So, I meet you !






 放課後は部室へ。
 それが習慣と化して久しい某日の、いまだ午後の授業が残った状態にある昼休憩時のこと。
 機関絡みの所用で人気の無い廊下を歩いていた僕は、放課後や休日の市街探索ならまだしも、この時間帯この場所においては少々不思議に思える組合せを見かけた。
 長門有希と、彼。
 手洗い近くの廊下の窓際で彼が長門さんに対し何度も何度も頭を下げている。遠目ながらもその雰囲気から察するに、謝罪というよりは感謝の気持ちを表しているらしい。
 また何か問題が起こったのだろうか。閉鎖空間が発生したわけではなさそうなので、もし本当に何か問題が起こっていたとしても僕に出来ることなど殆ど無かったのだろうけれど。
 とにかく。僕に出来ることがあろうと無かろうと、現時点においてはその何かも解決したらしく、僕には関係ないものとして終わってしまったようだ。もし(話を聴く立場として)面白いものであったならば、あとで彼の口から聴いてみたいとも思う。その時はきっと、いかにも面倒臭そうな彼の顔も同時に拝めるのだろう。
 そう思い、僕は口元に笑みを刻みながら二人の方へ足を向けた。
「こんにちは。こんな所で会うなんて奇遇ですね。」
「っ!?」
「・・・どうかされましたか?」
 おかしい。僕はいつもどおりだったはずだ。
 けれど僕が声をかけて姿を見せた瞬間、彼は過剰なまでに身体をビクつかせた。対して、長門さんはいつもの如く直立不動でその硝子のような瞳にこちらの姿を映しただけ。もともと僕に彼女の些細な変化を見分ける術など無いが、それでも何も言わない・何も行動を起こさないところからすると、異常があったわけではないだろう。
 そうそう。近づいてやっとその存在に気付いたのだが、彼が驚くのと同時、手に持っていた何かを隠すようにズボンのポケットに突っ込むのが見えた。白っぽい手のひらサイズのものだということは判ったのだが、すぐに隠されてしまって一体何だったのかは不明である。
「よ、よう。古泉。奇遇だな。」
 焦っていますビックリです、という感情を顔にありありと浮かばせてそう言う彼。まるで親にエロ本が見つかった時のようだ、と例えてしまうのは些か不謹慎だろうか。もしくは"古泉一樹のキャラクター"に似合わない、とか。
「何をそんなに慌てていらっしゃるんですか。また何か問題でも?」
「いや、そう言うわけじゃない。・・・だよな、長門。」
「そう。」
 彼が同意を求めると、長門さんは淡々と短く返答する。もしかすると頷くという動作もあったのかも知れないが、生憎僕には判らない。しかし判っているのが声だけであっても彼女がそう言うのだから、僕が気に掛けなければいけない問題はきっとは無かったのだろう。
 それならば、あとは何も気にせずこの場を去ってしまえばいい。必要なこと以外に首を突っ込む理由は無い。しかしそれは機関に所属する者としての意見であり、転校当初ならまだしも今の僕は自分をそれだけの人間だとは思っていなかった。僕は機関の人間であると同時にSOS団の副団長であり――こう言うと彼は嫌がるだろうが――彼の友人でもあるのだから。
 どこか様子がおかしい友人を気に掛けるのは人間として当然のことであるはずだ。ゆえに僕はこのまま当たり障りのない会話を二言三言交して去ってしまおうなどとは思わなかった。例え最終的には「何でもない」と押し切られてしまうとしても、自分はあなたのことを気に掛けているのですよ、という意思表示くらいはさせて欲しい。
「そうは仰いますが、長門さんにとって問題ではなくとも、あなたにとっては別かも知れませんよね?」
「え、いや、その・・・」
「何を隠していらっしゃるんです?」
「や、だから・・・っ、」
 ずい、と顔を近づけると、それに合わせて彼が一歩下がる。こちらはまた一歩踏み出す。
 それを三回ほど繰り返した時、僕は間近にある彼の目元が赤味を帯びてきたことに気付いた。おや?と思ってもう一歩前進。すると赤味は増し、加えて瞳が潤みだして―――。
「・・・え?」
 どうして泣くんですか・・・!?
 まだ瞳から液体が流れ落ちたわけではない。しかし顔を寄せて間近で拝見した彼の顔、その一対の瞳にははっきりと許容範囲ギリギリの液体が溜まっていた。
 瞬きでもすればあっという間に零れてしまうに違いない。けれど、なぜ。どうして今、彼がこんな表情をしているのだ。
「・・・・・・ろよ。」
 ぼそり、とした呟きに「はい?」と訊き返す。
 その答えが叫びとなって返ってくるのと、瞬きをした瞳から涙が零れ落ちるのは同時だった。
「離れろよっ!!」
 ドン、と衝撃が来て後ろへよろめく。
 二・三歩たたらを踏んで唖然と見つめた先では、小さく毒づきながら彼が乱暴に涙を拭っていた。
 何度も何度も制服の袖で目元を拭う彼の傍ら。それまで僕達を静観していた長門さんが小走りに彼へと近づいて、慰めるかのようにじっとその顔を見上げる。それから僕の方へ視線を移すと、抑揚の無い声で「今はだめ。」と言った。
「どういうことですか。どうして、」
「今は言うべき時ではない。彼も突然のことで混乱している。だからもう少し、待って。」
「・・・・・・・・・わかりました。」
 長門さんにそう告げられては僕もこれ以上何かを言う気にはなれない。少しの逡巡のあと、そう答えて身を引く。彼女の「"今は"だめ」という言葉を頼りに、彼女もしくは彼らが話してくれるのを待つしかないのだろう。
 僕は視線の合わない彼に「すみません。」と告げてその場を後にした。



+ + +



「その・・・昼間は悪かったな。」
 彼がそう切り出してきたのは部活ならぬ団活が終わり、皆が坂道を下った先で三々五々に別れた後だった。
 わざわざ長門さんを連れて追いかけて来てくれたらしい。
 あの時のことを早く教えて欲しかったのは事実だが、何もこうして今日中でなくとも良かったのに、とは思う。そんな風に彼らの手を煩わせてまで僕の探究心を満たす必要は無いのだから。でも実際にこうやって来てくれるのが彼の彼たる所以なのだろう。なんだかむず痒い。
「いえ、僕の方こそ。失礼なことをしてしまったようですし・・・。」
 涙目になっていた彼を思い出して、すみませんでしたと頭を下げる。
 ちなみに、今僕達が向かっている先は長門さんのマンションだ。落ち着いて話をするにはその場所が適しているらしい。まあ、僕もそう思ったので特に異論は無い。
 全身を夕陽で赤く染めて、彼は苦笑と共に吐き出した。
「謝るのは俺の方だ。驚いただろ、いきなりあんな顔見せて。」
「・・・確かに、正直言うとかなり驚きましたね。」
 男だから泣くのは可笑しいと、そういうわけではない。ただ、僕が顔を近づけただけで(だけ、とは言い難いかも知れないが)彼があのような態度を示すというのが奇妙だったのだ。
 こう言うのもなんだが僕は普段から彼に接近して話をすることが多い。話の内容ゆえに自然とそうなってしまいがちなのだが、これまで彼に顔を顰められることはあっても、過剰に拒否されたり泣かれるということは一度も無かった。例外は今日の、あの一度だけ。
 何が彼にそうさせたのだと言うのか。
 長門さんのマンションに着くまで彼は何も明言する気が無いらしく、僕の疑問に対する答えの上辺を掠るような会話だけが続いた。
 そして目的地に到着。現代的なスッキリとした外観を持つマンションの七階、705号室。
 長門さんに招かれて彼と僕もその部屋に足を踏み入れた。
「長門、今日はカレーいいから。とりあえずお茶だけ、俺がするよ。」
「わかった。」
 キッチンへ向かおうとしていた長門さんを呼び止め、代わりに彼が部屋から姿を消す。長門さんらしいと言えば長門さんらしい部屋にその主と二人きりで残され、沈黙が落ちた。
「・・・えっと、彼はよくこちらにいらっしゃるみたいですね。」
「そう。」
「カレーがお好きなんですか?」
「好きでも嫌いでもない。ただ彼が来て長くここにいる場合はカレーを作ることが多い。」
「なるほど。そして今日は話が長くなるかも知れないから長門さんはその準備をしてくださるおつもりだったんですね。」
「そう。しかし彼が今のように自らキッチンに立つ場合、話は短時間で済むか、もしくは彼が料理を作るかのどちらかに分かれる。」
 それはつまり、話が長くなった場合は彼の手料理が食べられるということだろうか。・・・それはなんともレアな。
 アルバイトのこともあって自分で料理を作る機会も少なく、言ってしまえば家庭の味に飢えている身としてはちょっとばかり楽しみだ。小学生の妹さんを持ち、しかも感じからするとよくこの部屋で料理を作っているらしい彼のことだから、中々のものが出来上がるのではないだろうか。
「とらぬ狸の皮算用は止めておいた方が賢明でしょうかねぇ。」
「なに?」
「いえ、ただの独り言です。」
「そう。」
「ん?何話してんだ?」
 彼がお盆を持って帰って来た。
 お盆の上には湯飲みが三つと急須が一つ。しかも湯飲みの方は色違いのセットらしきもの二つと、それとは関係無さそうな無地ものが一つだ。明らかに彼はここへとよく訪れていることが察せられる。
 席に着き、慣れた手つきで茶を注いだ彼は無地の湯飲みを僕の前に置いて薄水色がかった湯飲みを長門さんの前に置く。そして薄桃色のそれを自分の前へ。・・・これは僕の偏見なのかも知れないが、彼と長門さんの前に置かれた湯飲みは逆なのでは?しかし二人とも平然と各自の茶を啜っている。僕もそれに倣って口をつけるが、あ、おいしい。朝比奈さんと並びますね。いやそうじゃないだろう自分。
「どうした古泉。なんか珍しく百面相なんぞしてるが。」
 尋ねられ、僕は言ってしまって良いものかと逡巡する。とりあえず「このお茶、おいしいですね。」と答えれば、「んなことでお前が百面相するはずないだろう。」と一蹴された。ごもっともです。
「・・・・・・湯飲み、あなたがピンクなんですね。」
「あー・・・まあな。」
 返って来たのは言われてようやく意識したと言わんばかりの答え。それは少し戸惑っているようにも見える。
 彼は迷うように人差し指で頬を掻き、それから長門さんに視線をやる。視線を受けた長門さんは無言のまま。しかし彼の表情からは少しばかり戸惑いが抜けたようにも感じられた。どうやら今回の彼女の役目は部屋を提供するだけでなく、無言のままそこに"在る"ことで彼の精神安定剤もしくは安心の源となることでもあるようだ。
 案の定、彼は長門さんにチラリと目をやった後、決心したように一度だけ小さく頷いた。
「それじゃあ、その答えも含めて本題に入ろうと思う。解ってると思うが、これから話すことは他言無用にして欲しい。」
「機関にも内密に、ということですね。」
「ああ、頼む。」


「俺は、お前からどう見える?男か?女か?」
「いきなり何ですか。どう見たって男性でしょう?」
 さすがに一介の女子高生がそこまでしっかりした体つきを持つとは思えない。彼は"男として"ガッシリ系などではなかったが、だからと言って女性的という風でもないのだ。
 僕の返答に彼は「だよな。」と頷いて肯定を示す。
「でもそうすると、『機関』は俺の戸籍まできっちり見たわけじゃないのかも知れないな。」
「・・・どう言うことですか?」
 僕自身、機関がどのような手段で情報を集めてくるのか正確に把握してはいない。戸籍まで調べているのか、それとも他の調査方法によって必要な事柄は全て得ることが出来ているのか。だって手段はどうであれ、情報を渡される"末端"の僕にとって重要なのはソレが正しく事実であり、なおかつ任務において役に立つかどうかなのだから。
 しかし今の彼の言い様からすると、機関、少なくとも僕が認識している彼の事実の一部において何か誤りがあるらしい。それも戸籍に載るような情報に関して。
 名前や住所については問題ないだろう。実生活できちんと機能しているのだから。
 では、家族構成か?それも何となく違う気がする。これは彼の友人としての僕が感じているものなのだけれど。
 だから、という接続詞を使っていいのかどうか解らないが、とにかく『だから』、僕は先の会話を回想しつつ一つのことに思い至った。―――"俺は、お前からどう見える?男か?女か?"
「・・・例えあなたが実は女性でしたと言われましても、俄かには信じられませんよ。」
 先手を打ってそう告げると、彼は長門さんと顔を合わせてクスリと笑った。
「だそうだ、長門。やっぱりここはお前に説明を頼んだ方がいいのかも知れん。俺が口でどうこう言うよりお前が言ってくれる方が信じてもらえる可能性は高い。」
「わかった。」
 そう答え、長門さんはこちらに顔を向ける。硝子玉のような透き通った瞳に見据えられると無意識に背筋が伸びてしまうのは何故だろう。
 僕はなるべく普段通りの微笑を浮かべるよう意識してその視線を受け止めた。
 長門さんが小さく口を開く。
「彼――都合上、そう呼称する――の性別は戸籍に記載されていない。現時点では保留。正誤は調べれば判ること。」
 淀みなく、そして淡々と告げられた台詞は僕が予想していたものと少しばかり異なっていた。てっきり彼が女性であると言うとばかり思っていたからだ。
 僕は彼女の告げた事実に常日頃の表情を今も保てているのか自信が無い。
 ともかく、長門さんの発言をもう一度脳内で再生してみよう。・・・―――彼の性別は戸籍に記載されていない。現時点では保留。
 それはつまり・・・と、思い当たることがあって僕は一つの単語を発した。
「半陰陽。」
 その場合、望めば戸籍の性別欄を保留のままにしておくことが可能だからだ。
「そう。半陰陽、両性具有、アンドロジニー、インターセックス、と様々な呼称がある。またその性質を持つ人を半陰陽者、インターセクシュアル、ハーマフロダイト、アンドロギュノスとも。彼の場合はその中でも真性半陰陽という部類に当たり、膣と男性器の両方を備えている。更にそれらは完全に機能しており、これは半陰陽においても非常に珍しい例である。しかし念のため付け加えておくと、これに涼宮ハルヒの関連性は認められない。」
「原因は不明だ。染色体がきちんとXYだったから性ホルモンの所為だろうとはされているが・・・まあいいか。そう言うわけで、ご理解いただけたか?」
 長門さんの後にそう続けた彼が、怒るでもなく悲しむでもなく、そして恥じるでもなく、いつも通りの調子で話を振る。
 僕は僕で、彼の状態が涼宮さんの影響ではないという言葉に何故か安堵を覚えていた。彼を構成する要素の一つとして他者の思惑が混入していなかったため、なのだろうか。性別の区分が如何であれ、自分が見てきたのは本来の彼であったのだ、と。
「事情はわかりました。しかしどうしてそれを僕に?」
 思えば、別に僕が錯乱した彼を見てしまったからと言って彼らがその理由を話す必要は無いのだ。言いたくないのなら誤魔化すなり何なりすればいいのだし、僕だって自分の知的好奇心と彼の心情を天秤にかけてどちらを取るかという思考くらい出来る。だからと言って本当に誤魔化されたりすれば、こちらも幾らか何とも言いがたい感情を覚えなければならなかっただろうが。
 見据えた先の彼は僕の問いかけに苦笑を浮かべて「だってなぁ、」と頭を掻く。
「それはお前があの場面を見ちまったからってのと、俺も長門も約束を破りたくなかったから・・・。そして、お前なら言っても大丈夫だと思ったから、かな。だよな、長門。」
「そう。あなたなら話しても大丈夫だと判断した。あなたは彼にとって信用に足る人物だから。」
「そうですか・・・でも・・・えっと、その、嬉しいことですね。」
「だからってハルヒや朝比奈さんが信用ならないってわけじゃないぞ。余計な事で首突っ込まれたり要らぬ心配をかけたりしたく無かったからだ。その点お前は多少のことじゃ揺るが無さそうだしな。少なくとも表面上は。」
 僕の返答に被せるようにして彼が早口でそう告げた。視線を逸らしているのが、まあ、その、何と言うか・・・可愛らしいと思ってしまったのは致し方ないのだと主張したい。本人には言わないから大丈夫なはずだ。
 ありがとうございます、と告げれば、彼はそっぽを向いたまま「別に。」と呟く。しかし話をここで終わらせるつもりが無かったからか、視線の向きを元に戻して「話を戻すぞ。」と先を続けた。
「それで、昼間の理由だが・・・まあ何だ。俺はつまり身体だけでなく精神の方も男と女の両方があってな、それでたまたまあの時は女の方が強くなってたんだよ。だからいつもどおりの『男の俺』とは違う振る舞いになったわけだ。普段は『男の俺』をきちんと意識して表面に出してるからそういうことにはならないんだがな。」
「それならどうしてあの時だけは女性の方が強く出てしまっていたんですか。あそこも普段の、男性としてのあなたの生活空間だと思うのですが。」
「それは・・・」
 口篭り、僕の見間違いでなければ、彼は恥ずかしそうに少しばかり困ったような表情を浮かべた。折角こちらを見ていたのにキョロキョロと目が泳ぐ。
「お前、俺が持ってた物が何だったか見た?」
「白い何か、というところまでしか。」
「あー・・・そうか。・・・いや、こればっかりは男としても女としても言い難いもんだな。」
 後半は自分自身に語りかけるように。こちらがギリギリ聞き取れるような音量で呟いた。
 そして意を決したようにポツリ、と。
「あのな。せーり、だったんだよ。」
「・・・え?」
「だーかーらー、生理だっつの!そんでもって俺はあン時、長門にナプキンを出してもらってたんだよ。いつもの呪文みたいなやつで空中からぱぱっと。」
 言いきった彼の顔は真っ赤だったが、きっと僕の顔も彼と同様なのではないだろうか。鏡が無いので自分の顔を見ることは叶わないが、上昇してきた頬の温度が今の状態を裏づけている。余計なことに。
 普段ならきっと赤くなったりしない。そういった事柄は僕にとってただの情報でしかないからだ。つまり生物の授業で生殖に関することを学ぶのと同じ。しかし正面で赤い顔をしている彼につられてしまったのか、今だけは例外らしい。
「うっかり忘れちまっててなー。他人には借りるに借りらんねーし。」
 ひとこと言い出してしまえば後は楽なのか、頬が未だ赤味を帯びたままでも彼はそう説明を付け足す。しかし、ああそうなんですか、とこちらの口から出た相槌は反射でしかない。仕方ないだろう。だってどうしてか解らないが、とにかく恥ずかしいのだから。
「・・・って、古泉。お前までなに赤くなってんだよ。」
「気にしないでください。」
「そう言われても気になるもんは気になる。つーかお前がこんな話で赤面するのって意外だな。イメージとしてはそれ以上のことも平気で口にしたりやったり出来そうなんだが・・・なあ?」
 最後の問いかけは長門さんに向けられている。
 彼に同意を求められた長門さんは僕の方をじっと見つめると、やがて彼の方に顔を向け直して小さく頷いた・・・らしい。彼が「だよなぁ。」と言ったので間違いないだろう。
 その後、さらに長門さんはまた僕の方を見て、
「あなたの容姿と"表面的な"態度は世間一般に見て優れており、ゆえにあなたに対して好意を抱く人間――主に女性――は多い。そのことから、第三者の視点においてあなたは所謂『経験豊富』というカテゴリに属するものと推測される。」
 そう淡々と説明した。
 わざわざありがとうございます。なんだか最初の方に微妙な言い回しがあったような気がするんですが、きっと気のせいですよね。長門さんってあまり比喩とか遠回しな言い方とかちょっとしたニュアンスの違いを出す言葉とか使いませんし・・・。うん、そうですよね。
 って、そう言うことは今は関係なくて。
「弁解させて頂きますが、僕、そんなにふしだらな人間じゃありませんよ。これでも一応あなたと同じ一般的な高校生ですし、それに加えアルバイトのおかげでただでさえ他人と甘い関係なんて作っていられませんからね。」
 彼に間違った、しかもマイナスのイメージなんて持たれたくない。長門さんの場合ならそのイメージが誤りかどうかなんて言わずとも観測できる事実として解っていただけていると思うが、彼に対してはそうもいかない。だから例えそのイメージが彼自身にとって面白半分なものだとしても、微かにそう思われているのならば完全に否定しておきたいのだ。僕は。どうしてそこまで拘るのかは・・・一番仲の良い友人だからに違いない。と言うかそれ以外に思いつかない。
「そーかい。しかしまあ、確かにお前って顔はいいからな・・・。俺も、男としては何とも腹立たしいが、女としてなら素直に惚れそうなくらいだし。」
「・・・・・・今、何と仰いました?」
「あ。」
 慌てて口を押さえるがもう遅い。
 僕はその言葉を聴いた後だし、彼の顔には「しまった」とハッキリ書いてある。
「おい、古泉。なんだそのニヤケ面は。」
「嬉しいんですよ。単純にね。あなたにそう言っていただけたんですから。」
 この顔で生まれてきて良かった。お父さんお母さん、ありがとうございます。なんて言ってみようか。
 ニコリと笑って語りかければ、苦々しそうな表情で彼は視線を逸らした。「くそっ」や「ふざけんな」なんて毒づきながらも、赤く染まった目元が全て打ち消してしまう。残ったのは、可愛いなぁ、とこちらに思わせてしまう要素だけ。
 彼が男でもあり女でもあると知ってしまった所為か、嫌悪感など微塵も抱くことなく、そしてまた躊躇いなども覚えることなく、外から見た限り男性の彼が酷く可愛らしい存在のように感じられる。愛しい、と。
「ということはつまり、あの時、女性特有の状態に陥っていたあなたはうっかり学校内で女性の部分を表に出したまま僕と出会ってしまい、なおかつ僕がいつものように接近し過ぎた所為で女性の部分が不必要にうろたえてしまったわけですね。」
 それでああいう結果になった、と。
 自分の思考を誤魔化すためか(彼は友人、彼は友人。友人であって可愛いとか愛しいとかそんな、まるで好きな人に抱くような感情であるはずがない!)、それとも照れてしまって話を頓挫させた彼に早めの再スタートを望むためか、矢継ぎ早に推測を口にしてズレかけた話の筋を元に戻す。
「あ、ああ。そうだ。すまなかったな。」
 ハッとしてから通常の表情を取り戻し、彼は僕の推測が正解であることを告げた。付け足された謝罪には、僕の方が悪かったのだと謝り返しておく。
 それと彼の湯飲みがピンクなのはセットもので購入した際に女性の部分がそちらを求めていたからだそうだ。単純に長門さんにはピンクよりも淡いブルーの方が似合うからというのも理由の一つだと僕は思っているけれども。
 とにかく、これで今日の疑問は解消されたわけだ。
 僕は機関にも教えられない彼の秘密を知り、友人というカテゴリから逸脱しかけ、またそれを慌てて修正し、これからは秘密を知る者として――長門さんとまではいかずとも――彼の手助けをしていきたいと胸の内で誓う。
 言葉には出さずともその誓いを立てた後、ふと気付くと長門さんがじっと僕を見据えていた。何かを探るように硝子のような一対の瞳がこちらに向けられ、やがて用は済んだとばかりに視線を逸らす。その視線が向いた先は彼であり、長門さんは小さく白い手で彼の上着の袖を掴むと、くい、と引っ張った。
「どうした、長門。」
「今日は少し遅くなったから、ここで夕食を食べて行けばいい。」
「・・・ふむ。そうだな。」
 時間を確認し、彼が呟く。
 僕も合わせて腕時計で時刻を確認すると、そう遅い時間帯でもなかったが、今から家に帰って夕食を取るにはほんの少し遅いと言えなくも無い頃合だった。
「よし。そんじゃあ今日は俺が作るか。・・・古泉、お前も食ってけよ。そう大したものは作れんが。」
「いいんですか?」
「長門はいいんだろ?」
 そう言って彼が長門さんに確認を取る。
「いい。」
「じゃあ問題なしだ。」
 満足そうに微笑むと彼はさっと立ち上がり、キッチンへと足を向ける。
「あ、ありがとうございます。」
 その背に向かって慌ててお礼を言うと、振り向くことはなかったが、手を上げるという動作で返事がなされた。


「彼の作るご飯はおいしい。」
「え、」
「期待してて。」
「・・・はい。」
 なんだかこう、嬉しいようなむず痒いような、暖かいような、それを通り越して熱いような感覚はなんだろう。
 けれどそれは決して嫌な気分ではない。
 長門さんと二人、残された部屋で、聞こえてくる包丁のトントンという音や漂ってくる匂いに少しばかり心拍数を上げながら僕は自然と微笑んだ。








『眠り月』の織葉様に押し付け捧げます。
ふたなり設定が殆ど生きてませんね。すみません・・・(汗)
しかも話長っ!もう少しスマートにすべきでしたか。
戸籍とか半陰陽性の説明は正誤があやふやなので、あまり信用しないで下さいませ。
(しかも英語のタイトルさえ微妙・・・/痛)

織葉様、これからもどうぞよろしくお願い致します。