに見せる、僕しか知らないこんな彼。
 愛しい愛しい愛しい。留まることを知らず増し続ける想いにどうにかなってしまいそうだ。
「うぁ!?お前どこ触ってやがる!」
「どこって、訊かずともおわかりでしょう?」
「そう言う意味で訊いたんじゃなくてだな、ってオイ!」
「照れなくてもいいじゃないですか。あなたが興奮しているように僕だってちゃんと同じようになってますよ。」
「っ!」
 言いながら、途中で弄りだした彼のものに僕自身のものを擦り付ける。彼のものは僕が触ったのが原因の大半を占める形で硬度を増していたが、僕のは――僕自身にとっては当然のことだが――彼の姿を見ていて自然とそうなってしまった。それが解ったのか、それともただ単に局所から脳へと送られた刺激のためか、ズボン越しの感触を受けた彼が耳まで真っ赤に染まる。
「古泉っ、」
「はい?」
「やめろっ!ハルヒにばれたらどうすんだよ・・・!」
 見れば、目尻に透明な雫が浮かんでいた。ああ、可哀相。可愛そう。普段は涼宮さんの気持ちに気付く素振りなど欠片も見せないくせに、こんな場面を彼女に見られたら僕達がどうなってしまうのか、やはり見当がついていたのだろう。
 この想いが無くなるか、僕が消えるか、世界がまるごと改変されるか。
 どれになるかは実際起こってみないとわからないが、それでも今の僕達が僕達で無くなってしまうのは確実。
 けれど。
「大丈夫ですよ。」
 塩の味がする液体を唇で吸い取って潤んだ瞳を覗き込む。
「ばれないようにやってますから。」
(本当はあなたがそう望まない限り、この想いが消えることも僕が消えることも世界が改変されることもないんです。)



* * *



 彼の存在を初めて知ったのは涼宮ハルヒが高校生になって暫く後・・・ではなく、真実はその三年ほど前。この身に限定的な超能力が宿ったのと同時だった。
 僕はその時『神』を知った。それがどんな姿でどんな力を持ち、僕がそれに対してどうあるべきかというのをまるで本能のように悟っていた。
 抱いたのは畏敬と心服の情、そして敬愛。世界の全てが彼のために在るのだと知り、僕がそれに気付けたことに歓喜した。でも一方で僕が彼を知りながら彼が僕を知らないことに涙した。
 加えて、この身に宿った能力が彼のために使われるのではなく、ある少女のために使わなくてはならないという事実が酷く僕を打ちのめした。だってこの力は彼から与えられたものなのに。ただ普通の、思考が少々他より飛び抜けているだけの少女の精神世界とも呼べる暗い空間に入り込み、中で暴れる怪物を駆除するための力なんて、それが"彼にとって"一体何の役に立つだろう?今はまだ彼自身に自覚が無いとしても、それでも力は確かにあるのだから、例え閉鎖空間が世界を覆いつくしてしまっても彼が望めば何だってどうにでもなる。
 彼の精神世界に足を踏み入れることが出来るならば喜びもしただろうが、そんなわけで僕は苦痛の三年間を送った。いつも心を乱してばかりの少女の尻拭いのため、無音の闇と暴力的な怪物に立ち向かってきた。それでも我慢出来たのは、この状況ですら彼が創ったものだと理解していたからだ。これも彼の意思ならば従おう、と僕は彼への敬愛だけを支えにその苦痛を耐えた。
 そして三年後。与えられた理不尽な能力や役割は全てこのためだったのだと解った今の僕は、ずっと続いてきた苦痛が実は幸福であったのだと言えるだろう。
 死にそうな思いで過ごしてきた三年間。
 でもこれが、彼と出逢うために、彼と恋に落ちるために必要なことだったのだ。
 機関に所属し、この高校に転入し、そして彼と出逢った。彼が僕を知った。その時の歓喜を僕は言葉にすることが出来ない。それくらい嬉しくて、涙が出そうで、溢れんばかりの思いで胸が張り裂けそうだった。
 幸福は一度得てしまうと際限なく求めるもの。僕もその例に洩れず、彼が僕を知ったという幸福を得た後は次にもっと彼の深い所に僕を迎え入れて欲しいと思った。言葉を交わし、その手に触れて、僕がどんな人間かを知って―――。
 そうしていくうちに、いつからか僕が彼に向ける感情が敬愛だけとは言い辛くなり始めた。今思えば、それは僕が彼を『神』だけではなく、きちんと『彼』として見始めたからなのかもしれない。彼という『人』がどんなに魅力的な人なのか、僕は言葉を交わして同じ空間を共有することで徐々に知っていき、そして惹かれたのだろう。
 神への敬愛と彼への恋情。
 二極における最上級の想いを彼に抱き、今の僕がある。



* * *



「愛してます。」
 そんな、単純ゆえに純粋な言葉として。
 神だけが相手では至らない、人だけが相手でも至らない、もっとずっと大きな想いの欠片を彼の耳に吹き込んで、僕はゆっくりと口付けた。








『眠り月』の織葉様に捧げます。
サイト10万hitおめでとうございます・・・!
「神キョンで古キョン」ということで、こちらは古泉のみ自覚版として書かせて頂きました。
もう一方のキョン自覚版と比べてみても、なんか物凄く愛が重い・・・
足して割って頂ければちょうど良いかもしれません(苦笑)