数週間前、霊王が身罷った。
その知らせはあっという間に尸魂界を駆け巡り、そして現世の浦原達の元にも間を置かずして伝わった。 暗殺―――ではない。 どうやら何百年か、もしくは何千年かに一度の『代替え』の時期らしい。 (とは言っても、浦原はそこまで昔から生きていたわけでもなく、以前の『代替え』を知らないのだが。) 確かに去年の今頃は藍染惣右介達が尸魂界を裏切って破面と組し、霊王を殺害しようと目論んでいたようだが、それもある一人の死神代行と他沢山の死神や協力者達によって阻止されている。 今はまたその時の騒動が嘘であったかのように静かな、けれども時折虚が生まれては被害を生み出す状況に戻っていた。 そんな折。 ついにこの時が来たか・と思いながら浦原は目の前の光景を見つめた。 とうに日は沈んで時刻は真夜中に近い。 月や星の光は無いに等しく、ぽつんぽつんと離れて立つ街灯が淡い光を放っていて、薄らと幾つかの人影を浮かび上がらせている。 そしてもう一つ。 頭部を一刀両断されて白い破片となって消えていく巨体―――虚の姿。 破面ではなかったそれは、しかし他の虚と異なり特殊な能力を有していたため、この空座町の死神代行である少年にとって酷く戦い辛い相手であった。 あまりの苦戦に浦原も手を貸すべきか否か迷って様子を窺っていたのだが、近付いてくる霊圧に気付いてそのままことの成り行きを見守ることにしたのである。 結果はこの状態。 苦戦を強いられていた少年・黒崎一護の前に颯爽と現れ、一護に意識を向けていた虚の隙をついた人物が斬魄刀を鞘に納めて少年の方に振り返った。 「・・・あーあ、とうとうネタばらしっスか。一心サン。」 どうやら息子の危機を見逃すことが出来なかったらしい。 それとも、そろそろ自分の正体を明かすべきだと考えていたのだろうか。 一護に手を差し伸べる一心に、浦原はポツリとそう呟いた。 下駄を鳴らして黒とオレンジの親子に近付きながら、さて、これからが面倒になるな・と、きっと息子である一護から詰め寄られる一心を想像して苦笑を滲ませる。 その時はきっと自分も巻き込まれて責められるのだろう。 どうして今まで隠していたのか、死神の力があるのならどうして黒崎真咲を助けなかったのか、と。 だが根は素直な一護のこと。 理由を話せば眉間の皺を深めながらもきっと許してくれるはず。 どこか甘えにも似たそんな思いを抱きながら浦原は二人の名を呼ぶために息を吸った。 しかしその時。 「遅れて申し訳ございませんでした、一護様。」 「いや、構わない。それより助かったよ、一心。」 息子であるはずの一護に対して深々と頭を下げる一心と、その一心の名をまるで目下の者のように呼びながら普段よりほんの少し大人びた話し方をする一護。 想像もしていなかった光景に浦原は「へ・・・?」と足を止めた。 帽子の奥から呆けた表情を覗かせる浦原に一護が気付いて小さく笑う。 「とうとうバラしちまった。けど、まぁそろそろ潮時だったしな。」 「そうですね。一護様に危険が及んだのは歓迎出来ませんが、もう時間もありませんし、浦原にこのことを隠したままでいるのも心苦しいですから。」 微笑んで答える一心はどう見ても聞いても少年の『親』ではない。 完全に『家臣』の受け答えに、浦原はカラカラに渇いた喉の奥から小さな声を出した。 「これは、どういう・・・」 「一兄様!」 「一護お兄様!」 浦原の問いに答えが与えられることは無く、その前に二人の少女の声が暗い道に響き渡った。 タン、と軽い足音を立てて一護の傍に降り立つ影。 一心と同じ黒髪を持つ少女と、それと対を成すように明るい色の髪を持った少女だった。 「ああ・・・夏梨、遊子。お前達まで来たのか。」 夏梨と遊子。 それはこの黒崎一護の妹の名だ。 よく見れば、確かに二人の少女には浦原も見覚えがある。 しかし彼女達の纏う雰囲気がそう思わせてくれない。 彼女達の霊圧は多少幽霊が見える程度もしくは完全な一般人であったはずなのに、今浦原が肌で感じているのは明らかに上位の死神の霊圧だったのだ。 「だ、だって心配で・・・!」 遊子(であるはずの少女)が戸惑う浦原など視界にも入れず、一護だけを見つめて眉を八の字に下げる。 そんな少女に同意をして、夏梨(であるはずのもう一人の少女)も一護の死覇装をやや控えめに握った。 「そうです。あまり無茶なことはもうしないと仰ったではありませんか。」 「悪かったって。」 「もう一兄様一人の御身ではないのです。」 「ああ、ごめんって。」 夏梨の黒髪を撫でながら一護は穏やかな笑みを見せる。 その顔にほっと息をつき、次いで夏梨がチラリと浦原に視線を向けた。 「一兄様・・・もうお話になられたのですか?」 「それは、」 「そっちはこれから話すところさ。・・・ほら夏梨、いつまでも一護様にしがみ付いていないで。遊子もこちらへおいで。」 一護の代わりに一心が答え、夏梨と遊子を呼ぶ。 二人の少女は渋々と(たった数歩の距離ではあるが)一護から離れ、一心の傍らに立った。 「娘達がご無礼を。」 「いいって。もう本当の妹みたいなものだからな。」 「一兄様・・・!」 「一護お兄様!」 嬉しそうに微笑む彼女達を見つめ、一護は微笑み、一心は「まったく、俺の娘ともあろう者が・・・」と苦笑しつつも穏やかな声を漏らす。 そんな彼らに対し、もう何が何やら、状況が飲み込めず浦原はその場に立ち尽くすばかり。 どうやら一護と一心は本当の親子ではなく、どちらかと言うと主従関係で、しかも妹達も一心の娘ではあるが一護の本当の妹ではないらしい。 そのことは想像出来るのだが、根本的な『何か』が明かされないままなのだ。 すっきりしないし、明らかに自分だけがあの中に入っていない。 そのことが自然と浦原の双眸を剣呑に細くさせた。 そんな浦原の雰囲気に気付いてか、一心が浦原に顔を向けて罰が悪そうに頭を掻いた。 「あー、悪かったな。今まで黙っててよ。・・・ってか今もちゃんと説明してねぇか。」 「それなら早く説明しちゃってくださいよ。どうやらアタシだけ何も知らないみたいですし。」 「知らねぇのはお前だけじゃねぇさ。知ってるのが俺達“家族”なだけで、な。」 苦笑する一心。 だがその死覇装の裾を夏梨がくいっと引いた。 「親父、時間が迫ってんだから教えるならさっさと全部教えてやれよ。でないと―――」 「そうだな。予定に遅れると他の王族達が騒ぎ出しちまう。何と言っても、」 一旦言葉を切り、一心は一護を見た。 「日付が変わると共に次期霊王様が尸魂界へご帰還なさる予定なんだからな。」
帰 還 の 日
一護に傅く一心さんが書きたかったのです。 (2008.08.03up) |