※若干、流血表現が含まれます。






 どうして自分はもっと早くに生まれてこなかったのだろう。この人より早くとは言わない。せめてこの人に子供扱いされない、守るべき対象として見られない程度に。
 目の前の光景をただ黙って見つめながら、土御門元春はそう思った。
「……っと、流石にプロは違うなぁ」
 能力使って暴れてる学生の方がまだまだ楽だ、とどこかの兵士のような装備で顔も隠した者達の攻撃を受け流しながら、土御門の高校の教師で、警備員で、加えてもっと闇側の仕事も請け負っているらしい上条当麻が薄く笑った。
 その手に握られているのはたった一本の特殊警棒のみ。対して敵は先程消音器を取り付けた銃まで発砲した始末。
 戦力差は歴然。だが信じられない事に、最初彼らに狙われた土御門も、それを助けてくれた当麻も、全くの無傷(当麻が現れるまでに土御門が負った傷はノーカウントとする)で、今この場に立っている。
「カミ、やん……」
「駄目だろー、土御門。確かにお前は頭が回るが、能力はレベル0だし、開発の所為で“あっち”の方もまともに使えない。こういう連中を相手にする時に一人ってのはいただけませんの事よ?」
 土御門の所属事情を知っている当麻は目の前の連中を考慮して少々ぼかした言い方で軽く告げる。ただし視線は前に向けられたまま、相手の一挙一動を決して見逃さない。それはきっと、当麻が気を抜けば、傷つくのは土御門だと解っているからで―――
(大事な奴を守るために強くなった。なのに、なんで肝心な時に守られてんだよオレは……!)
 唇を噛むと血の味がした。
 せめてこの人と同じ年だったら、この人に子供と認識されない程度の年齢だったら。当麻は土御門を守るのではなく共に戦おうとしてくれたのだろうか。
 今のままでは同じ場所に立てない。それがもどかしく、悔しく、情けなく、腹立たしい。

 パシュ、と空気の抜ける音。

 気付けば、当麻が僅かに上半身をずらしていた。
「あーもう。あんまり飛び道具は向けてほしくないのですが。上条さんの大事な子に当たったらどうしてくれるのでせう」
 普段の当麻らしい、少し変わった(ふざけた)物言い。だが視線も空気も立ち姿も、どれもがゆっくりと確実に襲撃者への攻撃意思を増していく。いや、元々それはあったのだが、当麻本人が隠そうとしなくなっているのかもしれない。
「アレイスターの馬鹿もさあ、任務の振り分けくらい考えろってんだよなー。こういうの得意な奴は他にいるだろ?」
 声だけは軽いまま、当麻が地面を蹴った。ダンッと破裂するような音を立て、相手との距離を一気に縮めた当麻は警棒での一撃をフェイクにして左足の踵を敵の首筋に叩き込む。身体を覆うプロテクターなど関係ない。関節等の硬い物で覆えない場所を狙って、一撃目で前のめりになった身体に二撃、三撃と加えて完全に地面に沈める。そして間を置かずに次の対象へ。相手の反応よりも早く、当麻の足と腕が強烈な攻撃を加えていった。
(すげ……)
 これが子供の土御門元春と大人の上条当麻の差。彼よりずっと遅く生まれた土御門には容易に埋められないもの。いくら真剣に鍛えようとしても、追い付きたい相手が同じ時に同じように鍛えているのだから、二人の間にある距離をこれ以上広げないようにするのが精一杯だ。
「あ、てめっ……!」
 当麻の焦った声。それを耳にした瞬間、土御門の意識ははっきりと正面に向く。視線の先にいたのは当麻の相手を別の仲間に任せて土御門へと迫ってくる敵の姿。複数対一では苦しい土御門も一対一ならほとんどの場合問題ない。しかし今はタイミングが悪かった。
 反応が遅れた土御門はとっさに防御に回り―――
 パシュ、と再び空気音。
 だがそれにより赤い血をまき散らしたのは土御門でも当麻でもなく、土御門に攻撃を加えんとしていた者だった。
「へ……?」
 視線を当麻に向ける。するとそこには敵の腕を捻って銃口を倒れた敵に合わせている当麻の姿が。視線は酷く冷たく、口元は真一文字に閉じられて軽口を吐き出す気配もない。
「かみ、や……」
「一応言っておくとさ、別に殺してもアレイスターが何とかしてくれるのですよ、こういうお仕事では。でも人は殺さないってのが上条さんの決め事でしてね。ただしそれには条件があって、俺の大事な奴らが無事でいる事前提なのですよ。で、今お前らは土御門を殺そうとした、な?」
 口調は何ら変わっていない。だが声の温度だけはドライアイスのように、凍るのを通り越してやけどしそうな冷たさだった。

「だからもう死ねよお前ら」

 土御門ではなく生き残った敵にそう告げて、当麻は腕を捻っていた相手から銃を奪い、あとは空気の抜ける音を連続して生み出していった。
 残ったのは土御門と当麻と、それから物言わぬ所属不明の人間だった者達。
「カミやん」
「帰るぞ土御門」
「え」
「何が“え”だよ。事後処理は専門の奴らに任せて、俺達はさっさと帰ろうぜ」
 普通。当麻の様子はあまりにも普通だった。冷たい声も、凍てつく視線も、何もない。
 その切り替えの早さに土御門は唖然とし―――だがすぐに差し出された当麻の手を取った。
「オレもこの仕事結構やってるが、カミやんほど早い切り替えはまだまだ出来ませんですにゃー」
 その場を離れながら土御門は軽口をたたく。
 すると冷たさを完全に抜いた当麻の声が小さな苦笑を返した。
「そりゃ俺の方が長いし。あーでも、土御門にはこんな切り替えの素早さなんざ不要な暮らしをしてほしいんだけどなぁ」
「……」
 当麻の言葉に少し、胸の奥がチクリと痛む。それを自覚した直後、土御門の口はほぼ無意識のうちに言葉を紡いでいた。
「オレはいつかカミやんの隣に立ちたいと思ってる。今この状態をもどかしいとも」
「土御門……?」
「解ってるさ。強さは目的じゃない。手段だ。でもオレはお前の隣に立ちたい。お前に守られるだけじゃなく、お前に背中を預けてもらえるような」
 当麻の黒い瞳と視線が絡む。
 いつしか歩みは止まり、沈黙がその場を支配した。遠くで微かに車の走行音が聞こえ―――
「なら、やってみろよ」
「カミやん?」
「俺の隣に立ちたいんだろ? じゃあ立てばいい。お前がそうしたいなら、そうしろって。本当はさっきも言ったけど、土御門にこういう仕事はしてほしくない。でもお前がやると決めたなら、俺が出来るのはその手伝いをしてやる事だけだ」
「それって……!」
 土御門が目を見開くと、当麻は薄く微笑んだ。
「お前が俺の隣に立ってくれるその日を楽しみにしているよ」













リクエストしてくださったるいしか様に捧げます。
るいしか様、ありがとうございました!