池袋の自動喧嘩人形と言えば、金髪サングラスにバーテン服。まずその三つが真っ先に浮かび、おまけで長身という単語がくっつくかもしれない。だがそんな人物に、最近、新しいパーツがもう一つ追加された。


「オーウ、シズーオ! ソノ首輪ドウシタネ?」
 露西亜寿司の前で客引きをやっていたロシア国籍の黒人・サイモンは、店のお得意様であり自身の友人とも思っている人物の姿を視認し、その様子に僅かばかり目を見開いた。
 サイモンの声で足を止めたシズーオこと平和島静雄は、上機嫌とも不機嫌とも見分けがつかない様子で――いや怒っていないから機嫌はいい方なのか――「ああ、これか?」と己の首元を指差した。
 静雄が指差したそこは、いつもしていたはずの蝶ネクタイが外され、シャツの襟が開いて喉元を覗かせている。そして閉じた襟の代わりに彼の肌の一部を隠しているのは黒い革と銀色の金具からなる首輪だった。
 装飾が施されたその見た目から本来の意味で使用される物ではなくアクセサリーの一種なのだろうが、平素の大人しい静雄には――目元を隠すサングラス同様――それほど似合っている訳ではない。怒りに支配されている時の彼ならば、まさに猛獣の首輪として似合いすぎるほど似合ってしまうかもしれないが。
 静雄の横では彼の上司である田中トムが少し緊張した面持ちでサイモンと静雄を眺めていた。実はトムも最近見かけるようになった後輩の新しいアクセサリーに気付かなかった訳ではないのだが、下手に指摘して怒らせるリスクを避けていたのである。しかし悪気無くズバズバと物を言うサイモンがそれを指摘したため、トムは一体いつロシア人の大男が静雄を怒らせてしまうのか、状況を見守る立場に回る以外の選択肢が無かった。
 ところがトムの心配は杞憂に終わり、静雄はニコリとそれはもう機嫌良さそうに笑ってみせる。
「俺が俺の一番大事な奴のモノって証拠だよ」
「シズーオノ一番大事ナオ人ネ? 初メテ聞イタヨ」
「そりゃまあ最近付き合い始めたばっかりだしな」
「オメデトウゴザイマスヨー。今度ウチ来ルトイイヨ。サービススルネ」
「サンキュー、サイモン。じゃあ今日はこれで、な。さっさと仕事終わらせて帰りてえんだ。待ってる奴がいるからさ」
 サイモンとの会話を終え、静雄がトムの方を向く。
 静雄に恋人ができたなど全く知らなかったトムは暫く呆けていたが、
「トムさん、行きましょう」
「あ、ああ」
 上機嫌な声に促され、止まっていた足を動かし始めた。
「静雄ー。おめー彼女ができたのかよ」
「彼女っつーか、まあ、好きで好きでどうしようもない奴っすね」
「ははっ。ベタ惚れだなあ」
「今はあいつ以外要らねえってくらいっすから」
「ほう」
 それだけ惚れているなら首輪というちょっと変わったファッションも受け入れてしまうのかもれない。
 静雄を昔から知っているからこそ彼の装飾品の変化を恋人の要望だとばかり思っていたトムは、しかし、次に後輩が放った台詞を聞いて瞠目した。
「これも俺が頼んであいつに選んでもらったんです。俺があいつのモノでいられるように」
「……は?」
 黒の首輪を指で軽く引っかいて静雄は嬉しそうに頬を緩ませる。
「俺が犬で、あいつは飼い主。俺は主人であるあいつの事だけを考えて、あいつに愛を吠え続ければいい。そういう意味を込めてるんすよ、これは」
「しず、お……」
 何を言ってやればいいのか、トムには分からなかった。
 ただ常識的に考えて素直におめでとうとは言い難い。静雄のこの『愛』は異常だ。
「お前は……それで、幸せ、なのか?」
「え? 何言ってるんですかトムさん。これ以外の幸せなんて有り得ないっすよ」
「……」
 本当に言うべき事はゼロのようだ。
 静雄の幸せそうな笑顔を眺め、トムはそう思う。
「トムさん、ぼけっとしてねぇでさっさと回収行きましょう」
「あ、ああ。そうだな。お前の恋人も待ってるし」



* * *



 仕事を終えた静雄は寄り道などするはずもなく真っ直ぐに帰宅した。そして己より先に帰っていた恋人の姿を見つけると、
「帝人ただいま!」
 ぎゅう、と小さな身体に抱きつく。
「おかえりなさい、静雄さん」
 そう言い、静雄の金髪を優しく撫でるのは来良学園の制服を纏ったままの竜ヶ峰帝人。どうやら少年の方もつい先程帰宅したばかりらしい。
「帝人、帝人みかど……」
「ちょっと静雄さん、苦しいですってば」
「あ、ああ。すまん」
 帝人が苦笑と共に軽く告げると、静雄はそれこそ主人に怒られた犬のようにしゅんとして項垂れた。
「大丈夫か……?」
「はい。大丈夫ですからそんなに落ち込まないでください。……さあ、時間も良い頃合いですし、そろそろご飯作っちゃいましょうか」
 静雄の腕の中から抜け出た帝人は淡く笑いながらキッチンへ向かう。静雄も帝人の言葉に是と答えてその背を暫く眺めた後、テーブルの上に置いていたチラシ等の不要な物を退かし始めた。
 上機嫌で配膳の準備を進める静雄の姿を帝人はこっそり一瞥し、
(静雄さんが僕のモノ、かぁ……)
 先日自分が選んで静雄が購入した、白い襟から覗く黒い首輪を意識しながら胸中で呟く。
(随分と強烈な被支配欲とでも言うのか。まあ、これも)
 そしてこっそりと笑みを浮かべた。
(楽しい楽しい非日常ではあるよね)






わんっ!


(帝人愛してる!)
(はい。ありがとうございます)