※綱吉と炎真が双子の兄弟(ボンゴレとシモンの血統)。炎真の力は覚醒済み。それ以外は原作設定(たぶん)です。






「えんまくん、えんまくん」
 舌足らずな声が僕の名前を呼ぶ。
 愛しい愛しい、僕の片割れ。僕の兄弟。僕の、綱吉。






狂  の 片 翼






 僕の双子の兄は俗に言ういじめられっこだ。
 成績はいつも低空飛行、運動音痴。性格は控えめというか人見知りが激しく気弱で、自己主張ができない。見た目も平凡の中の平凡。いかにも苛めてくださいと言わんばかりの人間だろう。綱吉もそれを解っているから、あまり外には出たがらない。義務的に小学校へは行くけれど、授業が終われば誰かと遊ぶ事も無く(まぁ友達が居ないからね)真っ直ぐ家に帰ってくる。
 そして帰宅一番、彼は。
「エンマ君!!」
「おかえり、ツナ君」
 僕の名を呼び、大きな目をキラキラと輝かせて幸せそうに笑うのだ。
 綱吉を苛めないのは僕だけ。綱吉を解ってあげられるのも僕だけ。
 ランドセルを下ろす事も忘れて綱吉は僕にぴたりと頬を寄せる。
「学校お疲れ様。楽しかった?」
「ううん。全然」
「じゃあ僕と楽しい事しなきゃね」
「うん!」
 この双子の兄と違い、僕はちょっとした理由があって――僕(ら)に流れる血がどうとか聞いた事がある――小学校に通っていない。というか綱吉とは正真正銘の兄弟、同じ女の腹から生まれてきたのに、僕の戸籍は別に用意されているらしい。まあとにかくそんな訳で、繰り返すが僕は学校に通っていない。いつもこの家で綱吉の帰りを待ち侘びる役目だ。
 彼が学校にいる間、僕は一人ぼっちで綱吉は学校のもの。でも学校が終われば後はずっと、綱吉は僕のものになる。綱吉は学校が嫌いだから、この可愛い可愛い笑顔はいつだって僕のもの。
 ああ、幸せだ。
 僕は綱吉の手を掴んで二階へと上がる。っとその前に。父親は単身赴任(?)か何かでずっと家を空けたままだし、母親も今は用事があって家にいないから、玄関の鍵はしっかり閉めて。ガチャリ、とちょっと大きく響く音がこの空間に僕達二人だけだという事を強調するようで、お腹の辺りが熱くなった。
「エンマ君?」
 どうしたの? と首を傾げる片割れに「なんでもないよ」と笑い返して、その真っ白で柔らかな頬にちゅうと唇を押し付けた。綱吉はちょっと驚いたようだけど、これももう何回か繰り返した事がある行為だから、すぐに笑顔を浮かべて僕の頬に同じ事をしてくれる。
「お返し!」
 えへへ、と笑う顔。ああ、なんて可愛いんだろう。
 他の奴らは絶対知らない。こんなに可愛い綱吉の事。まあ教えてやるつもりもないけど。これは僕だけが知っていればいいんだから。


 それなのに。


 中学校に上がってしばらくしてから、綱吉とその周りは徐々に変わりだした。
 まずは家庭教師を名乗る真っ黒な赤ん坊。その登場を皮切りに綱吉は学校を嫌いだと言わなくなり始め、そこで『友達』を作り始めた。控え目で可愛らしい笑顔は今まで通りだけど、それを僕のいない所でも浮かべるようになったらしい。
 僕以外に綱吉の笑みを向けられているのは、彼の右腕を自称するイタリア人と日本人のハーフの少年、それと綱吉が通う中学校では明るく人気者だという野球部の少年。あとは同じクラスの笹川とか言う女子、その他諸々。
 ……。うん、まあ綱吉が学校を嫌いじゃなくなるのは百歩譲って、いや一万歩くらい譲ってよしとしよう。僕だって綱吉が悲しむより喜んでいる方がいい。でもね?
「ちょっと獄寺君と山本と遊んでくる!」
 そう言って学校から帰ってすぐ出て行ってしまう綱吉。今日は一度家に帰ってきてくれたけど、制服姿のままその二人と遊ぶ事も多々ある。こうして友達と遊ぶようになった綱吉は、初め、僕もその遊びに誘おうとしてくれた。でも僕は綱吉とだけ一緒に居たいのであって、綱吉の笑みが他の誰かに向けられるのを横で見るなんて真っ平ごめんなのだ。
 首を横に振る僕に綱吉も無理強いは出来ず、「そっか」と悲しそうに目を伏せて(ああ、どうしてだろう。その表情に凄くぞくぞくした)、それ以降僕を誘う事もなくなった。
 再び出掛けていった綱吉の背を見送った後、僕は玄関にじっと立ち、見えないはずの綱吉の姿を視線で追いかける。
 綱吉が幸せなら僕も喜んであげるべきなんだろう。でも、でも、だ。今の綱吉の笑顔は僕との時間を削って作られている。もう僕だけの綱吉じゃいてくれないんだ。そんなのは―――
「いや、だなぁ……」
 ゾワゾワと皮膚の下で血が疼く。それは僕の中に流れる古い血が成すものなのか、それとも僕の感情に起因するものなのか。今の僕にはどちらでもよく、ただ思いついた事をその血のおかげで実行に移せるという事実だけが喜ばしかった。

「綱吉は僕のものだよ」



□■□



「あ、あ、あ、あ…………」
 言葉は発せなかった。
 なんで? どうして?
 血塗れで並盛中のグラウンドに立つ双子の弟を見て、オレの頭の中には答えのない疑問ばかりが繰り返される。
「ああ、ツナ君? どうしたの、そんな所に突っ立って」
 自分以外のもので赤黒く染まった片割れはオレが現れたのに気付いてくるりと、いつも通りの調子で振り返った。その顔には優しそうな笑み。ずっと昔からオレに向けられ、オレを幸せにしてくれたその笑顔だ。
 でもこの状況は異常すぎる。
 ねえ、エンマ君。その血は何? その銀色に輝く手甲のような物は? そうして君の前に倒れている、ボロボロになった―――
「やまも、と……? ごくでら、くん?」
 他にも沢山。
 リボーンが来てから話すようになった人達ばかり、闇の帳が落ちたグラウンドに横たわっている。彼らは一様に血塗れで、ボロボロで。時折誰なのか判断する事すら出来ない状況で。そして呻き声一つ、身動ぎ一つなかった。
 足がコンクリートで固定されたように動けない。喉も意味の無い音を途切れ途切れに出すだけで、言葉らしい言葉は全く吐けなかった。頬を伝う感触はなんだろう? 両目が凄く熱くて、痛くて、何かが溢れ出しているようだ。
「ツナ君? どうして泣いてるの」
 心配そうに眉尻を下げてエンマ君が近寄ってくる。それからオレの頬に手をやろうとして、その両手が真っ赤に染まっているのに気付くと、少し迷ってからオレの目元に唇を落とした。
 ちゅ、ちゅ、と両方の目にそれをした後、離れていくエンマ君の顔。
「泣かないで、ツナ君。僕は君に笑っていて欲しい」
 じゃあ、なんで。
 オレに笑っていて欲しいなら、どうして。
「どうして皆を殺したんだよ」
「え? だって」
 真っ赤に染まったエンマ君は、それはそれは綺麗に、幸せそうに微笑んで、もう一度僕に顔を近付ける。

「これでツナ君は僕だけのツナ君になるし」

 ずっと僕の隣で笑っていてね、と呟いて。
 触れ合った唇は塩と鉄の味がした。







リクエストしてくださった綾瀬様に捧げます。
綾瀬様、ありがとうございました!