上条当麻の朝は、学生寮の鍵も当麻が寝室代わりに使っているバスルームのドアの鍵も問答無用で開錠―――否、破壊して侵入し、当麻に覆い被さって眠っている少女を己の上より退かせる事から始まる。
「一方通行……どいてくれ」 諸事情で八月最終日の前頭葉損傷フラグを回避した過去を持つ少女は、眠っている間、ほぼ無意識に音も衝撃も全て無効化してしまうため、普通に告げるだけでは効果がない。それを身を持って知らされている当麻は、唯一彼女の防壁を突破できる己の右手を相手の左耳付近に触れさせて起床と移動を要請した。 「ん……とォま?」 上条宅に居候しているシスターよりも低く、性別の曖昧な声が少女・一方通行の口から漏れ出る。不法侵入をしでかし、家主に夜這いもどきを仕掛けた年頃の少女とは思えない、のんびりとしたものだった。ただし彼女に言わせれば、これは恋人という意味での「彼女」が「彼氏」の部屋にお邪魔して控えめに愛を確かめ合っているにすぎないと言う事らしいのだが。 (恋人って……上条さんはまだ誰ともお付き合いした記憶なんてないのですが) 少女の中ではそうなっているらしい。否定すると「当麻は恥ずかしいだけなンだろォ? ンなの解ってるって」と笑顔で返され、全く聞き入れてもらえない。妄想もここまでくれば立派だ。しかも下手に言い返して怒らせると『学園都市最強』の超能力者が存分に力を発揮してくれるので、彼女とは正反対の『最弱』―――無能力者である当麻が強く逆らえるはずもなかった。 「とォま、おはよう」 「おはよう、一方通行。そろそろ起きなきゃなんねーから、どいてくれるか?」 「んー」 シャツにぐりぐりと頭を押し付けてくる少女というのは男の視点から見て可愛らしいものであるが、如何せん相手は不法侵入者で妄想気味で、しかも――― 「このシャツくれたら退いてやる」 コレクター癖を持つ変態ストーカーさんだった。尚、ストーカーと称するのは、当麻が教えていなかったにも拘わらず、一方通行はかなりの初期にこの学生寮の住所を突き止めていたからである。バンクを検索したのではなく、街で見かけた当麻を尾行して。 一方通行の白い髪と赤い目という神秘的な配色に、やや三白眼気味ではあるが整った顔立ちは、異性として充分魅力的だというのに、 (もったいない) 人間、中身は大事だよねと思う。 胸中で溜息を吐きつつ、当麻はこの場で半裸要求をしてくる少女をどうやって退かそうかと、寝起きの頭をフル回転させた。 * * * 一方通行をなんとか帰宅させて(近々一緒に住もうと言われた。まずい。そのうち指輪を要求されるかもしれない)学校へ向かった当麻。教室では上条宅のお隣さんである土御門元春が気の毒そうな目を向けてくるので本当に切なかった。 ともあれ、学校では特定の誰かに悩まされる事もなく、放課後。帰宅途中の当麻が見かけたのは――― 「垣根?」 同年代なのだろうが――当麻は相手の正確な年齢を知らない――どこか大人っぽい雰囲気を持ち、茶色いストレートの髪を背中まで伸ばした既知の人物。名前を垣根帝督と言い、朝の襲撃者(アクセラレータ)と同じ超能力者で学園都市第二位の少女である。 「よ、よう」 偶然当麻と出くわした帝督は些か緊張した面持ちで片手を挙げる。だが彼女の硬い態度はいつもの事なので、今更当麻も気にしていなかった。一歩通行とはまた別種の美しい少女だが、ひょっとしたら異性に慣れていないのかもしれない。 「最近よく会うな」 「ちょっとこっちに来る用事が多くてな! 決してお前の顔を見に来てる訳じゃないぞ!」 「そりゃ解ってるって」 こんなに可愛らしい少女が平凡どころか無能力者でしかない上条当麻にわざわざ会いに来る訳がない。(一方通行は極めて特殊な例だ。) そう答えた当麻に、しかし帝督は一瞬だけ表情を曇らせた。ただしそれはすぐに消え、 「上条は今日一人なのか?」 「ん? ああ。学校帰りだしな」 「そうか!」 答えた途端、少女の顔がぱぁと明るくなったような気がする。帝督は、ととと、と可愛らしく当麻に近寄り「だったら」と続けた。 「もしよければ一緒に行って欲しい所があるんだが……」 「俺と?」 当麻が訊けば、少女はこくりと頷く。 学生寮には腹ぺこシスターが待っているのだが、冷蔵庫には調理せずに食べられる物がまだ幾つか残っていたし、大丈夫だろう。そう判断した当麻は帝督の誘いに応じた。 「じゃあ、こ、こっちだ!」 「はいはーい。上条さんはどこへでもついて行きますから、そう急がなくても大丈夫ですことよ」 手をぐいぐいと引っ張って歩いていく少女に当麻は苦笑を浮かべる。 こうして当麻が垣根帝督と(当麻以外の者から見て)放課後デートを終え、帰宅すると――― * * * 「ステイル!? ひっさしぶりだなー。インデックスに会いに来たのか?」 学生寮の上条当麻の部屋の前に、修道服ではなく黒い僧衣を身に纏った少女が立っていた。 一方通行も垣根帝督も当麻と然程身長に差はないのだが、ステイルだけは頭一個以上下方に視線が落ちる。 少女の赤い髪の天辺を見下ろしながら当麻は首を傾げた。 「中にインデックスがいるだろ? あいつの知り合いなら中から鍵開けてもらって入ってくれてもいいんだぞ?」 その方が旧知の者同士――と言ってもインデックスの方がステイルとの過去を忘れてしまっているのだが――、色々話しもできるだろうに。 当麻の言に、しかしステイルは首を横に振った。 「僕はあの子を覚えているが、あの子はそうじゃないからね。元気な姿を見て話をしたいのは山々だが、あの子の警戒した姿ばかりじゃあね。でも上条当麻、君がいればあの子も多少柔らかく笑ってくれるだろう?」 「そんなもんか?」 「そんなもんだよ」 ステイルの答えに「ふーん」と返し、当麻は鞄の中から自宅の鍵を取り出した。先程少女に言った通り、中にいるシスターに開けてもらってもいいのだが、食事中とアニメ観賞中はあまり反応してくれなかったりするので。 鍵穴に鍵を差し込んで当麻は苦笑する。 「でもホント、お前ってインデックスが好きだよな。あ、神裂もか」 「まあね。でも……」 ステイルが何を続けたのか。ガチャリと扉を開けた瞬間に白い物体から「遅くまで誰と何してやがったンだこの浮気者ォ!!」と叫びながら突進攻撃を受けた当麻は、彼女の言葉をきちんと聞き取る事ができなかった。 「でも、君の事だってそれなりに想っているんだけどね」
someday everyday
「なんでまだ俺の部屋に一方通行さんがいらっしゃるのでせう」 「そりゃァ俺がテメェの彼女だからに決まってンだろォ?」 (だから上条さんに貴女様と恋人関係になった記憶は無いのですが!?) 「とうまはモテモテだねぇ」 「ちょ、インデックス!? なにむっちゃ他人事っぽい顔してんの!」 「おいこら当麻。こっち向け」 「ぐぎゃ!」 「上条当麻!? き、きみ、首が……!」 リクエストしてくださった齋藤郁弥様に捧げます。 齋藤郁弥様、ありがとうございました! |