変革の前兆





「キミは時々、酷く昏い笑い方をする。」

そう告げた浦原に、告げられた方の少年はキョトンと首を傾げて見せた。
続いて言われた言葉を頭の中で反芻させてから、丸くなっていた双眸が訝しむように狭められる。
一体何を言っているのだ、と。
実際に口には出されずとも、深まる眉間の皺からひしひしとそれを感じ取って浦原は口元に小さな笑みを刷いた。

「いえね、ただ何となく。尸魂界から帰って来てからこちら、何だか黒崎サン、ちょっと変わったかなぁ・・・って。」
「笑い方が、か?」
「いろいろ有りますけど、それが一番大きいかな・・・とは思います。」
「なんだそりゃ。」

浦原が返したイマイチあいまいな答えに少年は溜息を一つ。
呆れの色を含むそれに浦原は薄く笑う。
此方だって、何故自分がそんな風に思ってしまうのか、そんなことを気にするのか、理解していなかったからだ。
一ヶ月間もアチラに行っていたのだから、少しくらい変化が生じるなんて当然だろう。
なのにその所為だけではない様な、何だか嫌な違和感だけが浦原の頭の片隅にわだかまっているのだ。
むしろ「昏い」と称した笑い方自体、見間違いかもしれないと言うのに。

そうは考えつつも結局は自分の中で渦巻く何かを消し去ることが出来ず、浦原はその感覚を持て余し気味に笑みを模った。

「変なヤツだな。」
「否定したくても出来ないってのが痛いっスね。自分の言ったこと考えると。」

些か弱気になって苦笑を混ぜた返事をすると、視線の先にいた少年がふいに困ったような表情を浮かべた。

「・・・あのさ、浦原。」
「はい?何でしょう。」

躊躇いがちに名前を呼ばれて浦原は苦笑を引っ込める。
少年は幾度か口を開閉させ、その度に音にならない言葉をどうにかして吐きだそうと藻掻いている様だった。

「浦原。」
「はい。」
「・・・俺は、尸魂界に行って多分いろいろと変わった。」
「はい。」
「まだアンタの足元にも及ばねえかもしんねーけど、それでもやっぱ前より強くなったし、いろんな奴に出会っていろんな思いもしてきた。」
「ええ。」
「だけど、」

一度音にする事が出来れば案外スラスラと言葉が出てきたらしい。
しかしそこまで言って、少年は一瞬だけ呼吸を止めて視線を床に落とす。

「だけど、俺が。」

視線が再び上げられた。
色素の薄い澄んだ瞳が真っ直ぐに浦原を捕える。

「・・・お前を好きだってことに、変わりはねぇから。」

半ば睨みつけるようにして此方を射る視線と思いもよらぬ言葉に、今度は浦原の呼吸が止まった。
人一倍恥ずかしがり屋のこの少年が強制したわけでもないのに、滅多に口になどしてくれない台詞を。
たかが言葉、と言う者もいるかもしれないが、少なくとも浦原にとって少年の口から好意を示された現実はそれほどまでに驚き、そして喜ぶべきものなのだ。

動きの止まった浦原に、少年は「・・・おーい?」と控えめな声で問いかける。
心配する思いと羞恥が入り混じったその様子の、なんと愛らしいことか。
これを盲目と言うならば、それも結構。
浦原は止めていた動きを再開させて、まず少年に視線を合わせながら口を開いた。


「黒崎サン、とりあえず抱きしめても良いっスか?」
「・・・ッ!何言ってンだテメェは!!」


ぼっと顔に朱を昇らせた少年の些細な抵抗など物ともせず、口調だけの伺いの後、浦原はオレンジ色の愛しい子供を腕の中に閉じ込めた。







□■□







(あっぶねー・・・)

何とか誤魔化せたみてぇだな、と。
少年は男の腕の中に納まりながらこっそりと安堵の息をついた。

まさか自分が、他人の、よりにもよって浦原の前でそんな笑い方をしていたなんて。
おそらくは自分に跪く「大逆の罪人」と少々の会話をしてから別れた直後、浦原と顔を合わせた時にでも、その顔を見せてしまっていたのだろう。
己の裏とも闇とも呼べる部分を引きずったまま笑い掛けたに違いない。
俺の馬鹿野郎、と内心罵って少年は浦原の肩口に顔を埋めた。

「黒崎サーン?」

恥ずかしがってるんスかぁ?と訊いてくる声に、その声の主である浦原の衣を掴むことによって答える。
そうすれば、男の機嫌が下がることも無く、多少のことは許容されて小さな微笑が返されると知っているから。

このまま忘れてくれれば良いと思った。
高校生に見合わぬ昏い笑い方をしたことなんて。
少年にとって最も忌避すべきは、この男に自分の裏を知られること。
浦原に向ける想いが本物だからこそ、闇の存在を知られたくは無かったのだ。
隠していたものに気づかれて手の平を返されるのが恐ろしいのかも知れない。

でも、とりあえず。
どうやら今回はなんとかなりそうだ。
他者の温もりの中で体の緊張を解きつつ少年は思った。

・・・そう、今回は。
二度も同じ過ちを犯すつもりなど無いが、確かに“変わってしまった”己がこれから先ずっとこのまま何のボロも出さずにいられるかと問われれば、はっきり「出さない。」と答えるわけにもいかない。
それに、いつか・・・明日か、一週間後か、一ヵ月後か、一年後か。それとももっともっと先か。
未だ判らずとも、少年にはいずれ選択の時が必ず訪れる。

白を取り、黒を捨てるか。
黒を取り、白を捨てるか。

前者ならば今感じている温もりを手放すことになる。
そして後者ならば表面上は何も変わらずにいられる。
別段、白を望む理由も無いのだし、普通なら黒を選ぶのだろう。
黒い死覇装を纏い、今までの“仲間”と共に在り続け、この温もりを手放さずに済む道を。
しかし少年の思考はそのまま素直に黒を、死神として生きる道を取るなどとは考えなかった。
自分でもおかしいとは思う。
なにしろ、本当に白を取る理由が、藍染惣右介の手を取る理由が少年には無かったのだから。
しかし何か予感のような、胸騒ぎのような。
そんなものが今ここでハッキリとどちらかを選択してしまうことを拒んでいた。



手放したくないのに。(俺は、手放してしまうのだろうか?)



本心の内に隠れた思考を消し去るように。
浦原からは見えぬ位置にある双眸を、少年は強く強く閉ざした。








『我白紙』の紅宵藍様に捧げます。
wirepuller設定で「1」の後くらいの時間軸で書かせていただきました。
浦原×黒幕一護。
まだ一護の記憶が戻っていないので藍染さんを毛嫌いしています。
そして浦原さん大好き。
ってか、これじゃあ浦原さんがかなり愚かな人っぽい・・・!?(汗)
一護の言葉一つで良い様に誤魔化されちゃってますからね。
ごめんなさい(平伏)

紅様、この度は相互リンクありがとうございました!
これからもよろしくお願いします!