「お嬢様のお帰りが夕刻の五時。その後、七時から東館の広間にて予定通りパーティーを―――」


朝の最も忙しい時間帯が過ぎ去った後。
いつもの部屋のいつもの立ち位置でこの館の総執事の声を聞いていた浦原は、眠気を堪え切れずに「くぁ」と欠伸を噛み殺した。
それでも一応、僅かに涙の浮かんだ双眸を部屋の中央に立つ人物から外すことは無い。
浦原の視線の先。
オレンジ色の短髪を軽く後ろに流し、金色のチェーンがついた眼鏡をかけているその人物の名は黒崎一護。

―――浦原の上司、もといこの屋敷の全てを取り仕切る若き総執事であった。





我が麗しの執事様





毎朝恒例、総執事からの予定確認の後、それでは持ち場に戻りますか・と扉に向かって歩いていた背に落ち着いた声がかけられた。

「・・・ああ。浦原さん、貴方は残って下さいね。」
「はい?」

お前は何か居残りさせられる様な事をやらかしたのか・と同僚達の視線がグザグザと突き刺さる中、手元の予定表から顔を上げずに人を呼び止めた一護の顔を見つめ、浦原は素っ頓狂な声を出した。

「あの。アタシが何か・・・」
「いいから。貴方は此処に残って下さい。・・・他の者は結構ですよ。今日も頑張って下さいね。」

顔を上げ、にこりと微笑んだ彼に誰もが見惚れる。
そうして一瞬惚けながらも、総執事の声に従って皆が引き上げた後、たった二人残った部屋の中央で一護が大袈裟に溜息をついた。

「そ、総執事・・・?」
「お前なァ、」

戸惑う浦原を無視し、眼鏡を外した一護は口調どころか雰囲気ごとガラリと変えて――素に戻ったとも言う――浦原を見た。
こうして皆の前とは違う態度を見せてくれるのは特別視されているのがわかって嬉しいのだが、この状態でそれを喜べと言うのは酷なものでしかない。

「もう少し何とかならねぇか?一応、此処がどういう所か知ってて働いてんだろ?」
「う、・・・ぁ、はい。」

見られていたか、と先刻の失態に返す言葉も小さくなる。

「その・・・すみませんでした。今朝は少し辛くて・・・」
「そういう言い訳は聞けねえっつーの。周りは皆きちっとしてただろ?あの中にゃお前より仕事量の多い奴もわんさか居るんだぜ。」
「はい。」

しゅんと縮こまる浦原に、ツカツカと足音が近づいてい来る。

「今日はいつもと違ってお嬢様のお客人が大勢いらっしゃる。例えそれが夜のことだとしても気を引き締めておくってモンだろ。それなのにお前は・・・」

カツン、と浦原のすぐ前で足音が止み、琥珀の瞳とかち合った。
眉間には皺。
仕事熱心なこの人の普段より三割増しなソレが実に気まずい。

「何だこの髪は。」
「すいません。もう話中に欠伸なんて・・・って、髪っスか?」

ガシッと外側に撥ねている髪を掴まれ、その所為で頭を斜めに傾けたまま、浦原は軽く目を見開く。
てっきり「総執事の話」の最中にした欠伸のことを咎められるとばかり思っていたので、ある意味拍子抜けしてしまったと言えなくも無い。

「そう。この髪型。」

そう言って色褪せた金髪を梳く様にして手を離し、一護は呆れた瞳を向けた。

浦原の髪は中々の癖っ毛で放っておくと見事なまでに外向きにハネてしまう。
仕事上それでは良くないとヘアワックスやら何やらを使って抑えていたのだが、今朝は寝過ごしたためにその暇も無く、服を着るので精一杯だったのだ。
そのまま通常業務+今夜の用意に忙殺されて今に至るのだが・・・。

「だから昨日は早く寝ろって言っただろー。」
「同じ時刻まで起きてたのに、如何して一護サンってばそんなにピンピンしてるんスか・・・」
「気の持ちようだ。」

寝坊の理由となった昨夜のことを持ち出してもそれに引っ掛かってくれる総執事ではないらしい。

「まぁンなこといいから。浦原、後ろ向け。」

色々一蹴されたような気がするが、総執事兼恋人のご命令である。
「はぁーい」と間延びした返事をし、浦原は言われたとおりに背を向ける。
すると一護からは「あいにく今は整髪料なんて持って無ェんでな」という呟きと共に、シュルリと衣擦れの音が聞こえてきた。
そして髪を後ろで一纏めにされる感触。
髪を結べるような紐をどこかに持っていたのか、あっという間にそれは終わり、浦原は一護から此方に向き直るよう言われた。

「よし、こんなモンか。」

正面から浦原の姿を確かめ、一護が頷く。
しかしそんな一護にどこか違和感を感じて浦原は内心首を傾げた。
まるで間違い探しの様に記憶にある先刻の一護の姿と目の前の彼を比較してみれば―――。

「一護サン・・・タイは?」

いつもきっちりと身につけている筈のリボンタイが消えている。
まさかと思って後頭部に手をやれば、サラリとした上質な絹の感触。
そんな浦原の様子を見た一護は少し気まずそうに視線を逸らし、口の中だけで呟くように言葉を紡ぎ始める。

「お前の髪の毛結ぶのに使った。・・・い、嫌なら外してくれても構わ無ェけど。―――って、浦原っ!?」

目元を赤く染めてそっぽを向いたこの人を如何して抱きしめずに居られようか。
「服が皺になる!」と喚く総執事―――否、恋人を抱きしめて、浦原はにこりと微笑んだ。

「もー。わざわざこんなマーキングしてくれなくてもアタシは最初から一護サンのものっスよv」
「誰がマーキングなんぞするかっ!俺はただアンタの髪が鬱陶しいから・・・!」
「一護サン可愛いーっ!愛してますっ!!」
「〜〜っ!」


その薄い口唇にチュッと音を立てて口付ければ、もう反論すら消えて無くなる。
耳まで真っ赤にした愛しい人を腕の中に閉じ込めたまま、浦原は「今日も頑張りますか!」と胸中で呟いた。








「56!」の瑞沢ケータ様に捧げます。
リクエスト(「浦原の髪を結ぶ一護(ノーマル)」)から酷く外れているような気がするの何故でしょう。
・・・実際に外れているからですね。すみません(反省)
いきなり予告もなしにパラレルですみません。キャラが年齢不詳ですみません。
どうしても自分のリボンタイで浦原さんの髪を結ぶ一護が書きたくて・・・!(お黙り)
返品&交換はお気軽にどうぞ。いつでもお待ちしております。

補足
□お嬢様=夜一さん
□屋敷内で働く人々の間には「黒崎総執事ファンクラブ」なるものがある。
□総執事がネクタイではなくリボンなのはお嬢様のご要望。(似合うから)
□その日、浦原さんは一日中機嫌が良かったらしい。
(まぁ蛇足!)