「この子が一護サンっスか・・・」
「ああ。どうだ、俺と真咲に似て可愛いだろう?」 ニカッと歯を見せて笑う友人。 しかし浦原は友人こと黒崎一心の様子などそっちのけでキラキラと目を輝かせ興味深そうにこちらへと手を伸ばしてくる赤子を一心不乱に見つめていた。 母親に似たらしく、大きな目はやや垂れ気味で愛嬌がある。 ただし先祖返りなのか遺伝子異常なのか両親共々高い霊圧を持っていた所為なのか、その双眸は見事な琥珀色。 加えてやわらかそうな頭髪は息を呑むほど鮮明なオレンジ色だった。 「・・・触っても?」 「構わんが、気をつけてくれよ。」 いつもらしくなく、恐る恐るといった様子で窺う浦原に一心が多少驚きを示すも、そう言って許可を出す。 すると浦原は貴重な実験材料を扱う時すら比較にならない程の慎重さで、伸ばされている赤子の手にそっと指を触れさせた。 途端、赤子―――黒崎一心と真咲の息子・一護が小さな手に似合わず力強く浦原の指を握り締めた。 「わっ・・・」 思わず声を上げる浦原だが、一護はきゃらきゃらと笑って大の大人の指を握ったまま腕を動かす。 成すがままにさせる浦原は驚きで目を大きく見開きながらも、その口元には淡い微笑を刻んでいた。 (こんなに綺麗で強烈な色を見たのは初めてっスよ、一護サン・・・) 今はまだ周囲から向けられる言葉を正確に理解することなど出来ていないだろう赤子に心の中で語りかける。 しかし一護はまるでその心の中の呟きを理解したかのようにひときわ楽しそうに声を上げて笑った。 数年後。 「キスケっ!」 「いらっしゃい、一護サン。今日も元気そうで何よりっスよ。」 バタンッと元気よく隊舎の扉が開かれ、オレンジ色の小さな塊が駆け込んでくる。 一直線に隊長席へと向かうその塊は、ふわりと隊長席に座る主こと浦原に抱き上げられ、あふれんばかりの笑みを零した。 それに釣られてか、否、その子供が十二番隊の隊舎に近付く霊圧を察知した瞬間から口元を緩ませて、浦原は腕の中に閉じ込めた幼子と額を合わせて微笑んだ。 先日十二番隊に配属されたばかりの新人はそんな隊長の姿にギョッと目を剥き、次いでそんな光景を見慣れてしまった先輩方に窘められている。 わかる、わかるぞ新人よ。だがそのうち慣れてしまうし、大丈夫だ。 そんなことを告げながら新人の肩を叩く先輩方の姿には妙な哀愁が漂っていた。 が、その様子を『研究肌の変人』『マッドサイエンティスト』『他人どころか自分にも興味の無い人間』『鬼畜の冷血漢』『虚よりも性質の悪い死神』などと碌な呼称しか持たない浦原が気にするはずもなく、きゃあきゃあと声を上げる一護を抱き締めて満足そうに微笑んでいた。 浦原がこの子供・一護と出会ったのは数年前。 まだ一護は生まれて幾らも経っていない頃で(何せまだ首が据わっていなかった)、一護が覚えているはずもない。 しかし浦原はその時のことを鮮明に覚えている。 一護との出会いはそれほどまでに強烈な印象を残してくれたのだがら。 赤ん坊の、まだ言葉もはっきりと解っていない一護を見て浦原は思ったのだ。 ああこれが、色というものなのか。と。 それまでの浦原は色彩を色彩と認識出来ていても、それのどこが美しいのか、何が良いのかさっぱり理解出来ていなかった。 色というのはただある物。 必要ならば人々が好む色・好まない色などを識別して利用するが、それは単なる情報でしかなかったのだ。 しかし友人に招待されて初めて目にした鮮烈な色を持つ子供だけは違った。 一護だけが浦原の視界で輝きを発し、「美しい」と思わせてくれたのである。 (言うなればその瞬間に惚れちゃったのかも知れませんねぇ・・・) 抱きしめるのを一旦止め、一護を自分の膝の上に座らせて、専用に用意しておいたお菓子を与えながら浦原はオレンジ色のふわふわ揺れる髪の毛を見つめる。 このように一護が実の両親が驚くほどの懐きっぷりを見せたのは、やはり浦原が父親の一心と友人であることを利用してちょくちょく顔を見せていたためだろう。 しかも先に挙げたようなとんでもない通称(呼称)からは考え付かないくらいに、浦原は一護に対する態度が甘かった。 甘い、と言うだけでは済まない。 むしろ「ベタ甘」。 それはもう、お前はどこの初孫を喜ぶおじいちゃんか、と言わんばかりに。 「キスケっ、キスケっ!」 「はいはい、何でしょう一護サン。」 いつの間にかくるりとこちらを振り返り、相変わらずキラキラした目で見つめてくる一護に浦原はだらけ切った顔を向ける。 だが、それでも綺麗な微笑に見えるのは本人の生まれ持った容姿ゆえだろう。(と、最早泡を吹いて倒れている新人を介抱しながら先輩隊士は思った。) 「キスケは、いちごがすき?」 「ええ、勿論。一護サンのことはこの世の何よりも大好きっスよ〜v」 「やった!」 浦原の返答に一護が両手を挙げて喜びを表現する。(それと同時に、その瞬間の浦原を見た先輩隊士その一も新人と同じく泡を吹いて倒れた。先輩隊士その二が慌てて駆け寄る。) 「いちごもキスケがだいすき!だからね、だからね、」 一護の突然の告白(?)に、もうこれでもかと言わんばかりに浦原は蕩けきった表情を見せた。 脳内を占める単語は「可愛い」の一言に尽きる。 そして、 「いちご、大きくなったらキスケとけっこんしてあげる!これでずっといっしょにいられるんだよね!!」 (一護がそう言った瞬間、先輩隊士その二、及び今まで我関せずを通していた先輩隊士その三が無言で気を失った。) 「わかりました。じゃあ、一護サンが大きくなったらアタシと結婚しましょうね。約束っスよ。」 「うん!やくそく!!」 子供がどうやら結婚の定義を間違えているらしいこと。 それを指摘する良識(と度胸)ある大人がこの場にいるはずもなく。 ある意味死屍累々の中、浦原は周囲に花を飛ばしながら次いでいそいそと誓約書を作り始めた。 腐っても隊長。 書類作製などお手の物である。 「一護サン、それじゃあここにお名前を書いてくださいね。」 「これなに?」 「大きくなったら結婚しましょうってことっスよ。」 「そうなの?じゃあ書く!」 覚えたての平仮名で一生懸命に名前を記す一護を見つめ、浦原はこっそりと独りごちる。 「ああ、それまでに法律も改正させなきゃいけませんね。」 「キスケ、なにか言った?」 「いいえー。一護サン、アタシ一護サンと結婚できるよう頑張りますね。」 「・・・?うん、がんばってね!」 一護のその一言が浦原の今後の暴走にどれほど拍車をかけたのか――― それは追々、周囲の者達がその身を持って知ることになるだろう。
幸せ街道驀進記録
(まずは一ページ目。) リクエストしてくださったよっしい小野瀬様のみお持ち帰りOKです。 書き上げるのか大変遅くなり、申し訳ございませんでした…!(土下座) |