「鈴科?」
街灯に背を預けて携帯電話の液晶画面を睨んでいた一方通行に、突然、聞き覚えのある声がかけられた。ハッとして顔を上げれば、数歩離れた場所に黒髪ツンツン頭の少年―――上条当麻の姿が。 一方通行の赤い瞳を正面から受け止め、上条はふわりと淡く笑う。 「難しい顔してどうした?」 何か困り事があるなら力になると言葉にせずとも伝わってくるようで、一方通行はじんわりと胸が熱くなるのを感じる。だが『光』の世界の住人である彼に、この携帯電話が表示する内容を明かす訳にはいかない。どんなに気が進まないものであろうとも、これは『闇』の住人である一方通行がやるべき仕事だ。そして上条当麻が知るべきものでもない。彼はこんな汚れ仕事など存在すら知る事なく、こうやって笑ってくれればいいのだから。 仕事に対する嫌悪感、それと同時に目の前の少年が正しく光の世界の住人である事への喜びを感じながら、一方通行は何でもない風に返答してみせた。 「あン? そンなに難しい顔してたか?」 「んー……いや、見間違いならいいんだけどさ」 なんかあったら言ってくれよ、と続く言葉に、一方通行は偽悪的に頬を歪める。 「オイオイ、俺を誰だと思ってやがる。学園都市第一位様だぜェ? 俺にできなくてテメェにできる事なンてあると思ってンのか?」 「うおぅ。グサッとくる言い方だが事実なので否定できませんっ! でも鈴科さーん、もうちっと優しい言い方をしていただけないかと上条さんは思うのですが!」 「俺にンなもん期待する方が間違ってるつゥの」 わざとらしく胸を押さえて呻く上条に一方通行は自然と笑みが零れるのを感じていた。 こんな他愛ない掛け合いがひどく楽しく、愛しい。上条と笑い合える時間が永遠に続けばいいのに。彼と話しているといつもそう思ってしまう。 最初は敵として出会ったというのに――しかも上条は一方通行に向かってきた“少女”の味方と来たもんだ!――、まるでそんな敵対関係など最初から無かったかの如く、上条は一方通行に微笑みかけてくれた。これがどれほど貴重で、長い間他人に対して完璧な『無関心』だった一方通行の心に響くのか、上条本人はきっと知らないだろう。 (まァ知られたら知られたで、そりゃァもゥ赤っ恥モンだがな) 内心苦笑し、一方通行は未だ手に持っていた携帯電話をポケットに仕舞う。 メールに記載されていた時刻まであまり間がない。場所も移動しなくてはならず、そろそろここを去らねばならないだろう。 上条との逢瀬――なんて表現、以前の自分には全く見られなかったが――の短さに痛む胸を誤魔化しつつ、一方通行は相手との会話を切り上げる。 「悪ィがこれから予定があってな」 「そっか。引き留めて悪かった」 「いンや。微妙かつ絶妙な暇潰しだったぜ」 「上条さんとの会話は暇潰し程度なのでせうか!?」 「ッたりめェだろ?」 くすりと吐息を零し、一方通行は上条に背を向けた。そのままこの場を去ろうとすると――― 「鈴科!」 「ン?」 名前を呼ばれ、振り返る。 視線の先には一方通行が愛しくて堪らない笑みがあった。 「また連絡するからさ、今度一緒にどっか行こうぜ!」 「…………、あァ。そのうち、な」 僅かな間を置いてそう答え、一方通行は再び背を向けた。「じゃあなー」という後ろからの声に片手を上げて答えながら。 少女はそのまま真っ直ぐ前を見据えて歩き続け、 (だめだ。後ろ向けねェ……!!) だって、だって、だ。 上条のあの言い方は、まるでデートの誘いではないか! 熱を帯びる頬を見られないよう、絶対に振り返るものかと思いながら、一方通行は角を曲がる。 上条がそうと意識して告げたはずなどないと理解していながら、それでもドクドクと脈打つ心臓は本物だ。正直に言おう。嬉しい。とてつもなく、嬉しかった。 やはり仕事そのものには反吐が出るが、一方通行があの場所で足を止める理由となった仕事の連絡に対してはそれなりの感謝をしてやってもいいと思えるほどに。 (仕事中に連絡が来たら、構わずケータイ見ちまいそうだなァおい) あは、と声を出しながら小さく苦笑する。 その姿はたとえ学園都市最強であったとしても、やはり彼女は少女であると見た人に思わせるものだった。 □■□ 一方通行の背が建物の向こうに消えるまで見送って、上条はふっと口元に描いていた弧の種類を変化させる。淡く優しげなものから、どこか暗い気配を感じさせるものへと。 「ホント、かぁわいいなー」 彼女の思考などお見通しといった風に、両目を細めて楽しそうに上条は微笑んでいた。 「だから俺は鈴科の事が大好きなんだよ」 この場にはいない者へと愛しげに囁き、上条もその場を立ち去る。 途中、ズボンのポケットにねじ込んでいた二つ折りの携帯電話を取り出し、カチカチと操作して何かのメッセージを送信した。返信はすぐになされ、それを確認した上条は己の学生寮とは異なる方向に進路を変更する。 人影の見えない通りに辿り着くと、まるでどこかで見ていたかのようなタイミングで一台のワゴン車が現れた。目の前でスライドしたドアを当然のような態度で眺め、上条は車の中に足を踏み入れる。 「さってと。それじゃあ上条さんもお仕事といきますか」 そんでもって帰ったらデートコースも考えねぇと、と楽しげな声で呟きながら、上条はワゴン車の後部座席に背を預けて目を瞑る。 瞼が降りる直前にその黒い瞳が孕んでいたのは、一方通行よりももっとずっと深い闇の奥に住まう者特有の『光』だった。
オニキスの眼球
「3K上条さんで上百合」をリクエストしてくださった匿名様に捧げます。 ありがとうございました! |