「お兄ちゃん、兄さん、お兄様、兄様、兄者、兄上、兄貴、兄君、にぃや、にいちゃま、おにいたま、あにクン。ねえ、どんな風に呼んで欲しい?」
「普通でいい、普通で。つうか何だその最後辺りのは。」 どこぞの妹系ゲームじゃあるまいし。 相手である少女にそう返した少年がいるのは、夕陽に照らされて赤く染まった教室の中。とは言っても、それは見た目だけのことで、この空間が他者の介入を防ぐために外界とは隔絶されていることを少年は確かに感じ取ってた。 このような状況を作り上げたのは宇宙人と言っても差し支えない少年―――ではなく、少年が属すクラスで委員長を務めている目の前の少女・朝倉涼子。実はこの少女もまた、少年を産み出した存在を『親』として持つ"宇宙人"の一人である。 「ん?気に入らない?だってあなた、妹にお兄ちゃんって呼ばれたいんでしょ?」 「それは"こっち"の妹に関する話だ。別にお前達に兄だとか何とか呼ばれたいわけじゃない。」 「つまんないの。」 口を尖らせ、少女は呟く。そんな"妹"の様子に少年は溜息を一つ。ああ、どうしてこんなことになっているのか。頭が痛い、と。 最初はこんな風ではなかったのだ。 朝、少年がいつもどおりに登校すれば、下駄箱にメモが一枚。内容は放課後にこの教室でというものであり、少々雰囲気には欠くが告白のための呼び出しとも思える代物だった。 しかし"一般男子生徒として"そんなメモにそわそわしつつ放課後に人気の無い教室を訪れれば、待っていたのは目の前に立つこの少女。その姿に少年は少女の所属が少々過激派であることを思い出し、またこの後の展開に内心うんざりとしたものである。が、そんな少年の心情など少年と自身の関係を知らぬ少女に計れるはずもなく、少女は『親』との事情を少しばかり話した後、少年にサバイバルナイフを向けてきた。セーラー服と機関銃ならぬセーラー服とサバイバルナイフ。これは一種の倒錯的設定なのかと暢気に考えながら少年が少女に応戦することしばし。もとよりスペックに大きな差のある二人ではまともな勝負になるはずもなく、少年の勝利という形で勝負はついた。そして問題はその後。少女は少年が自身と同じ『親』を持つことを知ると急に態度を変え、どこから入手したのか判らないがどこぞの妹キャラよろしく甘え始めたり拗ねてみたりし始めたのである。 「つまらなくて結構。俺はお前達の兄をするためにここにいるわけじゃないんでな。」 「それは・・・そう、だけど。」 「大体どうしてそんなことを一々気にするんだ?そりゃあ今のところ俺はお前達の観察対象と関わっちまってるけどさ、だからって兄だ妹だなんて意味のないことだろう?」 「・・・う、ん。」 「だったらつまらないと思うなんて無駄な思考回路は展開するな。感情を発露するだけでもそれなりに容量を食うんだからな。そんなことをする余裕があるならお前達はお前達の"仕事"をしろ。俺もそうする。」 「・・・・・・。」 少年から口早に言葉を投げかけられ急速に言葉を失っていった少女は、やがて一言も発することが出来ずに視線を床に落とし、口を閉ざしてしまう。 解っている、解っているのだ。自分を含めあと二人、計三人のインターフェースは自立進化の可能性である一人の人間を観察するために生み出された。そして目の前の少年はそれよりも少し前、自分達とは別の目的でこの地での活動を始めた。よって目的が違う個体同士、あれこれと接触する必要は皆無なのである。しかし―――。 情報統合思念体のインターフェースとしてそう考えている一方で"兄"に余計なものだと一蹴された感情が次々と生成されていく。寂しい。自分達とこの人の役割は違うのに。一緒にいたい。自分達は『人間』ではないのに。笑って欲しい。インターフェースでしかないのに。感情なんて不要なもの、持っていても仕方がないのに。なのに、思ってしまう。 「・・・お願い。ほんの少しでいいから、優しくして。」 小さな懇願と共に、ぽと、と床に水滴が一つ。 それを見た少年は眠そうにしていた目を僅かに見開き「朝倉、」と少女の名を呼ぶ。その声に少女が顔を上げた。 「お前・・・」 少年が見たもの。それは健康的な白さの頬を伝う幾筋もの水の軌跡だった。 人間ではないのに、本当の『感情』などまだ持ち合わせていないはずなのに、それでも少女は涙を流し、少年の胸に縋りついた。 「あっ・・・あたしだってわからない!でもあなたにそう言われるとここが、心臓が痛くてしかたないのっ!胸が張り裂けそうで、苦しくて、優しくして欲しくて・・・!だからお願い、妹でいさせて。あなたの傍にずっといたいなんて言わないから、あなたの妹であることを許して。」 ―――そして叶うことなら。家族として、妹として。あたしを、あたしたちを愛してください。 そう言って縋りつく少女の両肩に手を添え、少年は口を開く。 「これも"上"の意志なのか?」 「・・・わからないわ。どうしてこんなにもあなたを求めてしまうのか。だってあたし、一度は本気であなたを殺そうとした。でもあなたが『兄』だって判って、そしたら・・・。」 こんなに激しい『感情』の理由を少女は知らない。そしておそらく少年も、縋り付いてくる少女に擬態で充分であるはずの感情が芽生えていることの意味を計ることは出来ない。多少の個体差はあれどただの端末でしかない両者に情報統合思念体の思惑を理解することは不可能だ。しかし、と少年は己よりもか弱く造られている少女の姿を見下ろしながら先刻の自分の言葉とは異なる思いに気付いた。 「もう、いいから。」 「え・・・?」 見上げてくる不安そうな瞳に少年は初めて優しく微笑んだ。少女がハッと息を呑む。 「わかったよ。ってまあ、何が如何ってハッキリ理解してるわけじゃないんだが・・・それでもお前の『気持ち』はちょっと解ったような気がする。うん、そうだな。だからさっきの言葉は忘れてくれ。」 「それって・・・!」 少女が双眸を大きく見開き、期待に満ちた声で続きを請う。 「ああ。お前は俺の妹だよ、涼子。」 「・・・っ、うん!おにい、ちゃん。」 甘えることを知った少女が花咲くように、涙で濡れた顔で微笑んだ。
感 情 の 在 処
もしかしたら宇宙人キョンはこういうことが先にあって、 長門や喜緑さんに『兄』として接することが出来るようになったのかも。 ちなみに朝倉さんはこの後、長門に(演技で、けじめの意味も込めて)情報連結解除されてから 秘密裏に『お兄ちゃん』に再構築とかされていそうです。 もしくはキョンの中に取り込まれているとか。 (2008.07.20up) |