あんなものに突っ込んで何が楽しいのだろう、とロイは僅かに目を眇めた。
眼下に広がるのは弱者どもの狂乱絵図。
大勢の中、たった一つを獲物に仕立て、それを狩り、虐げ、己の強さを誇示する。
それは酷く愚かで哀れ、無意味で無益なものでしかなかった。


「・・・あァ!」


獲物役が悲鳴を上げる。・・・否、正確には嬌声だ。
己の存在を誇示したがる低脳が入れ替わり立ち代り、時には複数が一斉にそれに覆い被さり、打ち付け、醜悪な笑みを浮かべる。
そして欲望の受け処は愚者達から欲望を受ける度に喘ぎ、涙するのだ。

再度、ロイの視線の先で、大きな動きに耐え切れず痩せ細った躯が弓なりに反った。
叫び続けた喉は痛み、声が掠れ始めている。
にもかかわらず、それを囲む者達は次は自分だと頭の悪い物言いばかり。

ずっとそれの繰り返し。

退屈だ。
そう思う間にも再び彼らは入れ替わり、自身の醜い分身で躊躇いもなくそれを貫いた。







正常なる







「何を見ている。」

前触れも無く現れてそう言った人物に、ロイはゆるりと目を向ける。
視界が移り、その内に入ったのは黒髪翠眼の同胞、ウルキオラだ。
そして、そう言った後、ロイが見ていたものを彼も目にしたのだろう。
ロイが見やったウルキオラの顔は珍しく微かに歪められていた。

「趣味が悪いにも程があるぞ。」

ウルキオラの視線の先。
先程から続く狂乱絵図の中心には、床に這い蹲って下肢を外気に晒し、ドロドロに汚されたディ・ロイの姿があった。

「アレは俺の趣味じゃないよ。弱いから、虐げられているだけ。」

退屈そうに発せられる声は本当に退屈だからだろう。
けれど己と同じ姿をしたものがあのような輩から辱めを受けているという現実に、どうしてそういう感情しか抱けないのか。
自分ですらこうして不快感を抱くのに、とウルキオラは思う。

「助けないのか?」

あの人形を、と口にすれば「別に。」と短く返される。
眼下の喘ぐ人形へと固定された瞳には怒りも羞恥も浮かびはせず、その光景をただ映すだけだ。
それは研究者が実験動物を観察する時に見せるものそのもので、彼が見据える先にあるものを思うと、ウルキオラは再び小さく顔を顰める羽目になった。

「・・・退屈、そうだな。」
「うん。これといって面白いことも起きないしね。」

視線を動かさず、ロイからは淡々とした答えが返ってくる。

「不快ではないのか。」
「なんで?」

キョトンとした瞳にウルキオラが映った。
問い返されたウルキオラはその反応に二の句を告げなくなり、そんな同胞を見たロイが「変なの。」と無邪気に笑う。


「モノがモノを犯してるだけじゃない。退屈な以外に何があるの?」


そうしてクスクスと漏らされる吐息。
その笑みに、嗚呼・・・自分と彼とは根本的な何かが違うのだ、と。
ウルキオラは胸の内で納得したようにひっそりと呟いた。








己が異常なのか、彼が異常なのか。
己が正常なのか、彼が正常なのか。
此処はそれすら判別するのが難しい世界。

まぁ判断出来たとして、それに意味は無いのだが。

(2006.05.05up)