「愛してる。愛しているわ帝人、私の帝人。愛しているのよ。そのきれいな眼も耳も鼻も口も手も足も、私の宿主より弱々しい身体も私みたいな存在が好きな所も! そうよ貴方は私を愛しているのよね私が貴方を愛しているだけじゃなくて貴方も私を愛しているのよね! 嗚呼なんて素晴らしいのかしら嬉しい事なのかしら。愛してる。愛してる愛してる愛してる、愛してる! 大好きよ帝人!!」
「罪歌は今日も絶好調だね」 「だって帝人と一緒にいるもの愛している帝人と一緒にいられるのだから嬉しいに楽しいに決まっているわ!」 そう答えた存在は、竜ヶ峰帝人のクラスメイトにして特別仲の良い友人・園原杏里の姿に酷似していた。肩まで伸びた艶のある黒髪、白く透き通るような肌、すらりと伸びた手足、異性ならば思わず目をやってしまうような胸元、真面目そうな雰囲気を漂わせる制服まで。しかし普段の杏里と異なるのは、先程から帝人に向けられる圧倒的な量の愛の言葉――杏里はあまり喋らない――と、淡く光り続ける真っ赤な眼だ。 彼女―――罪歌はその姿の持ち主・杏里に寄生する(もしくは共生する)刀であり、ゆえに姿もほぼ同じなのだとか。今も本体である日本刀は杏里の体内に融合している。 これまでならば、罪歌が人の姿になる事はなかった。彼女の愛は人間を斬る事で成立する。つまり宿主である杏里が刀の形をした罪歌で人を斬れば良かったのだ。しかしある時から罪歌は愛しい愛しい人類の中でも一人の少年を―――宿主たる杏里が罪歌と出会って以来初めて愛し始めた少年・帝人を特別愛するようになった。そして更に深く帝人を愛するため、人の形を取ったのだという。 ―――だって最初に帝人が私を愛してくれたんだもの! それなら私は帝人の愛に応えるわ! 応えたいのよ! だから人の形が必要だったの! 帝人ともっと触れ合うために愛し合うために想いを伝え合うために! そう。彼女が人の形を必要としたのは、人類全てを愛する人外・罪歌を帝人が愛したからだ。何よりも非日常を好む少年は人類の中の一人として罪歌が愛を向けた際、彼女の刀身が体内に潜り込むより先に初めてその愛を返してくれた存在だった。 「嗚呼、帝人。好きよ好き愛してる! こんなの初めてでちょっと困っちゃうくらい。貴方が好きで好きでたまらないの! ねえねえ帝人、貴方も言ってよ愛してるって愛してるわよね愛してるわ帝人!」 「うん。僕も罪歌が好きだよ。愛してる」 「嬉しい嬉しい嬉しい!! 帝人大好き愛してる!!」 ぎゅっと罪歌が帝人に正面から抱きついた。帝人はただ微笑んでそれを受け入れる。 それが彼ら二人しかいない場所なら問題無かっただろう。しかし生憎、ここは池袋のど真ん中。周囲には帝人の幼馴染兼親友や罪歌の宿主やワゴンを利用してよく移動している四人組や新宿の情報屋やそれを追いかけて戦闘準備万端(だった)喧嘩人形や運び屋の首なしライダーやその同棲相手で闇医者の青年など、偶然に偶然が重なりあって、まるで仕組まれたかのように帝人の知り合い達が集合していた。 「……は?」 罪歌と帝人の一連の行動を目撃してしまった者達のうち、一番最初に声を発したのは情報屋こと折原臨也。 人、ラブ! を信条とする臨也にとって、人類を愛の対象にしている罪歌は、求める対象もその存在(人外という事)も併せて嫌悪感を向けるに充分なものだった。 「ちょっと何それ。君があの妖刀? 化け物ごときが人間のモノマネしてる事も気に入らないけど、帝人君にべたべたするのは本気で止めてくれないかなぁ」 コートの袖に隠したナイフを右手の中に滑り込ませ、臨也は罪歌を睨み付ける。 すると罪歌はクルリと顔を臨也に向け、 「やだわイヤだわ貴方にはこれが見えないのかしら。私達は愛し合っているのよ帝人は私を愛していて私は帝人を愛しているの相思相愛よ。だからこの抱擁は正当なものだわだって愛し合う者達なんですもの私達。貴方に非難される謂われはないわ。まあ貴方に何を言われたって私は一言も聞いてあげないけどねだって私は貴方が嫌いだもの貴方も私を嫌いでしょう? ねえ黒いお兄さん邪魔だからどこかに消えてくれないかしら。貴方を斬って支配する方法もあるけど貴方を愛するなんて嫌なのよ反吐が出るわ気持ち悪い」 表情を全く変えず、帝人に向けて浮かべた微笑みのままでそう言ってのけた。その異様な光景に流石の情報屋も一瞬言葉を失う。罪歌はそれに満足したようで、臨也が反撃の言葉を口にする前に一度抱擁を解き、代わりに帝人の腕を引っ張って歩きだした。 「さあ帝人もっと静かな所に行きましょうそして二人きりでもっともっと愛し合いましょうね」 「罪歌がそうしたいならそうすればいいよ」 「まあ嬉しい! じゃあ早く行きましょう!!」 ぐいぐいと帝人の腕を引っ張って罪歌は歩く。正臣が「帝人!?」と驚きの声を上げ、杏里は「待って竜ヶ峰君! 罪歌!?」と引き留める声と非難する声を出す。だが罪歌の歩みは止まらず、引かれるがままの帝人も止まらない。 「あら」 しかし、この場を離れようとする彼女らの先に平和島静雄がいた。罪歌は帝人の腕を握ったまま足を止める。 「あらあら静雄! 静雄じゃない! 嬉しいわ貴方に会えるなんてでもごめんなさいね静雄。貴方を愛する事はもう諦めたの。貴方は私の、私達の愛を受け入れてくれないから子をなしてくれないから。それに今は帝人がいるもの! 貴方なんかもう要らないわ帝人と交わし合った愛に比べれば貴方に抱いた愛はなんてくだらないものだったんでしょう幼いものだったんでしょう今ならそれが解るのだって帝人と愛し合っているから! さあ静雄そんな所に立ってないで退いてちょうだい私達早く二人で愛し合いたいのよ!」 罪歌はそう言うが、静雄が動く気配はない。彼女の進行方向に立ったまま、サングラス越しにじっと少女の姿をした妖刀を見つめる。いや、正確にはその背後に連れられている帝人を見つめていた。 罪歌は静雄の視線に気付くとチラリとその視線の先にいる少年を見やり、再び静雄に視線を合わせる。 「だめよ静雄この子はあげられないわ帝人は私のものだもの。さあ早く退いてちょうだい貴方は強いから貴方から動いてくれないとそこを通れないわ無理に通ろうとすれば帝人が傷ついてしまうのそんなの嫌じゃない?」 「うるせえ。お前こそ竜ヶ峰を置いてどこかに行っちまえ」 「酷い人ねそんなの嫌に決まってるじゃないの」 「だからごちゃごちゃ言ってねえで……っ!」 元より沸点が低く言葉数の多い者との相性が最悪な静雄。その堪忍袋の緒はいとも容易くブチ切れた。誰もがその後の展開を予想し――― 「静雄さん」 ―――だが、予想は現実にならなかった。 帝人が名前を呼んだだけで静雄は硬直して、 「退いてください」 次の一言でぐっと唇を噛み締める。 「竜ヶ峰……」 静雄が苦しげに呟いても帝人は答えない。周囲にいる知り合い達すら意識の外に追いやって己の腕を掴む少女に微笑みかけた。 「行こう、罪歌」 「ええ行きましょう帝人! 帝人は凄いわね静雄を言葉だけで止めてしまうなんて流石私の帝人だわ!」 「ありがとう」 答え、帝人はまた罪歌に腕を引かれて歩き始める。今度はもう、その歩みを止められる者など現れなかった。
あらあらみんな帝人を愛しているのね帝人が大好きなのねでもごめんなさい帝人は私と愛し合っているの他の人が入り込む余地なんて全く無いのよさようなら!
「罪帝前提の帝人総受けで、罪歌を受け入れている帝人と帝人を愛しまくっている罪歌、それに嫉妬する周りのみんな」をリクエストしてくださった匿名様に捧げます。 ありがとうございました! |