「くそっ!」

ガンシャン、とまた一つ何かが壊れた。
テーブルの上に在ったグラスか。その横の酒瓶か。
もしかしなくてもテーブルごと?
でもそんなこと如何だっていい。
当り散らして部屋の中は滅茶苦茶。
今更気にする程でもないし、そもそも気にするだけの余裕が無い。
だって、それは。

(お前が居ない。)

お前のために設えたベッド。
(シーツは既にぐしゃぐしゃだけど、)
お前のために設えたテーブル。
(先刻のできっとひっくり返ったけれど、)
お前のために設えたキャビネット。
(ガラスは全て割ってしまったけれど、)
お前のために設えた照明。
(全部叩き壊したけれど、)
お前のために設えた絨毯。
(血と酒でグチャグチャだ。)

お前が居ないから、お前のために用意したものは全て壊す。
安定を欠いた精神はそのまま破壊衝動に直結するらしい。
お前のために用意した物、お前のために用意したオレ
お前が居ないから、ただ壊す。



今、何処で、何している?
どうして、此処に、居ないんだ。

頭の中はそればかり。無限ループのエンドレス。
お前が帰って来ないから俺は今にも狂ってしまいそう。

(否。俺は既に狂ってる。)

お前に狂っているのだと既に自覚はしているが、それならお前の居ないこの部屋で俺はどうなってしまうのか。
きっと狂ったその後は、泣いて壊れて逝くのだろう。
壊れた俺をお前はどんな目で見る?
無邪気な瞳で微笑むか。無邪気な瞳で蔑むか。

幼く無邪気な女王様。傲慢で残酷な愛しいお前。
頭の中の微笑みよりも、現実のお前が見たいんだ!

「・・・ロイ、」

早く帰って来てよ。



















「イール?」
「っロイ!」

外に通じるドアが開いて真っ暗な部屋に光が差し込む。
現れた影に駆け寄って一回り小さな体をぎゅっと抱きしめた。

「イール、痛いよ。」

腕の中。きゃらきゃらと笑うお前は本当に無邪気で可愛くて。
俺の頭を埋め尽くしていた不安も苛々も何もかも、遠くのお空へサヨウナラ。

「イール、イール、」

愛しい口から紡がれる、その音のなんと甘美なことか!
何も言わず不在だったことなどすっかり許してしまえる。
俺の抱えてることなんて、この声に比べれば塵一つ分にもなりゃしない。
けれど、

「イール。・・・血の臭いがする。」

トーンの落ちたその声にハッとなって自分の手を見る。
抱きしめた体越しに見えるそれにはべっとりと赤いものが付着していた。
そして、触れていた華奢な背にも。

「イール?」

不安げな声。
見上げる瞳。

駄目だ。
これは、駄目だ。
(穢れてしまう。)
離れないと。
(離れたくないのに!)







「大丈夫だよ。」

目を眇め、クスリと笑った。お前。
無邪気さを装った、妖艶な。
真っ赤に汚れた俺の手を取り流れ出す血に舌を這わせる。

「・・・っ、」

手首にピリリとした痛み。
傷口を抉るように血を舐め取り歯を立てる仕草の、なんて強烈な光景か。
赤い舌と白い歯。白い肌と血に染まった赤い唇。
お前はゆっくりと顔を上げて俺に微笑む。

「俺が居ないとホント駄目だよね。イールは。」

分かっていて居なくなるお前が憎たらしい。
お前が居ないと俺は壊れてしまうのに。
嗚呼、でもその笑みだけで、

(全ては許容範囲内。)



赤と白。鮮やかなコントラストはなおも鮮烈に俺の目を射る。
無意識のうちにゴクリと喉が鳴り、気づいたお前は目を眇め、

「欲情した?」

Yes,master. その通り。
声も出せずに頷けば、華奢な腕が首の後ろに回される。



「大好きだよイールフォルト。俺無しじゃ生きられない、そんな哀しい君がね。」







残酷 し い







冷笑を浮かべるお前のなんと美しいことか。








ロイが居ないと半狂乱になるイールフォルト。リストカットもお手の物。
実はロイの方がイールに依存してるかも。(何も言わず不在になるのはイールの愛情を確かめるため?)
でもただ単に自分に依存しているイールを面白がって見ているだけかも知れない。嘲笑を込めて。

(2006.04.04up)