「お前、前髪邪魔じゃねーの?」

ふと気付いたような感覚でそう話しかけられ、僕は白のナイトを持ったまま顔を上げた。
正面に座るのは気だるげな双眸をこちらに向けている対戦相手。
彼は盤上から脱落させられた黒のポーンを手持ち無沙汰そうに弄りつつ、ひたと僕の方を見据えていた。

「えっと・・・いきなり何でしょうか。」
「いや?特に意味は無いんだが、なんとなく鬱陶しそうに見えたんでな。」
「そうですか。」

含みも何も無くただ本当にそれだけと言った様子で彼は語り、僕は僕でいっこうに逸らされない視線に些か緊張を強いられてしまう。
早鐘を打ち始めた心臓の音が聞こえやしないだろうか。顔は赤くなったりしていないだろうか。
相手には何の意思も無いはずなのに、その視線だけでここまで動揺する自分は相当おかしいのだろう。
けれど彼限定で起こるこの変化を僕は楽しんでもいた。
我ながら随分と乙女的な思考だとは思うが、僕も恋に恋するお年頃というやつだろうと言うことにしておく。
例え時間限定地域限定の超能力者でも僕は青春真っ盛りの高校生であるのだから。

同じ部活の部員(この場合は団員と言うべきか)であり現在のボードゲームの相手に向けるには最適な温度の瞳を保ったまま、彼は視線を僕に固定して動かさない。
いや、正確に言えば彼の視線は僕の前髪に注がれていた。
そんなに気になるのだろうか。
彼と比べれば随分と長い己の前髪を指で摘まんで「確かに長いですね。」と笑みを浮かべる。
常に視界の端に掛かるそれはもうすっかり慣れてしまっていて、僕自身にとっては既に意識に上ることもない。
つまり、邪魔だなんて思うこともないのだ。
けれど彼からしてみれば鬱陶しそうに見えたのだろう。
それに先程声を掛けられた時は下を向いていたことだし。

僕は微笑を保ったまま摘まんでいた髪を払うように離して、しばらく考えていた末に最適と判断した場所へと白のポーンを運ぶ。
すると彼の視線も盤上へと移って、しかし駒を置き終わるとまたこちらへと戻された。
先刻よりもやや呆れの色が濃いところからすると、どうやら僕がポーンを置いた場所はそれほど良いとは言えなかったらしい。
眉尻を下げるように苦笑して、僕は「あなたの番ですよ。」と彼を促した。

「ああ。」

短く返してその視線は再び盤上へ。
間も無く黒のナイトが動いて僕のポーン(先程僕が動かしたものだ)をリタイアさせてしまう。
やはり今回も彼の勝ちだろうか。
決して不快ではない感想を胸中で呟き、僕はまた次の手を考えるために思考タイムへと移行した。
と、その時。

「・・・え、」
「うん。やっぱり上げた方がいいな。」

僅かに椅子が引かれる音、手をつかれた机が軋む小さな音。
それが順番にやって来た後、僕の視界はいきなり明るく開けた。
あなたは一体何をやってるんですか。
そう言おうと思っても口がぱくぱく開くだけで音にはならない。
音を伝えるべき本人は僕の前髪を片手で横へ流しながらほんの少し満足そうに口角を上げている。
僕に笑顔を見せるなんて彼自身の意思でするはずが無いから、これはきっと無意識のことだろう。
貴重だ。そして嬉しい。
しかし嬉しさよりもまずは驚きが勝っていた。

本当に、何をしてるんですかあなたは。
心拍数、体温、発汗、顔色。今の僕はどうなってます?いつもどおりの僕ですか?
なんだかいつもより顔が近いんですけど。
僕にはすぐに「顔が近い、息を吹きかけるな。」とかおっしゃるくせに、どうしてあなたはそんなにも無防備に振舞うんですか。
ちょっとは自重してくださいよ。僕がもちません。

とまぁ僕は一瞬の内にぐるぐる考えてしまうわけだが、彼本人はそれを微塵も感知しないようで、僕の前髪を上げたまま机の周囲を見渡していた。
何か探し物をしているように見える。
それならばまずはこの手を退けてはくれないだろうか。本当にもうお願いします。嬉しいですけど限界なんです色々と。


「お、あったあった。」

どうやら本当に探し物をしていたようで、そしてその探し物は見つかったらしい。
手の届く範囲にあったプリント類の束の下。
そこから顔を出していたところを彼によって掘り出されたのは随分と可愛らしいヘアピンだった。
おおかた涼宮ハルヒが朝比奈みくるで遊ぶ際に使用していたものだろう。
そう検討をつけていると、いつの間にやらヘアピンが目の前に。
こちらが何かを言うより先に彼は慣れた手つきで僕の前髪をそれで固定してしまった。

「あの。一応僕は男であり、こういった可愛らしいものは似合わないと思うんですが・・・。」
「当たり前だろ。これは可愛らしい朝比奈さんがつけるから良いのであって、決してお前のような男に使用するもんじゃないからな。しかしまぁ、その朝比奈さんご本人はあいにく長門と共にハルヒに連れられて外出中。そしてこのピンは使われないまま。さらに加えてお前の前髪が鬱陶しい。ならば使わせていただくに越したことはなかろう。」
「そう言うものですか?」
「嫌なら外してもかまわんが、」

そう言って彼は一呼吸置いて、ほんの少し楽しそうに目を細めた。

「今の方が男前だぞ。お前は顔がいいから、それを見せればいいのに。」

その台詞と微笑みで、僕はあっけなく昇天した。
涼宮ハルヒの機嫌が超絶悪い時の神人よりもその破壊力は凄まじいものでしたよ・・・。















「ん?起きたか古泉。ずいぶんお疲れのようだな。」

そう言った彼は先程と同じ位置で、ただし正面ではなく身体を横に向けて椅子に座っていた。
手には長門有希が好みそうな分厚い本。
開かれているページからして、読み始めたのが数分前やそこらではないことが判る。
僕は机の上に突っ伏していたらしく、顔を上げて視界に映ったのはそんな光景だった。
僅かに視線を下げてチェス盤が在った所を見てみたが、そこにはチェスをしていた気配など微塵も無い。

「・・・・・・・・・。」
「どうした。変な夢でも見たか。」

本から顔を上げた彼はいつもどおりの気だるげな表情をしている。
そう、まるで僕が見た微笑など浮かべたことが無いような表情を。

「あの、」
「・・・っ、いきなり何だ!つーか顔が近いんだよ何回言ったら解るんだお前は!!」
「僕って男前ですか。」
「そうか解った。とりあえず退け。思い切りその顔殴ってやる。」

彼のこめかみに青筋が浮くのを確認して僕はいそいそと身を引いた。
いつものように「冗談ですよ。」と告げる余裕も無く唖然としたまま胸中で呟く。
・・・・・・夢?
自覚した途端、僕は恥ずかしさに居た堪れなくなって再び顔を伏せた。
とりあえず盛大に自分を罵ってやりたい。
どこかに銃はありませんか。出来れば気分良くこの頭が吹き飛ばせるくらいのものが良いのですが。

「おーい、古泉?」

らしくない僕に彼から声が掛かる。
しかしとてもじゃないが顔なんて上げられない。
そうだあるはずがないのだ。彼が僕にあんな事を言ってくれるなんて、そんなはずが。
なのにそんな夢をこの部室で、しかも彼の目の前で堂々と見てしまうあたり、これはもう頭部吹き飛ばしの刑を自分から選べと言う神(涼宮ハルヒなのかどうかはさておき)からの啓示に違いない。

「こいずみー?」

彼の声を聞きながら、僕は溜息を吐き出した。















さてさて。
そんな僕の前髪に可愛らしいヘアピンがつけられており、僕自身がそれ気付くまではもうしばらく掛かることになる。























借り物です。

(ヘアピンありがとうございました。涼宮さん、朝比奈さん。僕はかなり幸せです。)









『緋色グリフ』の栃邑織於殿に差し上げます。サイトオープン祝い。
おめでとうございますー!ぱちぱちぱち〜
無理矢理言わせたリクからこんなの出来ちゃいましたが構いませんかっ!?
駄目出し可でございまする。

古泉がピュア過ぎて古キョンのつもりなのにキョン古に見える・・・(汗)
加えてキョンは「男前、漢前・・・」と念じながら書いたためかタラシに。orz
キョンデレって言っていいですか。

(それはさておき。)
栃邑殿、新サイトでもよろしくお願いします!!