青い空の下で
「さっきの人、カッコよかったよねー。」
「うんうん!あの人、モデルか何かかな?」 「さぁ?でもこの近所にはいないよね。あんな美形。」 「いたらゼッタイ噂になってるはずだよぉ!」 そんな会話が聞こえてきたのは見事な秋晴れで突き抜けるように青い空をしたある日の午後。 此処、空座第一高等学校の三日間にわたる文化祭・最終日のことだった。 俺はちょうどその時、文化祭委員のクラスメイトに頼まれて、 本日行われるはずの催し物を一般入場者・・・つまりこの高校の生徒以外の人々相手に宣伝し、 尚且つその後にイベントの裏方の手伝い――たぶん雑用だろう――に回って色々やらされる予定になっていた。 本当は一週間以上前に裏方の手伝いを引き受ける事だけ了承してあったのだが、つい先程そのクラスメイトに捉まり、 「黒崎の頭はよく目立つからな!」 と、あまり言われても嬉しくない賞賛を貰った後、宣伝用のチラシの束を笑顔で渡されたのだ。 腕時計で時間を確認すれば午後12時半を少し回ったところ。 イベント自体は午後2時から。 そしてその手伝いは午後1時半からだから、残り1時間弱でこの手の中にあるチラシを全て配り切ってしまわなければならない。 というわけで俺はそんな会話をしながら目の前を通り過ぎて言った女子生徒達のことなど話の内容もろとも忘れ去り、 あからさまに一般入場の人間だとわかる人達にチラシを配って行ったのだった。 まさかその後でとんでもない目に遭うことなどこれっぽっちも考えずに。 □■□ 「手伝いに来たぜ。」 「お!黒崎ー。コッチだ、コッチ!」 「チラシ、貰った分は全部配ってきたけど。」 「サンキュー。やっぱ目立つ頭ってのは便利だよなぁ!」 「何だよそれ。つーか頭の色はチラシ配りに関係ねーだろ。」 俺に裏方手伝い兼チラシ配りを頼んできた例のクラスメイトと軽口を交わし、 それから校内に設けられた特設ステージの裏へと足を踏み入れる。 そこには先程まで行われていた学生バンドの後片付けに追われる者、 その通り道の邪魔にならないように午前中にやっていた演劇の大道具・小道具を脇に寄せる者、 そして次の催し物に向けて行ったり来たりを繰り返す何人か・・・ 「随分と忙しいみてえだな・・・」 「ま、そのための黒崎ということで。」 「ただの手伝いだぞ?」 「それで充分さ。」 ニィっと笑ってそう言うと、我がクラスの文化祭委員殿は俺について来るようにと背を向けてスタスタと奥へ歩いていった。 □■□ 「・・・これで終わりか?」 「荷物運びは、な。」 「まだ何かさせる気かよ・・・」 あの後、ついて行った先で俺を待っていたのはダンボール箱の山だった。 中身は比較的軽いものらしく一つ一つはそれほど重くなかったのだが、数が数だ。 俺は延々と箱を抱えて行ったり来たりを繰り返すこととなってしまった。 「ってか、あの箱の中身は何だったんだ?妙に忙しくて見る暇なかったんだけど。」 「手芸部有志に作ってもらった服だよ、服。次のやつで参加者の人に着てもらう予定のやつ。」 「・・・ああ。仮装させて尚且つ追いかけっこってやつか。 まぁ私服より仮装してやってもらったほうが会場内も盛り上がるだろうしな。」 「そういうこと。・・・黒崎も頑張ってくれよ?」 「は?」 意味深な顔をしたクラスメイトの様子に俺はただ眉間の皺を深くする。 目の前のニヤニヤ笑いと(おそらく)仏頂面の俺。 何か嫌な予感がしてツゥとこめかみから冷たい汗が流れた。 そのまましばらく嫌な予感に纏わりつかれていると、どこからともなく慌しい複数の足音が聞こえてきて――― 「「「「「「「黒崎もう来てるっ!?」」」」」」 ダンッとかバァン!とかいう効果音がつきそうなくらい勢いよく現れたのはウチのクラスの女子達だ。 いきなりの登場、そしてなんとも言えない気迫に圧倒されて、俺はしばし思考回路が沈黙。 そのまま黙って立っていると、女子たちの先頭を切って現れた本匠千鶴がこちらに視線を向けてキラリと瞳を輝かせた。 「黒崎一護を発見っ!確保ぉぉぉおお!」 「「「「「了解!」」」」」 その後はなんと言うか・・・もう。 あまりのことに気が遠くななり、あれよあれよと言う間に女子達によって別室へと連行されてしまった。 その視界の片隅で文化祭委員殿が苦笑しながら「ガンバレ」と口を動かしたのを最後にして。 □■□ 「黒崎!至急これに着替えて頂戴っ!」 そう言って本匠からズイッと差し出されたのは真っ黒い何か。 これは服・・・か?所々に金の装飾が施されている。 「これに、今から?」 「そう!もう始まっちゃうから早くね!」 始まる?・・・そう言えばもうそろそろ文化祭最終日のイベント――先程話していた追いかけっこのことだ――が この表のステージで開かれるはずだけど・・・ いまいちワケが分かっていない状況ながらも、とにかく着ろと言ってくる本匠から真っ黒なそれを受け取り、 俺は彼女達と扉一枚隔てて制服のファスナーに手をかけた。 制服を脱いでしまってから渡された服を広げると・・・ 「オイ。」 そう静かに突っ込んで俺は溜息を零した。 これは世に言う――― 「ゴシック調・・・とかなんとか。」 まだ“ロリ”の方はつかないと思うが、しかしそれを意識しているであろう衣装に眉をしかめる。 大きめの襟にかなり裾の長い黒シャツ、服と同色のズボンにネクタイにブーツ。 それに白地に金の十字を描いた腕章で、極めつけは大きな金の十字架で出来た首飾り。 袖口とか襟元とか、そういうところにも金色の細い鎖がつけられていて。 「一体何がしてぇんだよ・・・」 ポツリと呟き、しかしながらそのまま仕方なくシャツを着込みだす。 まぁ色々思うところはある・・・が、俺だってあんな女子達ははっきり言って怖いのだ。 女より男の方が強いなんてゼッテー嘘だよな。 眉間の皺を増やしたままネクタイまで締め終わると、最後に重みのある十字架を首にかけた。 一応“着物”を着込んで働く職業についてるんだけどな。 正式にこの地区の担当死神を任されるようになった己が着ている衣装と今の自分を比べて、ほんの少し苦笑を漏らす。 「黒崎ー!まだぁ!?」 「お、おお!今出るから!」 扉の向こうからかかった声にそう返し、俺はドアノブを回した。 扉の向こうで待っていたのは・・・・・・・・・沈黙。 「おい、どうした?・・・なんか可笑しかったか?」 いや、この服自体、普段着るような機会なんか全くねーけどな。 女子たちの視線を大量に浴びながらちょっと焦って己の服を撫でる。 ・・・が、返ってくるのは無言だけで、俺はとにかく近くにいた本匠へと口を開いた。 「お、おーい。本匠?急ぐんじゃなかったのか?」 「っ!そうだった!コッチよ!」 ハッとした彼女に腕を取られて駆け出す。 向かう先は・・・ステージ?・・・いや、そんなまさか・・・ 「頑張れよ、一護。」 「?」 走る隣でボソリと聞こえたのはルキアの声だ。 いつの間にやら近くにやって来ていた彼女に視線を向け、この状況の説明を求めてみる。 返って来たのは哀れむような表情・・・って、え? 「黒崎っ!頑張ってねっ!!」 「はい!?」 ドンッと押し出された先は老若男女様々な視線が集まるステージの上だった。 「さぁ皆様!ここに現れましたオレンジ色の少年が此度の標的でありますっ! 黒服にオレンジの髪、そして金の十字架ですよぉ!カツラをかぶったダミーもいますのでご注意ください! 先程も申しましたように制限時間は1時間!場所はこの高校の敷地内! 逃げ切れれば彼の勝ち!しかしその間に彼を捕まえる事が出来ればその方に素敵な賞品をプレゼント!」 マイクを持って叫びまくっているのはあの文化祭委員だ。 そして1メートルほど下・・・ステージから見下ろす格好になるその場にいる人たちからは 物理的な影響までありそうな視線の嵐。 しかし文化祭委員が小指まで立てて言った次の台詞に観衆の視線は一気にそちらへと動いた。 「さぁさぁ!参加ご希望の方は参加費1000円と共にこのステージまでどうぞっ!! 衣装をお渡しいたします!参加者様か否かを見分けるためですので必ずご着用ください! ちなみに皆様に仮装させて文化祭をもっと盛り上げようなんて考えてませんからぁ!!!」 最後の台詞に「そこまで言わんでいい」と内心突っ込むが、とにかくそれは置いといて。 あの時感じた嫌な予感が目の前で現実になってしまったらしい。 見たことあるヤツもないヤツも――コッチがほとんどだ――かなりの人数がステージ上に集まり、 とうとう列まで作り出した。 そんなに賞品が欲しいのか。 いや、何がもらえるのか知んなーけどな。俺は。 でも今のこの状況はちょっと・・・ 「これ全員に追いかけられろってのか?」 1時間も。この学校中を。 ・・・ヤメテクレ。 頬が引きつるのを感じながら俺はじっとその場に立っていることしか出来なかった。 □■□ 「ん?」 異変を感じたのは最悪な追いかけっこに参加しようとする奴等の列が出来上がってしばらく経った頃だ。 (ちなみに逃げ出すという選択肢は速攻で破棄された。 だってステージの袖を見れば女子達の目がそりゃぁもうギランギランと輝いてましたから。) なんだか列の一部が妙に騒がしい。 ステージの上から覗き見ると女子の塊が誰か一人を囲んでしまっているのがうかがえる。 「なんだ・・・?」 彼女達の些か興奮したような声も聞こえてきて、こちらも耳を澄ませてみれば――― 「・・・くださ・・・・・・・・・っス。・・・から・・・・・・」 「そう仰らずに!」 「もっと楽しい所、案内しますから!」 「そうですよ!!」 「・・・でも・・・・・・・・・ですよ?・・・」 女子のアタック(?)を苦笑しつつ躱すやけに聞きなれた声。 それが彼女達の大声と辺りの喧騒にまぎれながらも途切れ途切れ耳に届き、俺は口端を引きつらせた。 「・・・・・・・・・・・・・・・はは。まさか、な・・・」 そうだ。まさかそんなはずはない。 いや・・・でも、もしかしたら・・・・・・? と、そこで女子達の壁の一部が崩れ、取り囲まれていた人物がしっかりはっきり見て取れた。 そこにいたのは――― 「・・・っ!?う、らは・・・?」 少しくすんだ感のある金髪を後ろで軽く一つにまとめた人物。 ノーネクタイの少しカジュアルさを加えたようなスーツを着て困ったように笑っている。 ああ。彼女達が離れようとしないのも頷ける。 だって、あれは。 「・・・反則だ。」 自分が今、何処で何をやらされているのかも気づかずに呟き、口元に手をやった。 チャリ・・・と袖口の細い鎖が音を立てる。 顔が熱を持つのがわかる。 だって。あんな姿、今まで一度も見たことない。 いつもダラけた同じ服ばかりだったではないか・・・それなのに。 ふと、浦原と目が合った。 するとアイツはニコリと微笑み、 『 待 っ て て 下 さ い ね v 』 と口パクで。 ―――っざけんじゃねー!!!! そう叫びたかったが顔を背けるだけで済ました俺を、自分自身で誉めてやっても良いのではなかろうか。 □■□ 参加者登録が全員分済み、彼らがそれぞれ用意された衣装に着替えている間、 諸悪の根源・我がクラスの文化祭委員殿がその人数――というかそのおかげで入ってきた参加費の合計金額――に ほくほく顔なのを、俺は青筋立てながら見やっていた。 「・・・テメー最初からこのつもりだったのかよ。」 「まぁそう怒るなって。黒崎ならちょっとやそっとじゃ捕まえられない足もあるし、大丈夫だろ?それに何より・・・」 「俺の頭は目立つから?」 「その通り。」 「・・・・・・はぁ。」 嫌味なくらいイイ笑顔のクラスメイトに俺は深い溜息を零した。 あと15分もしたら俺は本気でこの高校の敷地内を走ったり隠れたりしなければならない。 適当に誰かに捕まってしまえばそれはそれで楽なのだが、このイベントの企画者達(もちろん目の前のヤツも含む)に あまり良い顔をされないし、それに何より俺が嫌だ。 誰が見ず知らずのヤツに捕まらなければいけないのか。 って、これじゃあ知ってるヤツになら捕まっても良いってことかよ。・・・自分で考えといて何だけど。 一瞬、脳裏をよぎった顔があったけど、無かったことにしても良いよな。 そして俺はしばらくした後、ゲームスタートの合図と共に校舎の方へと駆け出した。 この3分後、奇抜な衣装の参加者達が一斉に追いかけてくることとなる。 □■□ ―――逃げ始めてから3分経過・・・ 腕時計を見て確認し、校内のちょっとした茂みから顔を出した。 防犯上の都合で校舎の幾箇所かは立ち入り禁止になっている。 そのため俺は室内展示をしている教室か体育館、そして茂みくらいしか隠れられないのだ。 ・・・当たり前のことだが、舞台裏なんかも当然禁止だ。 隠れずに走って逃げ続けるというのも無きにしも非ず・だが、流石に体力がもたない。 さて、どうする? 教室に行くか、体育館に行くか。それともこのまま茂みに隠れ続けるか、盲点を突いて――― 「スタート地点に戻る・・・・・・ダメだな。行き着くまでに見つかっちまう。」 あと1時間弱。何処に隠れようかと頭を悩ませてから、俺はここから出て行くことにした。 向かう先は校舎。 教室展示用の部屋の一つに、確か視聴覚室があったはず。 しかもやっているのは短編映画で、今日の上映は午前中のみ。 あそこなら暗幕とかもあるし、隠れるには事欠かないだろうと、俺は非常階段を使って二階へと上った。 たどり着けば・・・誰もいない。 薄暗くぼんやりとしか見えない室内に体を滑り込ませ、さらに暗くなっている奥へと向かう。 垂れ下がっていた暗幕の陰に身を隠し、俺は弱く光る時計の針を確認した。 ―――残り52分。 □■□ 「ヒマだ・・・」 あまりの静けさに、そうポツリともらした。 隠れだしてから10分経過。 先程から廊下を歩く足音すら聞こえない。 走り続けるというのは確かに疲れるが、逆に一人でじっとしているのも些か辛いものがあったようだ。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?足音? 時間潰しに思考の海とやらへダイブしようとした時、俺は一人分の足音が近づいてくるのに気がついた。 コツ、コツ、コツと硬質な足音が徐々に大きくなってゆく。 そしてそれは、ピタリとこの部屋の前で停止した。 暗幕の隙間から俺は小さく息を呑む。 扉に手がかけられ、そして――― ガララッと勢いよく開いた。 黒い服に黒い帽子、それに外からの光を反射して輝く銀の装身具。 なんだか俺と似たような格好の人物が、逆光の中、こちらをひたと見据える。 そしてニコリと微笑んで、 「言ったとおり、捕まえに来たっスよv黒崎サンv」 嬉しそうにのたまった。 「浦原、何でここが・・・って、霊圧か。」 暗幕から離れ、ゴシック調な浦原の前に立って俺は溜息をつく。 失念していた。 俺はいつでも霊圧垂れ流し状態。そしてコイツは元死神隊長。 何処に隠れていようが見つかってしまうのは当たり前である。 「あー・・・なんつーか、まぁ。オメデトウ?これで賞品はアンタのモンだな。」 「別にそんなもの欲しくてこうしてるわけじゃァありませんよ。」 苦笑をつけて返された言葉に俺は片眉を上げる。 「んじゃあ、なんでこのイベントに参加したんだ?」 「それ本気で言ってます?」 「・・・?ああ。」 俺の答えに今度は浦原が溜息。 「んだよ。・・・で?」 「そんなの決まってるじゃないスか。キミを捕まえていいのはたった一人。アタシだけだ・・・・・・おわかり?」 目の前にはニコーっと笑顔。 まぁアレだ。 そんでもって俺は赤面し、そのまま近づいて来た顔に静かに目を閉じたのだった。 -----オマケ----- 「ところでアンタならもっと早くに来れたんじゃねーの?」 「それがその・・・女の子たちに捕まってしまいまして。それを振り切るのに少々・・・」 「(浦原の姿を一通り見て)・・・・・・・・・なっとく。」 「ありがとうございます。」 「?・・・い、いきなり何だよ。」 「だって黒崎サンったら赤い顔して"なっとく"だなんて。」 ―――今のアタシ、そんなに格好良いですか? 「っ!!ちょーしにのるなっ!!!」 「黒崎サンかーわいいっv」 「ああくそっ!反則だぞ!やっぱアンタの格好は反則だ!!」 -----後日談----- 「「「黒崎(君)!!!あの人誰!?教えてくれないかしらっ!?」」」 顔も知らない――というか他のクラスに他の学年の――女子達に詰め寄られ、一護はぎょっと目を剥いた。 「ねぇ!あの格好良い人!黒崎君の知り合いなんでしょ!!名前は?何処に住んでんの?」 「いや、えっと・・・」 しどろもどろになりながら、一護は一歩後ずさる。 どうやら彼女達、あの日、追いかけっこで一護を捕まえステージに上った浦原の姿に 胸のど真ん中を撃ち抜かれてしまったらしい。 スーツ姿と黒系ゴシックを見事に着こなし(一護を見つけた後、時間ギリギリまでアレコレしたために) そりゃァもうニコニコと 笑顔を振りまいていた浦原の存在は、 このくらいの年頃の少女たちの心を射止めるには充分すぎるものだったのだ。 そしてその後、一護が浦原と親しげに話していたという情報を何処からともなく仕入れてきた彼女達が、 翌日、こうして一護に詰め寄っているのであった。 普段の浦原の格好を見て彼女達を失望させないためか、はたまた「恋人」と言う立場の小さな嫉妬ゆえか。 知らないなどとはぐらかし続ける一護の受難はもうしばらく続きそうである。 『FATALIST』の満月流留様に捧げます。 この度は90001HITありがとうございますv リクは「一護の学校の文化祭(などの公開行事)にカッコイイ格好でやってくる浦原さん」だったのに・・・そ、沿えてない(汗) しかも展開が以前差し上げたものに似てますね。(逝ってよし) す、すみませ・・・! ですがどうぞ見捨てずにいてやってください。お願いしますっ! |