「お前、俺と一緒に来るか?」

まるでその人その物のような輝ける太陽を背にし、こちらへと手を差し出す人物。
飾り気は無く一つだけ身につけている耳飾が朝日を浴びて輝く。
けれどその人のオレンジ色の髪と琥珀色の目の方がずっとずっと美しいと男は思った。

この光を見ていたい。
許されるならば彼のすぐ傍で、いつまでも。

心からそう願い、そして浦原は手を伸ばした。

「お前、名前は?」
「浦原喜助。」
「ふうん・・・浦原か。これからよろしくな。」

まだ十代前半だろうと思われるその人物は、にこりと微笑み男の手を握る。

「化け物から助けて頂いたご恩、一生忘れません。そしてどうか、お傍に・・・」



それは、男―――浦原喜助と言う人物が『虚』という化け物の名も知らず、そしてまだ何の力も無い薄汚れただけの存在だった頃。
化け物に喰われずに済んだことよりも何よりも、たった一人に出逢えた奇跡を歓喜し、そして生涯の君主を決めた時の話である。





この手を離さない





「一護様、」
「ああ、浦原か。話は聞いたぞ・・・隊長だってな。おめでとう。」
「ありがとうございます。」

出逢いから数十年の時を経ても尚、浦原の心は己の君主の傍に在った。
そして唯一の君主―――オレンジ色の髪と琥珀色の目を持ち、この尸魂界では最上位の分類に入る黒崎一護という名の少年のため、力を磨き続けていた。
結果はこの通り。
浦原は護廷十三隊の十二番隊隊長という地位についた。

やっと此処まで来た・・・。

現世で死に、尸魂界へと送られて、しかも番号の大きな――つまり治安の悪い――土地で暮らしていた自分。
なまじっか霊力を持っていた所為で腹は減り(ただ当時はどうして腹の減る人間と減らない人間がいるのか、浦原には解らなかったが)、しかし食べる物が無い。
そして周囲は奪い合い、獣のような人間ばかり。
そんな劣悪な状況を更に悪化させるかのごとく、夜中に虚の群れが襲来。
ワケも解らないまま自分は“また”死ぬのかと浦原は思った。

でも、死にたくない死にたくない死にたくない・・・!

闇の中で恐怖に瞳孔を開き、ひたすらに身を縮こませる。
それでも霊力を持ち、また隠す能力を身につけていなかった浦原は虚達にとって絶好の獲物。
大口を開けて襲い来る塊に浦原は成す術も無く、夜明け前の仄明るい世界で蹲っていた。
だがその時。

「ギャァァァァァアアアアア!!!」

醜い悲鳴と身体中に降り注ぐ生温かい液体。
それが化け物の血だと気付く前に、浦原は地平線の向こうから顔を出した太陽を背にし、刀を一振りして血糊を払う人物に目を奪われた。
王族の印である(と今なら知っている)瞳と同じ色の装飾品―――片耳だけについたピアスが太陽の光を反射してキラリと輝く。

「大丈夫か?」

強い光が浦原を射る。
それが浦原と一護の最初の出逢いだった。


一護の傍に在ることを決心した浦原はそれから鍛錬に鍛錬を重ね、そしてついに護廷十三隊の隊長という位置にまで来た。
本当なら心だけでなく身体ごと一護の傍にいてその身を守っていたかったのだが、当時何も持たず薄汚れた身体一つで一護に連れて来られた浦原にその資格は無く、周囲の者達が決して許そうとしなかったのだ。
ならば己の力を磨いてこの人の傍にいても良いと認めさせてやる。
そう考えた浦原は尸魂界で最も明確かつ簡単に力を示すことが出来る護廷十三隊へと入ったのである。
そして努力と功績が認められ、浦原はここまで辿り着いた。
あともう少し。
隊長の次は零番隊。
所謂王属特務が控えている。
そこに入れば、あとは一護が浦原喜助という死神を指名するだけで浦原はずっとその傍に在ることが出来るのだ。

「・・・ちゃんと待っててやるから、早くここまで来いよ。」
「御意。必ずや御身の元へ。」
「ああ。必ずだ。」

浦原の答えに一護が少年らしい笑顔を浮かべる。
その笑顔に浦原はより強く「早く王属特務に」と願った。


しかし浦原喜助の十二番隊隊長就任から一年も経たぬうちに変化は訪れた。





□■□





「浦原が永久追放・・・!?」

己の配下の者からその情報を聞き、一護は我が耳を疑った。
そんなはずは無い。
浦原は己の傍にあると誓った人間だ。
何かの間違いだろうと思った。
何かの間違いであって欲しいと思った。
しかし現実は残酷で、情報を集めれば集めるほど浦原喜助は自分の傍にいられないことを一護に知らしめる。
いつの間にあの男が自分の中でこんなにも大きくなっていたのか一護には分からない。
だが不快ではなかった。
身も心も傍にあることをずっと望んでいた。
それなのに。

人払いをして誰もいなくなった部屋の中、己の瞳と同じ色の珠が埋め込まれたピアスを指先でカリッと引っ掻く。
もう一度、今度は更に強い力で。
耳が痛みを訴えてきたけれども一護は止めなかった。
否、それどころか引っかかりに爪を掛け、力いっぱい引っ張ったのだ。

当然力に負けてピアスが耳から弾け飛ぶ。
赤く細い血の糸を引いてカツン、と硬質な音と共に床に落ちた。
きっとここに浦原がいれば慌てて手当てをしようとしただろう。
そのことに苦笑して一護は一歩踏み出す。
物が壊れる小さな音の後、足を上げれば壊れたピアスの残骸。
これ一つで家の一軒や二軒くらいならば楽に買えたのだが、今の一護にとってこんなもの何の役にも立たなかった。

「もう、王族でいたってしょうがねぇしな。」

傍にいて欲しい人間は一護が王族として尸魂界にいる限り、もう決して自分の前に現れてはくれない。
それが解ったからこそ、一護は静かな決心と共に歩き出す。
会いに来られないならば、こちらが行くまで。

「びっくりするだろうなー、アイツ。」

くすりと笑って穿界門をくぐる姿に憂いは無かった。





□■□





そして、時は流れ―――


「浦原ァ。俺、昨日から死神やることになった。」
「・・・はい?」
「お前なら知ってるかな・・・朽木ルキアって女の子。そいつの代わりに俺がしばらく虚の相手をするってわけ。」

暢気な顔で(そりゃあこの人の実力なら虚の相手くらい朝飯前だろうが)告げる少年に、浦原は思わず昔の癖で「一護様!?」と叫びそうになった。
なった、だけで実際には押し留める。
代わりに「い、一護サン・・・?」と、尸魂界を追放されて現世に来てから使うようになった呼称を口にする。
(『俺はもう王族じゃない。』あの日、そう言ってカサブタになったばかりのピアスの跡を見せられて、浦原は泣きたいくらいに情けなくて悔しくて、嬉しかった。)

「ってなワケで、色々サポートよろしく。俺は一般人のフリするから。」
「・・・ま、まあ、一護サンが元々王族だったなんてバレたら大変ですしね。」

驚いたけれども、そんなのアタシに任せて貴方は楽をしていてくださいと言いたかったけれども、結局、浦原がこの目の前の少年に逆らえるはずがなく、早々に「わかりました」と首を縦に振る。
この人が望むなら自分は何だって叶えよう。

『傍にいてくれるんだろ?』

と現世に降り立ったその人の姿に、自分はそう決めたのだ。

「この浦原喜助が一護サンを全力でサポートさせて頂きますよ。もちろん、貴方のお傍で。」
「ああ、期待してるぜ。」








二人の関係は主従愛でもそれ以外でも、どうぞ御好きに想像なさってくださいませ。
リクエストしてくださったミラ様のみお持ち帰りOKです。