入学式を終え、クラスのホームルームで行われている自己紹介も終わりかけたその時。人間観察を趣味とし、この自己紹介の時間もそれなりに楽しんでいた折原臨也は、耳に飛び込んできた三年ぶりの名前に双眸を見開いた。
「○○中学出身、竜ヶ峰帝人です」
「……ッ!」
 こんな仰々しい名前、そう容易く出会えるものではない。
 男女混合で名前順に並んでいたため「あ」行である臨也と「ら」行の帝人の座席はほぼ教室の対角線上に位置している。ぐるりと斜め後ろを振り返れば、記憶にある姿からきっちり離れていた年数分だけ成長した姿の、小学校時代の知り合いが自己紹介を続けていた。
(みかどくんだ……)
 竜ヶ峰帝人という人間は童顔である部分を気にしなければどこからどう見ても一般人である。だが臨也は知っていた。帝人は基本的に一般人であるけれども、彼の『非日常』に対する興味は一般人のそれを大きく凌駕していると。そしてその興味の所為で帝人の人格は時折一般人ではなくなってしまう事を。
 かつてはまだ小学生であり、ここまで人間観察を趣味としていなかった臨也は、そんな帝人を目にした事で初めて人間を面白いと思った程なのだから。
 ある意味、今の臨也を形作った原因でもある帝人は臨也の視線に気付いた様子もなく、つつがなく自己紹介を終えた。


 自己紹介の後は各種委員の決定、続いて教師からの諸注意や連絡事項ときて、本日の予定はこれで全て終了である。
 臨也と帝人、どちらかが女ならば同じ委員にもなれたのだろうが、生憎、突然片方が性転換するはずもなく。臨也は保健委員、そしてなんと帝人はクラス委員になっていた。
 黒板の委員名が着々と生徒の名前で埋まっていく中、臨也の名が書かれても反応しなかった辺り、帝人は完全に臨也の事を忘れてしまっているのかもしれない。
 少し残念に思うが……まぁ仕方ない、と臨也は諦める。
 当時はそれほど派手に動いていた訳でもなく、また帝人には別に仲の良い友人がいて、その相手とばかり遊んでいたから。本当に臨也などは“ただのクラスメイト”でしかなかったのである。
 とにかく。
 そんな訳で帝人と一度も視線が合わなかった臨也は――うっかりホームルームをサボるのも忘れて――最後まできちんと自分の席に着いたまま終了のチャイムを聞いた。
 早速、クラス委員になった帝人の声が号令をかけ、それに従って頭を下げる。バタバタ、ガタガタと生徒達が教室を出ていくのを尻目に、臨也は帝人に声をかけようとして―――
「みか……」
「帝人、帰るぞ」
「うん。ちょっと待ってて」
 廊下側から声。
 臨也の呼びかけを遮ったその声の主は開いた扉の向こうで真っ直ぐに帝人を見つめていた。
 性別は男。すらりと背が高く、臨也とはまた違った美形である。そして最も目を引くのが、入学初日だというのに躊躇う事なく脱色された金色の髪だった。
 あれは誰だ?
 帝人がその男に向かって柔らかな笑みを浮かべている。随分と親しそうだ。
(なん、だよ……)
 チリチリと炙られるような不快感が胸を襲う。
 臨也が声もなく突っ立っていると、鞄に荷物を詰め終わった帝人は金髪男の「いくぞ」という声に頷き、教室から出て行ってしまった。
 僅かな間に随分と人口密度が減った教室で残された臨也はじっと二人が去った扉を見据える。
「気に喰わない」
 誰にも聞こえぬ音量で呟き、臨也はまずあの男の正体を探る事に決めた。“大好きな”人間への好奇心ではなく、嫌悪する対象の弱点を探ろうとする意志を持って。

 ―――これが、人間を愛していると公言してはばからない折原臨也がおそらく初めて人間を嫌った瞬間だった。






硝子越しに伸ばした手







硝子越しに伸ばした手、ずっと触れていれば温もりも伝わるだろうか。