十二番隊の第三席である黒崎一護と同隊副隊長の涅ネムは仲がいい。
呼び方こそ『涅副隊長』『黒崎三席』ではあったが、それ以外はもう、まるで恋人同士であるかのように。 だがネムはヒトではなく、十二番隊隊長の涅マユリによって作られた人形だ。 だからと言って皆がネムの人格を認めないわけではなかったが、『親』がアレというのは大問題であろう。 よって、もし「俺達結婚する」とか一護が言い出したら必死で止めに走るんだろうなぁと、一護と友人関係にある者達は常日頃から考えていた。 考えていた、のだが。 ある日、特殊能力を持つらしい虚が複数体、流魂街に現れた。 データ収集・解析のために十二番隊が出動し、派遣されたメンバーのリーダーとして副隊長のネムが任につく形で。戦闘目的ではないため攻撃に特化した者は連れず。 しかし――― 「姉さん!!」 緊急で帰還した解析班のメンバーはその数を減らすことは無かったものの、何人かは自力で歩けないほど負傷し、リーダーであるネムも怪我を負っていた。 予想外の事態に死神達は驚く。 だが治療のため解析班が搬送された四番隊の隊舎に集まっていた一部の者達は、駆けつけた十二番隊第三席の台詞に更に驚愕する羽目となった。 「ね、“姉さん”だ……?」 誰がその言葉を発したのかは判らない。 だがその場にいた者達全員の思いを表していたことに違いはないだろう。 黒崎一護が涅ネムを姉と呼んだ? 恋人ではなく、姉弟だと言うのか。 ついでに推測してしまうと、黒崎一護もまたあの変人(と正直に言ってしまう)が作った存在であると……? 「うわー、見えねぇ」 これもまた誰かの発言及び全員の心境である。 もし今が緊急事態でなければ、もっと大々的に驚愕し、一時的に仕事がストップしていたかもしれない。 なんか物凄いこと知っちゃった、と近くにいた者達が心を一つにしている中、一護は椅子に座って治療を待っていたネムの両手をそっと取って、彼女の足下に跪く。 「姉さん大丈夫か?」 「問題ありません。多少の怪我はありますが、自己治癒が可能です」 「放っておいて跡が残るなんてことは……」 「可能性は否定できません。ですがその程度は許容範囲内です」 「それは俺が嫌だ。やっぱ父さんに診てもらおうぜ」 「……貴方がそう言うなら」 いつも無表情・無感動なはずのネムが心なしか嬉しそうに――正確には嬉しいのを我慢しているように――見えた。 というか“父さん”はやっぱアレなのか、アレなんだよなぁ、と再び周囲の者達の心がシンクロする。 そんな奇妙なシンクロが行われる中、原因である一護は己に同行していた部下(女性二人)を呼んでネムの移動を手伝うよう指示すると共に、四番隊の者にきっぱりと告げた。 「姉さん―――涅ネム副隊長は技術開発局に運びます。彼女の治療は涅隊長が行いますので。よろしいですか?」 「あ、……はい」 「それでは。……副隊長を頼む」 「了解致しました。副隊長、参りましょうか」 そう告げると、一護について来た女性死神二人はネムを伴って四番隊の隊舎を去る。 残った一護は一体どうするつもりだろう。 一同が見守る中、彼はオレンジ色の髪の毛をガシガシと掻く。 そして一度だけ大きく「あー……」と溜息とも呻きとも取れる音を発し、 「姉さんに怪我させた虚、ブチ殺す」 瞬間、周囲にいた全員が恐怖にひきつった。 内包する霊力が強すぎて力の制御が苦手らしい一護は恒常的にかなり強い霊圧を垂れ流しているが、今は普段のそれが塵にも等しいと思い知らせるに充分な強さを擁している。 しかもどうやら溺愛している姉の負傷により半端ない怒りの気配を纏っているため、まるで個人個人に膨大な殺気を向けているかのよう。 そんな中、上位席官の一人がなんとか言葉を紡ぎ出すことに成功した。 「あ、あの。黒崎第三席……」 「ん?」 眉をしかめて(いや、これはいつものことだが)一護がそちらを向く。 「今の発言をそのまま受け取ると問題の虚を討伐しに向かわれるとのことですが、事前調査の方はよろしいので?」 「ああ、それか」 面倒臭そうに、忌々しそうに、おかしそうに、一護は口の端を持ち上げた。 「事前調査なんて言ってるが、どうせ本当は父さん……涅隊長の趣味と実益を兼ねたサンプル収集なんだ、気にするもんじゃねーよ」 「へ……え、そうなんですか?」 「おう」 「あ、でも敵の正確な正体も知らずに戦うのは危険かと―――」 「んなの必要ねーよ」 「へ?」 「俺は涅マユリが戦闘用に作った素体だぜ? それとも何、お前、二代目技術開発局局長の才能を信じてないわけ? ま、確かに変な人っちゃあ変だけどさ」 「え、いや……そんなこと、は」 「じゃあもういいな。俺、行くぜ」 言って、一護は隊舎を後にする。 残った者達は彼が出ていった扉を眺めながら、一様にどっと全身の力を抜いた。 「なに、あれ!」 「一護ってあんな怖い奴だったのか!?」 「いやそれよりも涅副隊長と同じ……」 「十二番隊長の?」 「父さん、って言ったしな」 「姉さんとも」 「ひょっとしなくてもシスコ……」 「皆まで言うな」 ガヤガヤと各自、思ったことを口にする。 部屋の中は一気に喧しくなり、本来それを諌めるべき立場の者でさえ同様の状態なのだから止まるはずがない。 ともあれ。 そんなこんなで事実を知った者達に多大なる困惑を与えて出発した一護が件の虚を退治して帰還したのは、まだ彼らの動揺が去っていない―――それどころか更に情報が伝わって騒ぎが瀞霊廷中に広まった後の事である。 そしてまた、虚を退治したことで多少溜飲が下がって殺気を収めた一護が、その情報を聞きつけた友人達から説明要求と称してもみくちゃにされるのも。
ちょっと待て
(説明を! 説明を要求します!!) リクエストしてくださったゆかり様に捧げます(1個目)。 ゆかり様、ありがとうございました! |