「今日もまた派手にやってるなあ」
 放課後。二階の教室の窓から校庭を見下ろして、帝人は苦笑交じりにそう呟いた。
 外では髪を金色に染めた中学からの知り合いが大人数を相手にたった一人で喧嘩を繰り広げている。しかも圧倒的な強さでもって。普通の人間とは比較にならない膂力を発揮する事が可能なその少年は“ちぎっては投げ”を言葉通り実行し、喧嘩相手たる他校の少年達を空に放り投げていた。
「……でもまあ、もうちょっとかかりそうかな」
 帝人は一つ欠伸をして視線を窓の外から教室の中へと戻す。
 そして共に帰る約束をしていた件の金髪の少年がここへやって来るまでの間、少しの眠りにつくことにした。



□■□



 カタン、と戸口に手を掛けた状態で折原臨也は固まった。
 誰も居ないだろうと思って自分の教室にやって来てみれば、夕陽に赤く染まった空間の中、よく見知った人物が机に顔を伏せて眠っていたのだから。
 相手を起こさないよう足音に注意しながら臨也は窓際の席にそっと近付く。
 外からは未だ一対多数による喧騒が聞こえていたが、それすら今の臨也の耳には入ってこない。意識はただひたすら眠り続ける少年―――帝人へと向けられていた。
 どうしてこんな時間、こんな所に帝人がいるのだろうと思ったが、理由はすぐに思いつく。十中八九待っているのだ、あの憎たらしい金髪の化け物を。彼らが普通にそういう事をする仲だと臨也は嫌と言うほど知っている。
 気に入らないな、と口の中で呟き、臨也は帝人の前の席に腰を下ろした。
 元々童顔である帝人の寝顔は更に幼さを増す結果となっており、それを間近で見た臨也は知らず頬を緩ませる。けれど手を伸ばして短く切られた前髪を梳きながら呟くのは、
「帝人君が俺のものだったら良かったのに」
 現実と望みの差を知らしめる言葉だ。
 愛しい相手は臨也が自分の想いを自覚する前から他人のものだった。それが嫌で、なのに帝人が幸せそうに笑っているから無理矢理奪う事も躊躇してしまう。代わりに憎くて仕方ない帝人の『相手』に嫌がらせをするのが精一杯。今日もまた平穏を好むその相手を軽く罠に嵌めて喧騒の中に叩き込んでやったのだが、しかしそれで満たされるほど臨也の想いは軽くない。
「俺がもっと君の好きな『非日常』なら、その隣に俺が立つ事もできるのかなあ」
 臨也は苦笑し、窓の外に目を向ける。
 喧嘩はほぼ収束したらしく、死屍累々の中でたった一人、金髪の男が肩で息をしながら立っていた。非日常な存在になるのはやぶさかではないが、あんな人外になるのはゴメンだと臨也は思う。ならば非日常的な行動(仕事)をする人間になれば、それは帝人の求めるモノになれるという事だろうか。
 視線の先では携帯電話で時間を確認した金髪の男が慌てて校舎の中に入って行く様子が見て取れた。どうやらタイムアップのようだ。
 臨也は席を立ち、ほんの僅かに逡巡した後、帝人が眠る机に片手をついてその幼顔に顔を近付けた。
 しかし―――
「……なにやってんだろ」
 ぱっと距離を取り、臨也はそのまま振り返る事もなく教室を後にする。
 それから少しして廊下の方からバタバタと慌しい足音が近付いて来た頃、すっと帝人の両の目が開いた。騒がしい足音で起きたのではなく、まるでもっと前から目覚めていたかのようにその表情に眠気は微塵も残っていない。
 青色を帯びた黒い瞳が教室のドアを見やり、そっと細められる。

「臆病者」

 まるで誰が何をやっていたのか知っているような口ぶりで、ここにはいない人物を小さな声で罵った。






ずっと触れていれば


温もりも伝わるだろうか







硝子越しに伸ばした手、ずっと触れていれば温もりも伝わるだろうか。