暴走する正義ってのも大概タチ悪ィよね。狂信と同じくらいにサ。







嘲 笑

























いくら広いと言えどもこの限定された空間内に居る限り、いずれは顔を合わせてしまうものである。
だが相手よりも早くその霊圧に気づき、方向転換を行えば、鉢合わせという事態など容易く避けられるものでもあった。
そして、「彼」はそれが出来、また今はまだそれを行った方が良い立場にいた。
・・・いた、のだが。

「遠回りって嫌なんだよねぇ。」

呟き、「彼」―――ディ・ロイは最低まで抑えた霊圧を纏い、そのまま角を曲がった。















「・・・どういうことだ?」

正面に現れた微弱な霊圧を感じ、盲目の男は足を止めた。
記憶違いで無ければ、この霊圧の持ち主は既に消滅しているはずである。
けれども、事実として其処に「在った」。
視覚として見ることは叶わないが、それでも他の感覚が正確な外の情報を伝えてくる。そして導かれる結果と困惑。

「なぜ貴様が此処に居る。・・・ディ・ロイ。」
「そりゃあもちろん生きてたからデスヨ?統括官殿。」

ふざけた軽い声音は集会場でいつも彼が発していたものと同じだ。
だが何かが違う。そう告げるのは第六感か、はたまた別の何かか。
確認の仕様も無いが、小さな引っ掛かりを覚えるのは嘘ではなかった。

「貴様は現世において敗死した筈だ。グリムジョーも霊圧の途切れを感知している。」
「他人の意見や感覚が必ずしも毎回正しいわけではありませんよ。・・・周りより多くの物事を識ることができる貴方ならなおさら、そんなこと御存知でいらっしゃるのでは?」
「今はその問いに答える必要性を感じない。まず私の言ったことに答えろ。
―――何故、貴様は生きて此処に居るのだ。」

平坦な声音の中に僅かな苛立ちを感じ取り、ロイは小さく笑う。

「その言い方はちょっと酷くありません?まるで俺が此処に居ちゃいけないみたいじゃないですか。
統括官殿に存在を否定されるなんて・・・嗚呼!可哀想な俺!・・・・・・おや。どういうお積もりですか?」

神に祈るポーズのように両手を胸の前で組んだ格好のまま、ロイはチラリと首筋に宛がわれた鋼に目を向けた。
しかしあと数ミリでも動けば赤いものが流れ出すのは必死なその状況で、浮かべられたのは愉しげな表情。
その変化に気づいたのか否か、盲目の統括官―――東仙要の持つ刀が、カチャリと音を立ててもう1ミリ近づいた。

「ふざけるのは止せ。次は無い。」
「次は無い、ね・・・。グリムジョーの腕はすぐに切り落としたそうじゃ・・・首に喰い込みましたよね。今。」

ツ・・・と鮮赤色の血が銀色の刃に伝う。
それでも怯む様子を見せずにいるロイは、やはり「今まで」と違っていた。
東仙の柄を握る手に力が籠もる。

「貴様は何者だ。」
「ご自分で仰った筈では?ディ・ロイ、と。まさにその通りですよ。」

敬語を使っているのにその音に含まれるのは正反対に位置するものだ。
物分りの悪い子供に教え込むような。相手を己より下に見、嘲っているような。
とにかく、神経を逆撫でするのに間違いは無く、自分の首に刃を突きつけている相手に向かって発すべきものではなかった。

東仙の右手が素早く翻る。
勢いをつけた刃がロイの首筋めがけて軌跡を描いた。
しかし―――

「それが東仙要の正義?」

クスクスと笑いを零し、細められた片目が東仙を見る。
彼の放った一閃はいとも簡単にロイの左手で受け止められ、其処から1ミリたりとも動かせそうにない。
東仙の背を嫌な汗が流れた。
No.16を冠する目の前の破面はその脆弱さ故に同胞たちからも良い扱いは受けていなかった筈である。

しかし・・・今のコレは何だ。

十刃に属すあのグリムジョーですら何も出来なかった一撃を目の前の人物は防いでしまったのだ。
手の皮膚を僅かたりとも切り裂かれることなく、ロイは笑って東仙の斬魄刀を受け止めている。
目を眇め、口角を僅かに上げたその笑みの名は“嘲笑”。

「不審に思われる者、上に逆らう者・・・それらへの処罰が悪いとは言わないよ。けどね、時として暴走する正義は狂信と同じかそれ以上にタチが悪い。そして、愚かな正義を振りかざす者は大概においてそれを解っていない・・・・・・要ちゃんのことだよ。」

言った途端、ギリと刃にかかる力が増したのに気づいて、ロイの笑みは更に深くなる。

自分では考えても見なかっただろう批判に「何を失礼な」と反感を覚えてか、それとも図星を突かれたためか。
どちらにせよ、この盲目の統括官――そう!この男は“統括官”なのだ!これで!!――は怒りを感じているようだ。
愉しい、の一言に尽きる。

暇だったならきっと更にからかうなり何なりして遊んだに違いない。・・・けれども、今はその「暇」が有り余っているわけではなかったりする。
ロイは突然パッと手を離し、東仙の斬魄刀を解放した。
そして戸惑う東仙にニコリと微笑み、告げる。

「俺に刀を向けるなんて・・・“次は無い”だよ、要ちゃん。じゃあね。」

タッと軽い足取りでロイは東仙の横をすり抜けた。
他人をからかって遊ぶより、もっともっと満たされる場所へ。
『彼』は既に目覚めてしまっただろうか。もしそうなら今頃部屋に一人で残されて混乱しているに違いない。早く事情を説明してあげないと。
己の唯一とも言える『彼』のことを考えるだけで無くした筈の心が熱を持つ。

「待っててね。イールフォ・・・」

『彼』の名前を言い切る前にロイの顔のすぐ横を白刃が掠めた。
否、首を狙っていた一閃を僅かな動作でロイが避けたのだ。

顔に浮かんでいた笑みはふつりと消え去り、後ろを向く。
ロイの隻眼は冷たく硬質な何かを湛え、東仙を映した。

「次は無い、・・・そう言ったよね?」
―――覚悟は出来てる?

凍えるような声と瞳でロイは無邪気にそう告げた。















ズリズリズリ・・・

湿りを帯びた何か――それもある程度の重量を持ったもの――を引きずる音と共に一人の人物が姿を現した。
常ならば抑えられている筈の霊圧は今や肌に突き刺さるようで、破面を統べる者・藍染惣右介はその場から腰を上げた。
それと同時にドサリと彼の足元に投げ捨てられる『何か』。
決して視界が良いとは言えないこの薄闇の世界において、最初に感じ取れたのは血臭だ。

「これは・・・」

どういうことだ、と藍染がその人物を見る。
しかし『何か』を投げ捨てた本人はと言えば、些かきつめの視線をものともせず、不機嫌も露な視線を送り返していた。
闇の中に片目を覗かせるその人物・・・ディ・ロイは、スイと血臭漂うソレを見やり、吐き捨てるように口を開く。

「コイツさ、教育なってないんじゃねーの?人の言葉も碌に理解してくれねぇし。・・・次は無いって言ったのに刀向けてくるなんて。コイツとばっかり遊んでられないんだよねぇ。俺はイールのトコに行きたいんだから。」
「・・・・・・・・・つまりは、君がイールフォルトの所へ向かう途中に要がそれを邪魔して、結果、君がキレて要をこんな目にあわせた、と。」
「そうだよ。」

気に入らない事があって子供が腹を立てているのと全く同じ様子でロイははっきりと怒っていた。
しかしロイは実際の子供のように力の無い脆弱な生き物ではない。
故に彼が怒ることによって生み出される結果がコレなのだろう。
生死の判別さえ難しいほどに赤く染まった『東仙要』を見下ろして、藍染は深々と溜息をついた。

「まぁ・・・要のことだ。おおかた君を厳しく問い詰めようとしたんだろう。」

正義という言葉に執着し過ぎている節がある東仙の性格を振り返れば、大体二人の間にあったことも予想がつく。
そう言って藍染は未だ不機嫌さを纏ったままのロイに苦笑を浮かべた。

「要を殺さずに連れて来てくれたのには感謝するよ。」
「殺したりどこかで死なせたりしちゃあ流石にアンタも許すなんてこと出来ないだろ。他の破面の手前。」

自分一人だけなら藍染に許されようと許されまいと知ったことではない。
しかし気にかける対象があるからこそ、こうしてロイは不愉快さを味わいながらも此処に立っているのだ。

「確かにね・・・・・・ああ。もう行ってくれて構わないよ。君もイールフォルトが気になって仕方ないみたいだしね。」
「そう?それじゃ、あとはヨロシク。保護者サン。」

藍染から退出の許可が下りるや否や、ロイはくるりと背を向けて躊躇うことなく姿を消した。
残ったのは再び席に腰を下ろした藍染とその足元に転がされた血濡れの東仙。
藍染はほんの僅かな苦笑を浮かべ、ロイの居た場所をじっと眺める。

「とにかく、まずは傷を治さないといけないか・・・記憶を弄るかどうかは別にして。」

やがて、静かにそう呟かれた言葉は藍染以外の誰の耳に入ることも無く薄闇の中に霧散した。








□「正義に盲目」と「(実際に)盲目な統括官」をかけてみたり。・・・・・・うおっ。ごめんなさい石は投げないで!
□陛下も陛下ですが、藍染さんも藍染さんですね。
□ウチの藍染さんは、たぶんロイが何やっても許すと思う。面白がって。

(2006.03.24up)